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 いっそ青く見えるほど深い霧が立ち込める早朝。


 若々しい草の上でぷっくりとふくらむ露のしずくがとてもきれいだ。こんな風にぼんやり草の産毛を眺める機会なんて、本当にいつ以来だろう。朝が早過ぎると気分的にはむしろのんびりにも感じるな、深夜帯の静けさとも違う不思議な感覚だ。


 白ノ国の長、白玉御前様が束の間の休養を終えてきつねやを引き払う朝が来た。


 朱門前に集まった家来たちの総数は100人と言ったところ、見たことのある顔もあればまったく知らない顔もある。ガチケモは犬や猫といった体格が人間より小さいタイプがほとんどなので、人数のわりには団体という感じがしない。


 それだけに袴姿の直立の熊が一頭混じっていたりすると、もうとてつもなく目立つな。あんなのいたのか、まったく知らなかったよ。


 同じくらいの数できつねやの従業員たちも見送りとして整列している。他には門の外にも近隣の村民たちがガヤガヤと騒がしく見送りに来ているようだ。こちらには体が人間、頭が獣そのものといういわゆる獣人タイプと、あるいはその逆で頭が人間で体が獣というまったく可愛くない人面系の妖怪もチラホラ見える。


 前者はまだしも後者の彼らには一日でも早く化け術を極めるか、いっそスッパリ諦めて頂きたい。毛の無いおサルとして、モフモフはモフモフであってほしいと切に願うものであります。


 さて、この団体さんが以前見たお城までゾロゾロ帰るわけだが、もちろん修学旅行の学生さんじゃないので行列は整然と厳格なものになるだろう。そこで問題になるのが己の定位置、どこに混ざればいいんだコレ。まったく聞いていなかったわ。


 有名な大名行列と同じ様式だとすると、道の先導、他に掃除とか雑用をする人員が先頭になる。ただしこれは家来のする事じゃなく土地の役人や村民とかの仕事だったらしい。実際の行列と言える人員はその後に続く警護を担う兵たちからになる。


 警護の他に持ち込んだ家財を運ぶ者や権力者のお世話をする人、行列自体を知らしめるためにパフォーマンス的なことをする人、いるだけでアピールになる旗や長い槍、鉄砲を持つ人員もいたらしい。


 お上から命じられてしかたなくとはいえ、いちいち団体行動とか大げさで大名も大変だったんだね。思いつきでひとり温泉巡りとか出来やしないだろう。現代人も多くは日々に追われて無理だけどな。


 恥ずかしながら屏風覗きも発作的に何もかも放り出して、どこ行きでもいいから新幹線あたりで遠出したいとか思ってしまったのは一度や二度じゃないタイプだ。でも今はそんな事もう考えなくていい場所にいるのに、忌まわしい過去を懐かしむような気分になるのはなんでなんだろう。人の感情ってよく分からん。


「旦那、そんなところでボケッとしてると立花様あたりに怒られますぜ?」


 途方に暮れている間抜けに声をかけてくれたのは大き目の編み笠を被ったひなわ嬢。今まで見た脇や太もも全開の衣装と違い、キッチリと旅装束姿で一瞬誰か分からなかった。肩には銃を包んだと思しき形の朱色の布を担いでいて、彼女の体格だとかなりの大荷物に見える。


 恥を忍んで事情を伝えると、ひなわ嬢はハイハイと訳知り顔で頷き団体のやや後方に置かれている立派ではないけど貧相でもない、なんとも絶妙な普通具合を持つひとつの籠を指さした。


 ちなみに御前が使われる籠は担ぎ手に6人を擁する大きく真っ白に塗られた籠だ。屋根に金色の猫と狐の飾りつけがされていて非常に豪奢である。ただ猫は良いとして狐まで加えているのが不思議だ。友好の証とかだろうか。


 担ぎ手らしき妖怪()は屈強そうな牛頭と馬頭とキリン頭のヒューマンタイプ。特にキリンが強そう。いや、何処にいたんだよこんな目立つヤツ。


 とかく白ノ国は財力も人材も豊富なよう。今から城下町を見るのが楽しみなような恐いような。


(から)の籠がありますから、たぶんあれじゃないですかねぇ。行きには無かったやつですし。それにしても籠ってのは変なモンですな、あたいにゃ罪人運ぶ唐丸籠と変わらんように見えますわ。わざわざ身動きとれんせせこましい所に体押し込むとか、死んだ後の棺桶で嫌でも入るでしょうにねぇ。鉄板張って飛び道具に備えたもんとかいっそ笑っちまいますぜ。外の景色も見れん旅行なんて何が面白いんでしょうな。あ、御前の事じゃありませんよ? あの方はむしろ外おおっとッ、今のはなぁんにも聞いてないってことでたのんます。旦那とあたいと仲じゃないですか、告げ口とかやめてくださいな。あの方も羽を伸ばしたいときだってありますでしょう? いや、この場合尻尾を伸ばしたいとでも言った方がよごさんすかねぇ」


 身振り手振りも激しく畳みかけられ言葉もない。羽と言えば手をパタパタ、尻尾と言えば腕をニョロンと要点をうまく捉えた動きで連想し易い。ジェスチャーゲームとかやったら強そうだ。


 しかしここで気になるのは他の事。以前は『屏風覗き殿』と呼んでいたのに、急に『旦那』と呼称してきたのは何故でしょう。


「おっとっ、すっかり礼を言いそびれていましたな。『みるく』様より旦那があたいの治療を頼んでくれたと聞きまして、おかげさまできれーいに治りました。おありがとうこざいます。あのまんまじゃ三月(みつき)は後ろ足で飯食ってましたわ。そういう訳で今後は屏風の旦那として慕わせていただやす。賭場や飲み屋あたりに興味がおありでしたらあたいがご案内いたしますぜ、覚えといてくださいな。いやぁクソ真面目なヤツは困りますな、ちょいとサボっただけで両の手の骨へし折られたらたまりませんて。まあ骨の中身は短筒ですがね、これはこれで金も手間もかかるんでむしろ生身より痛いんですわ。何せ自前で用意せにゃいけませんのでね、部品は幾つか使い回せるにしても銃身は曲がりや(ひび)が恐いですから。撃った拍子に破裂した日にゃ死にかねませんからねぇ。あっとこいつはあたいの奥の手なんで黙っといてくださいな。そのうちもっとイイモノお見せしますんで、うはっ」


 止めるタイミングを掴めないままひなわ嬢のマシンガントークを拝聴する。最終的に空の籠の傍にいた頭巾猫(濃いめ茶虎)ちゃんの一匹(ひとり)が来て、ささっと屏風覗きを引き離してくれなかったら二人だけできつねやに居残っていたかもしれない。まあ何にせよ怪我が治ったようで良かった。今後はお仕事をサボらないように自戒してどうぞ。




 困った、半ば強引に押し込まれた籠の中はとても狭い。面積は畳一畳、車高ならぬ籠高は座高+30センチといったところ。狭いことが宿命づけられた航空戦闘機と良い勝負ではなかろうか。その上で左右は襖みたいな敷居がされて外なんて隙間からしか見えやしない。で、トドメとばかりに揺れる。


 酔わないわけがねえ。乗り物酔いにはそこそこ相性があるって話は本当なんだろうか。車はダメだけど船は平気とか新幹線はOKだけど飛行機はアカンとかあるって話だ。屏風覗きはどうやら籠はダメな体質らしい。そこまで揺れていないのにだいぶクる。


 目の前でみょんみょん揺れてる、なんか神社にぶら下がってる鈴鳴らす縄みたいなものを見てると余計クる。乗り手はこれに掴まるんだっけ?


 どうしよう、この乗り物にエチケット袋なんてハイカラな品物は常備されていない。だからと言って新米が酔ったから止まってなんて言えるわけがないし、もちろんリバースはもっとマズイ。


 ぼちぼち込み上げてくる臭気と周期が限界になってきた。最悪、本当に最悪になったら籠から飛び出してゲボッ、するしかないか? 御前の行列で吐くとか死刑レベルの醜聞では? いや、まだ傷の浅くて済みそうな自己申告でギブアップが最善か? せんせぇ屏風くんが気持ち悪いそうでーす、するべきか?


 あ、籠が止まって下ろされた。よかった休憩かな。


 たまらず戸を開けると目の前に青い肌の幼女、足長様がいた。

 ボケっとその顔を眺めてしまう。トラウマの原因その妖怪()な訳ですが、気分の悪さで反応が遅れてそのまま驚くタイミングを失ってしまった形だ。


「きたっ」


 来ちゃいましたか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 昔、人面犬とか人面魚とか流行ったな。 次は魚面犬が来ると思ったのにこなかったなー。 たしか野生のキリンはライオンを蹴り殺しちゃうくらいの猛者だから、護衛でもおかしくない。 でも、明らかに生…
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