相手からすると詫び入れの形をとった念押しの恫喝
お先さんへの詫び入れはトラブルなく済ませることができた。
ただ結構な数の若い衆がいたのがなんとも不穏。こちらへの警戒心の表れだとろくろちゃんは言う。
「兄やんのえげつないやりようは知れ渡っとるっちゅうことやろ。なあ、南の悪党総ざらいした親分さん」
誰が親分やねん。あと南で完全に敵対したのは牡丹だけです。後の勢力は最初から協力した山ン本、自滅したみずくだ。
紆余曲折あったが最終的に和解した文鎮堂はノーカン。ノーカンです。
肩でけっけっけっと汚く笑う番傘が憎たらしい。傘の姿でその声はどこから出しているんだか。
そもそも少しは話に入って一緒に誤解を解いてくれても良かったろうに。この姉からは援護のえの字も出なかったよ。
「舐められるよりええわい。兄やんは初めにどうしても侮られるようやしな。噂のひとつも利用して恰好をつけなあかん」
それが困るんですが? どこかのシニョン頭や火薬臭い鉄砲娘が賭場や酒場であることないこと広めていたせいで、アウトローを中心に酷い誤解が国外にまで定着しつつあると知って寒気を感じたわ。
名持ちの無頼を何妖怪も八つ裂きにしたとか、天狗山の黒曜を簡単に捻り潰したとか。あまりにも大げさすぎる。
極めつけは牡丹の残酷な処刑法を決めたのが屏風だとまで思われていた。どこでそうなったの? そんな恐ろしい事ノータッチなんですが? こっちは粛清された日取りさえ知らなかったのに。
せめて出会った縁として、お先さんだけでも認識を修正するために話をしたのだが、この真摯な訴えは彼女に届いただろうか?
ああ世の妖怪よ、わたくしは無力で人畜無害な偽妖怪でございます。信じて。
「言うても世間じゃ結果がすべてやろ。名持ちは残らず獄門台、蜘蛛も天狗も死んどるがな」
なぜかますます笑われた。あと名持ちに関しては3名ほど存命している。お間違えの無いように。
「笑い事ではありませぬ。国の役人が無頼のように言われるなど」
真面目担当のとばり殿が困った顔でろくろちゃんを窘める。こんな時にアレだけど、初めの頃に比べるとふたりの距離感が少し近くなってきていて嬉しかったり。最初は会話するにも平伏してガチガチだったもの。
「ええんや。ああいう手合いは身分やない、強いやつだけ尊敬しよる。それでええねん。むしろそうでなかったら、もぉぉぉっとややこしゅうなっとったで?」
まあね。お上の権威に頭を下げる相手ばかりではないし、役人の屏風覗きたちは良くても設樂氏たち浦風一座が因縁をつけられたら、これはかなり厄介な事になっていた。
なにせ一座の者は基本的に市井の民だが、その中には白に根を張る極道の頭がいるのだ。
たとえ本妖怪にその気は無くとも、他国の誰かに怪我でもさせられたら組として面子が立たなくなる。
下手をしたら山ン本組総出で突撃だ。黄ノ国のヤ〇ザどもと戦争準備に入ってしまう。まんま『えらいこっちゃ、戦争や』状態だ。
せっかくの友好国同士なのにヤーさん使って代理戦争もないものだ。
もしそんな事に発展させてしまったら、屏風も立花様にどんな怒られ方をするやら。あ、考えただけでお腹がキュッとする。
ともかく、何を根拠としたものかはさておき、相手が敬意を払ってくれるならそれに越したことはない。
お互いに敬意があれば平和的な話ができる。今後とも彼らとは友好的な関係でありたいものだ。この騒動が回りまわって、白と黄の芸能交流のささやかな架け橋となったら幸いである。
「ありがたいことです。白石様には何から何まで。しかし儂らがお助けに来たつもりが、これでは立つ瀬がありませんわ」
こちらを見上げ、前足で頭を掻いたタヌキさんが恐縮する。
トラブルから始まった事とはいえ、設樂氏からすれば黄ノ国の芸人の元締めと顔つなぎが出来て逆に願ったりだったという。
「儂ら程度の木っ端一座では、あの方の下の者くらいまでが会える限度でしょう。浦の字も名前こそ他国でも有名になってきたとはいえ、役者としてはまだ雛ですからなぁ」
あの子は業界の評判だけで言えば、まだまだ顔補正でドラマに起用されたアイドルみたいな立ち位置なのかもしれない。役歴に見合う腕がついてくるかは、今後の精進に掛かっているということだろう。
まあそんな若き俳優の今後の活躍に思いをはせるのはまた今度として、トラブルに関係して思わぬ副収入があったので分配を決める必要が出てきた。
「私はいらん。見世物をしたわけではない」
まあまあ。お金の話をした途端にそっぽを向かないでほしい。
――――とばり殿と浦衛門の対決はそこそこの数の野次馬を呼んだ。
屏風覗きたちはお先さんに宣言した通り金など取らなかったのだが、騒ぎに便乗して賭け事を始めた輩がやはりいたらしい。
個人同士の賭けならいざしらず、胴元まですえて本格的にやりだしたらそれは縄張り荒らしということで、屏風が挨拶に向かう前に何妖怪かケジメを取らされたようだ。
なお、土間の隅の辺りに土を被せ切れていない真新しい血痕があったのは見ないふりをしました。顔も見ていないけれど、さすがに死んでいたら寝覚めが悪いなぁ。
お先さんは没収した金を『筋を通してくれたので』と、場代を引いてこちらに渡してくれた。
賭けた客は丸損だが、そのヘイトは縄張り荒らしをした連中が受けることになるのでこちらは気にしなくていいという。
と言っても好カードの割には稼ぎはしょっぱい部類だろう。これがプロレスなら選手のファイトマネーだけで足が出てしまう額だ。
分配の相場が分からないので設樂氏に聞くと、場所を間借りしているような一座の稼ぎの3割は、その界隈を仕切る元締めの取り分となるのが慣例であるらしい。
ずいぶん持っていくなぁと思ったら、それが顔に出たのかもう少し詳しく説明を受ける。
細々した準備や警備などの手配は元締めの役割なので、そこまでボッタクリというほどでは無い――――というのが建前。
「話を通さねばどこからかゴロツキがやってくる、そういうことです」
縄張りってそういうものね。流しの芸人なんかは稼ぎを惜しんで闇営業するようだ。
でも白ノ国ではこの辺りの配慮は良心的で、話を通していれば人手を出してくれたり、宣伝や差し入れなんかもしてくれるからわりと重宝するそうな。
やはり白は良い国なんだなぁ。白玉御前さまさまである。
「いひひひひひひひっ」
案の定というか、義娘を誉められたろくろちゃんが肩の横でグネグネする。
その身には硬い鉄棒が入ってるはずなのに、まるでウナギみたいにウネウネできる番傘が若干キモい。
悦に入っている番傘の事は置いておいて。やってきた一座をどう使うべきだろう? まだ台本のだの字も書いてないんですが。
何よりも看板役者は立ち直ってくれるかなぁ。たぶんあの子、喧嘩で派手に負けたのは初めてだろうから。
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