大事を吉凶で決めるのがわりと普通な時代感?
事の発端は籠に揺られる白玉御前様に、突如天啓が降りてきたからである。かの砦を落とせ、今が好機と。
これを命じられた側近の立花様は絶賛乗り物酔いに苦しむ軟弱者を筆頭に、即席の拠点制圧部隊を編成した。屏風覗き、ろくろ、手長、足長。以上4名がこの作戦に投入される戦力の全てである。
無茶苦茶ってレベルじゃねえ。しかし、そんな抗弁が出来ないくらい御前の天啓というのは確かなものであるらしい。今この時、この戦力なら必ず落とせる。あのお方にそう言われて懐疑的な者は新参の偽妖怪くらいなものだった。
気持ち悪くて考える余裕もないところに畳みかけられ、気が付けば下界に来ていた次第。幽世と同じくこちらの太陽もすっかり昇っていていつもよりのんびりした立ち上がり。さながら重役出勤か、朝から体調が悪くて出勤前に病院にでも行ってきた感じ。
普段の出勤ラッシュから一転して人のまばらな駅や駐車場を見ると、それだけで仕事辞めたらこんなすばらしい世界が広がっているんだなぁと真っ黒い憧れを抱いてしまったものだ。それもこれも注射なり点滴なり打ったらさっさと来いという、忌まわしきブラックの苦痛と涙の記憶のせいだ。
賭けてもいい、日本には今でさえパンデミックって言葉が無い業界が確実にある。
「やっぱ傘やと平気みたいやな。どないなってんやろ」
無理やり帯の後ろに差していた和傘こと付喪神のろくろちゃんが、恥ずかしながら屏風のケツのほうでひとり思案を巡らせている。しかたなかったとは言えポジショニングに関しては申し訳ない。
どうやら両手が塞がる可能性を考慮したのは正解だったようだ。失神した幼児を両脇に抱える様はどう見ても誘拐犯でしかないが、右手の子はかの有名な合体妖怪のAパーツ手長様、左手の子はBパーツ足長様であり、白ノ国のボスである白玉御前様の式神としてその制御下に置かれた元凶悪妖怪である。
訂正、現役の凶悪クリーチャー達である。なお作品によってハンガーとかブーツとか呼称されることもあるようだ。知らんけど。
怒涛の展開というのは本当に考える暇もないんだね、否応なしにカタパルトで射出された気分。とにもかくにも下界に行くためのポータル『木戸』に制限時間っぽいものがあるのが悪い。
まだタイムオーバーでどうなるか調べていないが、警告される程度にはペナルティがあると見たほうがいいだろう。そのためにどうしても忙しなくなってしまう。
何せ『木戸』を呼び出せるのも、知覚できるのも、己で潜り抜ける事ができるのも『妖怪のフリをする人間』こと『屏風覗き』だけなのだ。どんなトンデモ技術か知らないが、この『木戸』を呼び出すと世界の時間が止まってしまうらしく屏風が触っているもの以外は動かない。
ただし触れていても生き物は意識を失うようで、現にこうして幼児×2を担いで行くハメになった。
古い日本建築らしい、というほど立派な扉じゃないけど地味に幅が狭い戸だからカニ歩きでヒイコラ潜る虚しさよ。狭いアパートの戸をデカい家電を抱えてどうにか潜らせる感じだ。最悪は玄関を諦めて窓枠外して入れる。この『木戸』にそんな裏技は無理だけど。
脱いだ着物を野原に敷いて寝かせていたが、二人はわりとすぐに目を覚ました。
「うやぁ」
最初に気が付いたのは青い肌に金髪の幼女『足長』様。吐いてはいないものの気持ち悪いらしく口元が涎でベタベタになっている。本性さえ出していなければ見た目はちいさい子なので、トラウマのある屏風でも涎をてぬぐいで拭うくらいは気遣える。
もちろん本性を出されたら、こっちが涙と鼻水と涎で顔グチャグチャになる自信があるが。
「これは久々に辛いねぃ。辛いっていつ以来かなあ」
腕だけで起き上がったのは赤い肌に銀髪の幼女『手長』様。幸いこちらの正体はまだ見たことがない。おもむろに自分の頭を掴んで、頭蓋骨の無いらしき頭部を粘土のようにこねる姿は往年の海外ドタバタカートゥーンのよう。
アレはアニメだからコミカルなのであって、リアルでやられたらまんまホラーでしかない。目玉とか瞼から零れそうになって、眼球の裏に繋がってる紐っぽいモノが見えたよオイ。ホラーもグロも勘弁してください。
肌の色からしてファンキーなこの二体、どちらもオルガンの音色と共にお遊戯とかしてそうな見た目をしていて『足長』様はまさにシーズンど真ん中な態度と行動、一方『手長』様は容姿に反して外見こそ子供だが頭脳は大人、いっそご老人と言っていいタイプのようだ。
どちらとも前に顔は合わせたけど、あの時はほとんどひなわ嬢に任せきりでほぼ話していない。この子たちとどうコミュニケーションを取ればいいのやら、今更ながらに御前様の無茶振りが恨めしい。
「むやっ」
自分の『調整?』を終えて復調した手長様によって足長様の頭も『調整?』されて回復したようだ。立ち上がった足長様は早速近くの草むらから草を毟って『草同士を引っ張って切れたほうが負け』のゲームを屏風に挑んできた。さっきの不調など忘却の彼方、元気いっぱいである。
「今後生き物にはやらないほうがいいねぃ。脳の髄がじわりとおかしくなるようだ」
うへぇ。脳にダメージが入るのか。それだと昨日のろくろちゃんは危険ということになる。今すぐ戻って早急に治療するべきだ。
この提案は待ったをかけられた。付喪神なら人の形でも目を回すぐらいさ、なら平気だろうと。
その言葉は腰に差した和傘の付喪神『ろくろ』ちゃんに向けられたもののようだ。何かウゴウゴし出したので傘を引き抜くと瞬きの時間もかけずに人の姿に変わり、手長様に物言いたげな顔をしたあとそっぽを向いた。あまり仲がよろしくないのだろうか。
なお草引きゲームの足長様と屏風の現在の戦績は足長様の勝ち越しである。力加減はちょっと下手だが草の良し悪しを見切るのがうまいようだ。草選びにじゃんけんを加えて戦略性を出してみたら熱中してくれている。幽世では虫拳というらしい。
「では行こうかぃ。暮れまでに砦ひとつ落とさなきゃならないんだ。急がないとねぃ」
手長様は足が動かないので誰かが運ぶ必要がある。もちろん運搬車に選ばれたのは屏風だ。何せまともに戦えないので足くらいは努めなければならない。
足といえば足長様はお手てを繋いで屏風の右手にいたり、不意に駆け出して石を蹴ったりアリを眺めたりしている。残酷に蹂躙するかと思いきや何もしないのがちょっと意外だ。
ろくろちゃんは人型のまま黙ってついてきている。基本傘状態でいたい子なので左手に持とうかと提案したが何故か断られた。肩車している手長様が頭の上で籠った笑い声を上げていたので、たぶん二人の間で何かがあるのだろう。
遮る物のない野原と街道を歩くこと100ポイント、10キロのあたりでその威容がついに見えてきた。
コンクリート? 最初の印象は真新しい感じのあるコンクリートの壁。およそ見渡す限りを白い壁が遮っている。そして街道にかかる部分にだけ他の箇所とは違う、この辺から開閉するんだろうなと予想させる縦溝がジグザグに走っていた。橋の道路で見る繋ぎ目みたいな感じ。
全体はなんと表現すればいいか、古くなる前の古代遺跡というか大戦中の鉄筋コンクリート製の要塞というか。とにかくとんでもない労力をかけて建造したのだろうと、歴史背景より巨大さから垣間見える執念に圧倒されてしまう。
いや無理でしょコレ。兵士万単位で詰めてるでしょ、防衛設備ガッチガチでしょ。爆撃だって余裕で耐え切れそうじゃん。戦後に解体出来なくて困ったっていうドイツの対空砲台みたいじゃん。
「物見が見えないねぃ。城壁の上なりに張り付けておくもんなのに」
完全に及び腰の屏風と違って手長様は冷静に幾つかの違和感を指摘した。
物見がいない、歩哨がいない、馬の蹄の跡はあるが道に轍が無い。何より、風に運ばれてくる人の臭気が少ない。臭いで分かるんかい。
規模のわりに人が少ないのではないか、というのが手長様の見立てだ。これをどう捉えるべきだろう。
たまたま出払っているにしても規模に見合う最低限度の人員は残すものじゃないのか。それが出来ないほど兵士がいないのか? 『何か』を誘い込むために隠れている?
「それは無いねぃ。人の気配だけは手長も足長も誤魔化せないよ」
頭の後ろにいる幼女は見た目相応の声の持ち主だ。顔の横に見える足も赤いという以外は子供の足そのもの。
けれど平坦であったはずの呟きに肌がブワリと泡立つ。微かに溢れてきた生臭い臭いは以前きつねやで嗅いだもの、生きた臓物の臭いだった。