犬種のバリエーションも豊かで傷も少ない良品ばかり(全種防腐加工済で安全で安心してお使い頂けます)
誤字脱字のご報告いつもありがとうございます。こんな乱筆にお付き合いくださることを心苦しく思う次第です。でも、これからも無くならないと思います(白目)
『オッサン柴B』に果てしない誤解を残したまま強引なろくろちゃんに引っ張られ、用意された籠を置き去りに引き続き歩きで中周りを進んでいく。
あのやり取りの何がおもしろかったのか、手の中の○クザ傘はおろか肩の上の手長様までもが、ざまあみろって感じに笑っている。これ屏風覗きの罪になるんじゃないですかね。冤罪は最後まで抗弁したく存じます。
「あの腐れには一発かますくらいでええねん。これでナメられんやろ。そも最初っからアレは死んどる、適当に見繕った犬の骸に憑いとる幽霊やからな」
怨霊の呪い『記帳門の狗』。白玉御前の配下の妖怪で特に蠱術を用いる、系統としては陰陽師寄りの祈祷師の類らしい。ビビリの偽妖怪としては霊なのか妖怪なのか、その辺はっきりしてほしいんですが。恐怖の範囲が微妙に別カテゴリーでしょう。どちらかというと前者のほうが恐い。
蠱術というのはまるで知らないが、ろくろちゃん曰く『素性の悪い霊』を操る非常に『タチの悪い呪い』だという。やっぱり幽霊じゃないか。
「犬神、蟲憑き、人形神、十時坊主とか聞いたことないかぃ?」
手長様の補足を要約すると『残酷な方法で縛った霊を使って望みを叶える術』のようだ。このテの術者は最後にツケを支払わされ地獄に落ちてどっとはらい、となる。しかし術者が妖怪では早々死んでくれないわけで。
当時、白玉御前の配下でもなんでもない『旧・記帳門の狗氏』が長年に渡って使い倒して恨みつらみが濃縮された『憑き物』に取り殺され、それでも足らずに氏が滞在していた建国直後の白ノ国に厄災をまき散らそうとした過去があるそうな。
その恨みは強く、配下だけでは抑え切れずに最後は白玉御前ご自身までが矢面に立って、どうにか話し合いができる程度に弱らせたらしい。
つまり白玉御前の配下である『現・記帳門の狗』とは『術者をパージして暴れていた怨霊のほう』ってことでしょうか。その依代として封じ込めた先が抜け殻になった術者の体というのは、なんと言うか皮肉な話だ。
なお体の中身であった術者の魂魄は怨霊の呪いの根源と共に地獄に引き摺り込まれ、神仏のご加護でもない限り二度と世に戻ることはないそうな。
「残りモンでも相当な力でな、御前様にどえらい面倒かけよってからに」
最終的に文字通り憑き物が落ちて理性が戻った怨霊に対して、御前は呪いを鎮め慰めを与える代わりに国に仕えるよう説得してめでたしめでたし。
うーん、我らがボスのハチャメチャ具合よ、怨霊を部下にするとかどんな発想からそうなったんだ。肝が太いってレベルじゃない。
ろくろちゃんは白玉御前を危険にさらした怨霊『記帳門の狗』の事を、御前に仕えることになった今でも嫌っているようだ。いや、だからと言って殺っちゃダメでしょ。
「せやから最初っから死んどるんやって。骸がある限り何匹でも出てきよる」
「死霊術とも少し違うものだけどねぃ。あっちは生者が霊を使役する。狗は己が霊だからややこしいかもねぃ」
二妖怪同時に明後日の解説されても屏風覗きの頭ではちょっと処理し切れない。『オッサン柴』の正体も興味はあったけど聞きたいのは何故、屏風覗きを使ってケンカ売るような事したのかなんですがね。
何度か追及したがまあまあ、悪いようにはせん。まかしとき、そう言って取り合ってもらえなかった。手長様は手長様で先ほどの笑い方から普通の笑い方に戻って、はっはっはっと肩の上ではぐらかすだけだった。
おんぶ中の足長様はあの騒動の中でまったく目を覚まさずグッスリである。
ちなみにあの犬のメインのお仕事は出入国管理だそうな。記帳門、もしかしたらこの名前は最近ついた名前なのかもしれない。とりあえず屏風覗きの脳内名称は犬の死体に憑いて働くということで『腐乱犬』氏に決定。見た感じ腐ってなかったけどね。
あの後は中周り奥周り共にスムーズムーブ。引っかかることなく最奥の白猫城へと続く橋までこれた。途中に坊主頭のじいさんがやっているらしい肩担ぎ型のそば屋台があって、これがもう激しく気になったくらいか。
鼻孔をくすぐるカツオ出汁らしき魚介系の強い香りが後ろ髪を引きまくって困る。蕎麦ならお腹に優しそうだし、食欲がイマイチでもするっと食べられそうだ。
そんな事をふと思って己の中で起きつつある意識改革が怖くなってくる。昼にあれだけ異常な光景を目の当たりにしておにぎりの味さえ判らなくなっても、夕方には出汁の香りを感じられるくらいには精神的に復調しているというのだから。命に対して冷淡になったと嘆くべきか、生きることに対して図太くなったと思うべきか。
うん、後者と考えたほうが楽だ。
どんな生命も価値がある、という教えはもう少し突っ込んだ表現をすべきなんじゃないかな。ある人から見たら無価値でも、他の誰かから見たら価値があることもある、と。生き物は奪わなければ生存できない以上、生きるとは毎回の『奪う』『残す』の取捨選択なんだから。
『奪ったもの』を過剰に嘆かず『残したもの』を大切にするほうが、生々しくも現実的な生き方だなんじゃないか? 仏教ですべてを救済するという弥勒菩薩様の登場は未だ遥か那由他の果ての果て。数の単位で言えば『億』らしいが、待ってる側からすれば『不可思議』や『無料大数』と言われても変わらないだろう。降臨される前に庶民程度の魂は擦り切れて入滅してしまうわ。
「やーっとこさ帰ってきたで、えらい遠出しとった気分やわ」
日本人あるあるで長期旅行よりずっと疲れる過密スケジュールの短期旅行を計画した結果、慌ただしい観光でヘトヘトになって家に着いた、みたいな残念な社会人のような哀愁のある声が聞こえた。腐乱犬氏との遭遇の後、しばらく残っていた〇クザめいていたろくろちゃんの気配も、すっかり抜けてくれて屏風覗きとしては安堵する限り。
京傘の見た目でありながら、この子はどちらかというとたこ焼きが似合う口調なので恫喝がサマになっていてちょっと怖かったのは内緒だ。彼女の生まれと育ちが気になる。
さて、ここまで来てようやくお城周辺の景色が明らかになったわけだが、城を囲う十分な広さの堀もあれば、要所要所に宝珠の輝く立派な橋もしっかり架かっている。
外から見たら土塁も石垣も無い近代ビルのような無防備さだったのに、本当に見事な結界だ。
橋の前にいた警備らしき妖怪たちはろくろちゃんが、橋を渡った後の警備は手長様がなあなあという感じでぞんざいに対応して、気付けばあっさり門の前。
観音開きの分厚そうな木製の扉には張り付けた鉄板の補強のためか、金属の鋲をベチベチ打ってあり非常に物々しい。高さは11から12メートルはあるだろうか。姫路城はたしか12メートルくらいだっけ。暗いし高すぎてちょっと目測は自信がない。
「お帰りなさいませ」
橋を渡り切ったあたりで門正面に陣取っていた集団が膝に手を付け深めに頭を下げ、門に辿り着いたタイミングで一斉に挨拶を受けた。槍に甲冑のいかにもな時代劇版警備ルックの集団。どういう作法なのだろう。
中心のたぶん偉いであろうひとりだけが胴体部位のみに鎧を身に着けていて、槍も刀も持っていない。武器もそうだが、頭や手足に何故か防具を身に着けていない。
見た目ちょっと気弱そうな顔つきで、そのわりに日によく焼けた、あるいは褐色の肌のチグハグな感じが印象的な女の子だ。赤色のかかった太めの三つ編みが地味さをさらに増している。
「籠はお使いになられなかったのですか」
ここまでくるまでに会った警備に何度も言われ、そのたびにはぐらかしていた質問にろくろちゃんがようやく答えているのを聞きながら、ずり落ちかけた足長様を背負い直す。いい加減疲れてきたこともあって会話はほぼ聞き逃した。