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パニックムービーの外

 心静かに待つこと小1時間ほど。最初の絶叫から狂ったような鐘の連打、怒声と悲鳴と馬の嘶きが入り乱れて、そのうち真っ黒の煙があちこちで立ち上った。


「派手にやっとる。アレに火は通じひんけど、見た目でどうしてもやりたなるからなぁ」


 刃物効かんし、そう呟いたろくろちゃんの声はどこか遠い。精神が刺激を拒否してことさら鈍くなっているからだろう。




 どれだけ『要塞?』に近づいてもリアクションが無いことを訝しんだ手長様の提案で、どんな隙間にも入り込めるお二人『手長様』『足長様』が潜入してみることになった。


 足の動かない手長様は足長様が肩車するという荒業で移動するらしい。いくら妖怪とはいえ幼児が幼児を肩車という危なっかしい絵面に思わず止めそうになったが、そこはやはり妖怪。その場でグズグズに崩れていく赤と青はたちまち一塊の肉塊になり、門と思しき場所をウゾウゾ這いまわる。壁に張り付いた蠢く臓物とか、屏風(コレ)何を見せられているのだろう。


「まるで隙間がないねぃ。これは珍しい」


「ない」


 こんな姿でも二人の声は変わらない。発声している口はそれぞれ腸や肝臓の表面に浮いていて、位置は話ながらスルスルと移動している。開いた口には舌のその奥に内臓の内側らしい粘膜が見えた。


 門は諦めたのだろう、そのまま上に滑るように上がっていく内臓群がやがて見えなくなる。そこでスコンと腰が抜けて立てなくなった。


「無理ないで、あれはキッツイわ。にいやんよう我慢したな。えらいで」


 人になったろくろちゃんに背中をさすられ慰められた屏風(コレ)は、小さな肩を借りてどうにか近くの野原に座り込んだ。この収まらない震えは間違いなく刻まれたトラウマの表れだろう。表面上は自覚さえなかったのにアレを見た途端に体のほうが先に悲鳴を上げてしまった。


 そして屏風(コレ)が経験したかもしれない最悪の惨劇が壁の向こうで始まった。潜入とはなんだったのか。あるいは最初からこうすると決めていたのかもしれない。ダメだ、何も考えたくない。




「にいやん、門が開くみたいやで」


 気が付けば生き物の声は聞こえなくなっていた。二人だけになってからずっと人型で一緒にいてくれたろくろちゃんが立ち上がったと同時に、キュリキュリと金属を擦る音を立てながら門が横に開いていく。


 一瞬だけ門の合わせ目が発光したように見えたが気のせいだろうか。今の精神状態では何を見間違えてもおかしくない。戦争の体験談で兵士が交戦中に幻覚を見たという記録はこんな感じにストレスマッハ状態だったからだろう。そこに戦時合法のおクスリまで処方されたら、そりゃ見えないもののひとつも見えちまうってものだ。


 開かれた門の向こうはおそらく壁と同じ材質らしい平面の床が続いている。おそらくというのは所狭しと置かれているテントらしき小汚いボロ切れが倒壊してほぼ全域を埋め尽くしているからだ。まるで淀んだスラムのよう。


 ただ調べる暇はない。あちこちで焼ける材木と布のパチパチという音と赤、そこから立ち上る真っ黒の煙が全てをあっという間に飲み込んでしまうだろう。ここは近すぎる、危険だ。


 恐怖でクラクラする頭を押さえ、気力を総動員して手長様たちを呼ぶ。ここを離れなければならない。火炎の放射熱は規模が大きくなるほど危険極まりない熱風になる。たとえ野外だろうと炎に巻かれれば一酸化炭素中毒や酸欠の危険が付きまとう。『箱』の中ですんでいる内に火のこない遠くへ行かなければ。


 ペッタペッタと気楽な足取りで肩車の幼女たちが門の潜って出てきたのを確認して『要塞?』を離れる。


 途中ろくろちゃんがどうやって門を開けたのか手長様に聞いていたのを耳にした。中にいた連中の中で、まるでちんどん屋みたいに派手な身なりの初老の男がいたのでそいつと、さらに似たような格好の数人を『散らかして』周りに開けさせたらしい。


 『散らかす』というのがどんな方法なのかは聞くまでもないだろう。この二人が鬼札として恐れられている理由がよく分かった。


 十分に離れたところで火の手の上がる『要塞?』をぼんやりと眺める。今日中に消えるだろうか、消えたとしてどうするのか。立ち上る黒い煙と赤い炎を見ていると頭が白くなってしまって考えが纏まらない。


 退屈を持て余した足長様に乞われて、頭が空白のまま西洋のローンボウルズというゲームを真似て円の中心に石をどれだけ近く投げ置けるかで遊ぶ。

 実際のボウルズは玉を使うしボーリングのように相手の玉にぶつけて弾くなど妨害したりするので、これはどちらかというと輪投げに近い。駆け引きが少なくてゲームとしてはイマイチ。とにかく正確に落とす技量の勝負になってしまうのが頂けない。重心の偏った玉を使うゲームなので自然石でもアリっちゃアリなんだけど。


「あいっ」


 それでも足長様は楽しそうだ。何も考えたくなくてやっているこちらと違って純粋に楽しんでいる。あれだけの惨劇を起こして、まるで頓着していない。


 焼けてくれ、何もかも原型を留めないほど燃え尽きてくれ。今の屏風(コレ)でも受け止めきれる光景になってくれ。血も肉も焼け残りも見たくない、それがこの化け物を連れてきた責任であったとしても。見たくないよちくしょう。


<実績解除 ロケーション発見 5000ポイント>

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― 新着の感想 ―
[一言] ロケーションということは絶景ポイントを見つけるといいのか。 今回のロケーションのタイトルは「焼け落ちる要塞」といったところか。
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