隠れ宿 再営業中(Reload)
アト〇スが販売したある大好きなゲームがSwitchでリマスター版になってるんですが、バグが酷いと聞いて未だに躊躇しています。無印・Reloadはお猿のようにやっていました
時刻は太陽がもうそろそろ山々の天辺に吸い付くくらい。これまでよりずっと早い時間に幽世に戻ってきた。
下界に行ったときと同様に式神コンビが失神すると分かっていたので予めふたりは屏風覗きが左右に担いでいる。幼児とはいえ片腕ではさすがに重い。満タンの灯油タンクのようだ。
木戸の先に見えていた光景はいつもの竹林と石灯籠からきつねやの朱門に変わっていた。呼び出しの表示がきつねやだったとはいえ、例の長い玉砂利の道を歩かされるのは変わらないだろうと思っていたので予想外。ちなみに朱門は閉まっている。長期滞在の団体客が捌けたので大掃除でもするために臨時休業でもしているのだろうか。
不意に胸元に熱と異臭を感じて驚く。少しでも楽に支えようと身を反らして胸元に頭を預けてもらっていた手長様が盛大に吐いていた。
「あーあ、乳飲ませたらポンポンしたらんとな」
腰の後ろに刺した傘ことろくろちゃんがどこか意地の悪い物言いをしてくる。屏風覗きにではなく、式神コンビの片割れに思うところがあるようだ。それも相手が聞こえていない状況を狙うあたり闇が深い。言動に困るので巻き込まないで頂きたい。
さて、吐瀉物にも胃酸は含まれるわけでありまして。ごく短時間で何人もモグモグしてしまう妖怪の胃酸とか浴びたらあっという間に溶けて死ぬのでは?
「たぶん平気やない? そんなごっついモンならもうにいやん溶けてるやろ」
消化も妖怪の能力の内という事だろうか。とにかくふたりを降ろして口元を拭う程度しかできないけど介抱する。着物はどうにもならないので脱いだあとは畳むだけ、襦袢のほうにも少し染みていたけどこれを脱ぐと上半身マッパになってしまうのでそのままだ。
しばらくすると先に目を覚ました手長様がうーうー苦しみだしたので残りの水を飲ませ、ややあって足長様も起きて例の『頭を外側からグニョグニョ』を自身と手長様に施してようやく調子が戻った。細かいことは手長様の領分かと思ってたら足長様もできるようだ。
なんというか三者三様にひどい有様。足長様にもそこそこ掛かっているのでろくろちゃん以外ゲロ臭い。
しかし式神コンビの着ている風の作務衣は二妖怪の体の擬態、落ち着いた後は表面を若干内臓グチョグチョして、すぐ新品のように戻った。吐瀉物って臭いがなかなか落ちないのに。
「いやはや、これはすまないねぃ」
本当に申し訳なさそうな手長様を責める気はない。元より木戸での移動は気分が悪くなると分かっていたし、吐くのもしょうがないことだ。
傘の付喪神のろくろちゃんや頭の外から『外科手術』できる式神コンビでなければ、それこそ脳に深刻な障害を負う可能性を示唆されるほどのリスクのある行為なのだから。
第一ゲロを吐くくらい気持ち悪くなるとか普通に心配になるレベルだ。文句など言うことじゃない。
貸して頂いている着物が台無しになったのは、まあしかたない。こちらでなんとか謝ろう。
隠れ宿におわす件の貴人と会うことが今日最後のお役目なんだよねぃ、そう言ってきつねやの門を叩こうとした屏風覗きを止めた手長様に誘導され壁伝いに左手へ。
やたらと屏風覗きの頭に登りたがった足長様を肩車、押し出された手長様をおんぶの形で閉じられた朱門の横を抜けて垣根道を進む。
ちょっと前程度の話なのにここを通ったのは随分昔のことのように思う。少し手前には人型になったろくろちゃんがゲロまみれの屏風覗きの着物を指で摘まんで先行している。すまない、両手が手長様の足で塞がっているのだ。
「初めに幽世で泊まった宿が隠れ宿とは、きみは憑いてるねぃ」
歩く途中の世話話で幽世に来たときの話をすると手長様は籠った笑い声を上げて屏風覗きをそう評した。あいにく運が良いか悪いで言うと悪めのほうだと自認しているのだが。強いて言うなら悪運は強いかもしれない。
人生をスムーズに行ける幸運な方々とは違い、紆余曲折あってそれでもギリギリなんとかなるってタイプだ。もちろんならない場合が多いのでやっぱり運は良くないんじゃないかな。
あーうーと歌詞になってない声をご機嫌に歌いながら掴んだ頭髪をグイグイする足長様。屏風覗きの奥ゆかしい頭髪はデリケートなのでもう少し優しく扱ってほしい。
ザビエルは嫌だ、まだらも嫌だ、そこまでイッたらいっそツルッパになりたい。あれは頻繁に剃らないといけないから手入れがそこそこ大変らしいね。あとどこまでが洗顔でどこまでが洗髪かで自問自答するらしい。
垣根を抜けた先には最初と変わらぬ一軒家。軒先の提灯に吊るされたかまぼこ板ほどの木札に湯の文字。少なくとも見た範囲ではあの夜の竜巻でも通ったような跡はきれいに片されている。そして開いたままの玄関には着物姿のガチケモ。
しばしの間、狐と正面から見つめ合った気がした。それがどうしたと言われたらなんとも返せない程度の事なのだけど。
「きつねの隠れ宿にようこそ。お泊りですか?」
白々しい物言いで営業トークに入る狐にちょっと脱力。こちらを襲った事はもう過去の話、あるいは無かったことになるようだ。考えてみたらきつねやに泊まる条件として、暗に騒動を無かったことにしろというニュアンスがあった。ここでほじくり返したら約束破りになってしまう。実際には口約束ひとつしてはいないが、御前には十分お世話になっているんだしひとつ空気を読もう。
「玉から話は聞いてます。まずはお召し物を変えましょうか」
「ナメ腐るなやドサンピンが!! 白玉御前様を何呼ばわりしよんッ」
ろくろちゃんから聞いたことのない音量で怒声が響いて思わず硬直してしまう。自分に向けられたわけでもないのにここまで強い嫌悪を感じるというのは相当強い感情なのだろう。
「おやおや、玉からはそう呼んでほしいと言われてますんで。かんにん」
怒りで毛が逆立つ、その実例を見てしまった。まるで申し訳なさを感じない狐の一言に、摘まんでいた着物を落として飛びかかろうとしたろくろちゃんを屏風覗きの背中越しに手長様が強い声で制止する。やめよ、と普段の老人めいた口調と違い短いながらも戦国武将のようなキツい口調だった。
「大変ご無礼をいたしました。これで中々の忠義者でございます、あまりからかってくださいますな」
待て、をされた猛犬のように不機嫌にウロウロしているろくろちゃんを置いて手長様の主導で話が詰まっていく。
式神のほうが下になるかと思いきや、力関係的に手長様>ろくろちゃんらしい。その手長様をして遜るこの狐は本当に何者なんだろう。貴人、つまり高貴な人物らしいが白玉御前様とも非常に親しいみたいだ。猫と狐、どんな接点で交流があったのやら。
「では泊らずご休憩ということで。まだまだ日もありますよって、ひとまず湯浴みでもしてくださいな」
落とされていたゲロ付きの着物を嫌な顔ひとつせず拾い、こちらを宿に促す狐。その姿は小さいながらも大事な宿を守る『女将』の貫禄がある。
たとえ無かったことにしても間違えてしまった選択を巻き戻すことはできない。それでもやり直すのは自由だ。こちらにに付き合ってやる義理は無いけど、今回は白玉御前様のために流すとしよう。ここで助けてくれた小さな勇者にちょっとだけ申し訳ない気分。
「ど腐れが、ど腐れがッ」
先ほどからろくろちゃんの機嫌と言葉使いが大変よろしくない。あの後も玄関の傘立てを示されて、しれっとここが傘の定位置めいたことを言われて顔色を赤から赤黒までいかせた狐の煽りのせいだ。自分から傘らしい事をするのはいいが、誰かに言われてやるのは我慢ならないらしい。
「今はにいやんの護衛やし、ここで玄関に残るんはおかしいやろが」
そんな不機嫌全開のドスの効いた声で言われても困ってしまう。怒ってる女の子の扱いとか高確率で爆発する不発弾処理みたいなもの。屏風覗きには荷が重いです。
「まあまあ。湯浴みしてさっとお暇しようじゃないか」
手長様が仰るには、人間、付喪神、式神の珍奇な組み合わせの愚連隊が泊まるわけでもないのに隠れ宿に来た理由は『狐の社』という、とある設備を通らせてもらうためだという。
ごく短い時間で通る者が行ったことのある別の『狐の社』へ移動できるという、ゲームで言うところのファストトラベルみたいな機能があるようだ。
ただし通るための決まり事として『片手で数えられる人数』『途中でナニかに会ったら無礼をせずやり過ごす』『何度かに一度供物が必要』『通っている間は後ろを見てはいけない』という条件があるらしい。内容がどうも薄気味悪いと感じるのは気のせいだろうか。
「おまえは口を開かず手長に任せておけばいいさ」
肩車していれば後ろを見ても女の股座しか見えないしねぃ、って見た目幼児に言われてましても反応のしようがない。供物のほうは一度くらいは『待って』くれるので今回はまあ大丈夫との事。それって『ナニ』が待ってくれてどんな『供物』がいるんでしょうか。
「考えるのはやめとき、アレは人が見たらよくないモンや。あとこれで使い方知ってもひとりで使ったらアカンで」
使わねーよそんな気味悪いもんッ、聞いただけで背筋がゾワゾワしてるよ。便利な分リスクがある系でしょ。なんかの物語で似たような秘密の抜け道の話を聞いたことがある。うっかり振り返ると永遠に捕らわれるヤツだ。
脱衣所に来ると式神コンビが作務衣姿から裸に変化した。この子たちの服は擬態なので着るとか脱ぐとかという考えは当てはまらない。それでも風呂=裸の慣習を守る気はあるらしい。変化するとき正気を持っていかれる光景であることを除けば見た目は普通の幼児と大差ないようだ。
「手長も足長も好きに入ってるから。そっちもゆっくり汚れを落としてねぃ」
幼児を二人だけで温泉に入れるのは常識的に抵抗があるが、そこは妖怪。溺死も火傷もしないのでたしかに心配はいらないのだろう。
残された屏風覗きは過去の教訓から頭に『スマホっぽいもの』を乗せ、てぬぐいをほっかむりすることで落ちないように身に着けた。見た目は完全に温泉街の覗き魔である。熱湯に入って騒ぐ昭和のお笑い芸人もこんな感じの恰好だったな。いや、平成でも大晦日あたりでギリギリやってたか?
最初にろくろちゃんを洗おうと思ったが、ゲロ付きの体で洗われても不愉快だろうからまず自分を洗うことにする。
後ろでなんちゅう恰好や、アカン、これはアカンと押し殺した笑いが聞こえる。おまえもほっかむりにしてやろうか。傘の状態だと頭はどの辺なんだキミ。まあイライラしてるより良いと思います。あと式神コンビ、湯の中に沈んだままでいるのやめて。大丈夫と分かっていても心臓に悪い。