白猫城・その2
「時間が無い、とにかくこれを持って決められた場所で座っていろ」
なんとか身支度を整えた直後に部屋の外から呼ばれてタイムアップ。いいか、余計な事をするなよ、そう言って懐から取り出した匂い袋を屏風覗きに押し付け、とばり殿は頭巾猫(三毛、黒少な目)に連れられ先に出て行った。
手に残ったのは白い糸で梅の刺繍がされた質素な匂い袋。どんな意味かあるのか分からないが、あの子が持っていろというなら不発弾でも持っていよう。ちょっと可愛すぎて屏風覗きには似合わないけど。
再び現れた頭巾猫ちゃんに先導されて謎だらけの城内を歩く。やはり日本のお城とは思えないほど異様に広い。天井が高く柱が少ないだけが広さを感じる理由ではないだろう、おそらく構造そのものが従来のお城とまるで違うと思われる。
だって城内なのに廊下に面して駄菓子屋っぽい店舗とかあるんだもの。飴屋とか茶屋とかってレベルじゃない、いっそコンビニと称してもいいくらいだ。薄暗い廊下に広がる店舗の明かりは光源も油行燈とか蝋燭とは思えないほど明るい。電気も無いのにこれだけの光量をどうやって賄っているのか。
今は無理だがとても入ってみたい、と思って店番らしき『ナニカ』を見て瞬時に目を逸らす。くしゃくしゃの老婆の顔を腹に張り付けたデカいクモが壁に張り付いていた。正気度減少系の不意打ちは本当にやめて頂きたい。
通された場所は謁見の間と言うのが相応しい大広間で、青い畳の地平線が続いているような錯覚さえ感じた。実際奥が見えないほど遠い。それなのに人の足で10歩ほど行ったところで座るよう促されて座ったら、いつのまにかかなり前に来ていた。思わず振り返ると入ってきたガマズミ柄の豪華な襖はずっと後ろである。
何かの術をかけられたのかもしれない。周囲にも誰もいなかったのに座った瞬間からゴチャゴチャと妖怪が現れたし。訳が分からない。
そのうちドーン、ドーン、という花火の爆発をもっと低く長くしたような腹の底に響く太鼓の音が聞こえ出し、周囲の妖怪達が厳かに平伏したのでそれに倣う。横目で頭を上げるタイミングが掴めるといいのだが。
「一同ッ、表を上げい」
この声は立花様か。声の張りも厳しさも普段と変わりないのによく響くな。下手をしたらさっきの太鼓より内臓に来てるまである。
立花様を最奥右に、和製カーテンの向こうにおわす御前が座るのがボスの席である上座。その手前横に並んでいるのが白ノ国の幹部たちか。手下に見え易いようにか放射状に並んでいるので背の小さい方でも前が被って見えないってことはない。
見知った顔は立花様、ろくろちゃん、白金氏。いずれも普段より着飾っている。特にろくろちゃんは花魁みたいなゴテゴテの恰好になっていて激しくモヤッとくる。それだけ着れるなら普段から下も履きなさいよ。
他は初顔だ。上座に近い順から『気位の高そうな胸元ばるんばるんお姉さん』『大福みたいな腹のちょんまげおじさん』『直径1メートルはあるオッサンの頭』が座っている。
最後の妖怪はそこに在るというべきか。太い眉、四角い骨格、ギョロリとした目、分厚い唇と現代ではあまり見ない『濃い』顔だ。頭だけの妖怪はそこそこ多い、どういう妖怪なのだろう。
場は御前の湯治からの帰参の挨拶と、不在中の守りへの労いが主題のようだ。周囲の妖怪々(ひとびと)は立花様を経由した労いの言葉でも嬉しいらしく、身を正しながらもほんわかした空気が出来ている。やはりボスはとても慕われているようだ。
話は湯治中に行われた『祭り賭け』、例の神社でのレースに及び、勝利が報告されると場が沸き立ちうっかり立ち上がりそうになった者が窘められていた。お祭りとはいえやはり勝負は勝負として勝ったほうが気持ちがいいよね。嫌な予感がしてきたぞっと。
案の定、立花様からとばり殿と屏覗きの名前が呼ばれた。立ち上がったとばり殿がほんの一瞬目で
「立て、付いてこい」
と言った気がしたので、少し遅れて列の中央を低い姿勢で抜け、とばり殿が立ち止まった場所まで進み揃って平伏する。しびれた足が袴に取られて、ちょっとつんのめりそうになってしまった。
なるべく下を向いて進んだつもりだが、途中で偶然ろくろちゃんが何やらニヤーッと邪悪な感じに笑っているのが見えて警戒心が出る。どんな思惑があるのか知らないが今更回れ右するわけにもいかない。
座った場所は上座からはまだ遠い。わずかな隙間から見える御前の姿は揃えられた膝と鈴の音をさせずに静かに揺れる純白の尻尾だけ。というか視界端に食い込む『直径1メートルはあるオッサンの頭』の視覚情報が煩さ過ぎる。そこそこ離れているのに聞こえるむぅー、むぅー、という鼻息だけで臭いまでしてきそう。
「階位四拾壱位、とばり。この功を持って階位をひとつ上げ四拾位とする」
とばり殿の位は41から40、ひとつ上がるだけか。個人的にはもうひとつふたつ上げてやってほしいところ。すごい頑張っていたのに。当の本人は体を震わせて喜んでいるのでこれでいいのだろう。元より国の出世に口を出せる立場ではない。
「さて、顔を知らん者も多かろうが、これなるは屏風覗きという」
次に後ろに向きを変えさせられ、さながら転校生の自己紹介のような形で屏風覗きの大まかな説明とカバーストーリーが紹介される。途中でああこいつがという顔をした妖怪がチラホラ見えた。ろくに活躍してないのにむず痒くてしかたない。あと口を風船みたいに膨らませて明らかに笑いを堪えているひなわ嬢、君は足がしびれてしまえ。
「そして本日、下界の巨大な砦を落とすよう御前より勅命が下された」
やはり不穏な気配がしてきた。なごやかムードだった場がさっと困惑に塗り替わっていく。横にいるとばり殿から何故か、しくじったという感じの後悔が見えた気がした。こちらに何か目で訴えているようだが、さすがに具体的な内容までは察することができない。
「屏風覗き、この場で砦落としの成果を報告せよ」