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別視点、浦衛門 それが恋にあらずんば、いかに

 芝居小屋でのいつもの稽古と片付けを終えて、小腹が空いた浦衛門は軽く酒も入れようかと適当な店を探して南の町をブラついていた。


 まだ日の見える時刻で半端なために、本格的な食事処や飲み屋に入るのは少々億劫。


 こんなときは屋台でもと視線を流していると、そこにちょうど開店の準備を始めた見知った屋台があったので、浦衛門はちょうどいいかと声をかける。


「屋台ほっといてどこ行ってたんだよ、目玉の」


「ああ、山ン本の大将。寄ってきますかい?」


 妖怪目玉しゃぶりと呼ばれるこの女主人は、『目玉屋』と書かれたのぼりを立てながら振り返ると、いつもより愛想よく浦衛門に出したばかりの席を進める。


「いやぁ。仕入れに行った先で白石の旦那のお言いつけがありやして、ちょいとお手伝いをば」


 白石の旦那、と聞いたところで眉を寄せて腰かけた浦衛門に気付くことなく、女主人は浦衛門に注文を聞きながら使い込んだ七輪に火を入れる。


「屏風の焼きおにぎり、葱のやつ。あと熱燗」


 へい、と景気よく答えた目玉しゃぶりは用意したとっくりを湯の中に入れ、次いで葱味噌を塗った握り飯を七輪に乗せていく。


 屏風の焼きおにぎりというのは、この屋台でひっそりと出している最近増えたお品書きのひとつである。


 その名がついている事から分かる通り、例の白石と呼ばれる屏風覗きがこの屋台で店番をしていたとき客に出した焼きおにぎりのひとつだ。

 これを切っ掛けとして作り方を教わった女主人が出したところ、思いのほか客受けが良かったため定着した品のひとつだった。


 今では他の屋台や飲み屋でもこの焼きおにぎりを真似て出しているところがあり、彼女はうちが元祖だと立腹している。


 それを言ったら教えた白石こそ元祖ではないかと、事情を知る数少ない客のひとりである浦衛門などは呆れているのだが。


(唐辛子まみれのあれは勘弁だったがよ。あの兄さん変な特技ばっか持ってるよな)


 売れる執筆をしたかと思えば奇抜な踊りを手ほどきしたり、手ずから南蛮菓子まで作るのだから大概だ。


 興味本位で前に現世ではどんな職についていたのかと問うたことがあるが、あの人間はこの質問に『現世では誰でも手に入る知識ばかり』だと、まるではぐらかすように質問そのものには答えなかった。


「それで? 兄さんの手伝いってなんだよ?」


 湯から出したとっくりがコトリと前に置かれたところで、改めて浦衛門は引っかかっていた言葉に突っ込む。


 それを聞くと目玉しゃぶりは目を輝かせて、黄ノ国での出来事を上機嫌に話し出す。


 とある災難からゴッソリと目減りした唐辛子を安く仕入れるため自分で向かった得意先であったが、白玉御前様の御一行の滞在と被ってしまい宿が取れずに難渋した事。

 そこに通りかかった白石の伝手でタダで良い宿に泊まれた事――――もしかしたら夜分に自分の寝所に白石が訪れるのではないかと身構えてしまい、寝るのがずいぶん遅くなった事。


「馬ぁ鹿! 兄さんがおまえなんかつまみ食いするかよ」


 とっくりの口を指でチョンチョンと摘まんで熱さを確認していた浦衛門は、唾を吐くような顔で目玉しゃぶりの妄想を一蹴する。


「ちょっとは期待してもいいでしょう! あたいみたいなのにもずいぶんと親切なんだからっ」


「あの兄さんがそんな下心持ってたら、今頃この辺りの女どもみんな食われてんぞ。聞く限り南の宿に女を連れ込んだことはねえよ」


 数多くの悪党の中から生き残り、南町を仕切ることになった山ン本組に町で入らぬ話はない。特に遊女と金持ちの火遊びの話は山ン本の飯のタネのひとつ。


 筋を通した遊びなら客と店の話として知らぬふりをするが、女郎に無体を働く者や不義理な真似をする客には、それをネタにゆすりやたかりをして町から追い出す。


 悪党なりの方法で町の風紀を正すこともまた、山ン本の大事な役目でありシノギでもあるのだ。


(そういやあのお人、ミミズクのクソ(ババア)どもを助けて城で飼ってたっけな。あっちに通ってるのか?)


 かつて山ン本組と町の権力を争った『みずく花月』とその一派。彼女らは争いに敗れた事で粛清や追放の結末になるかと思いきや、夜鳥という名の雀の伝手で屏風覗きに拾われ最悪の最後を免れていた。


 もうひとつの勢力の親分、蜘蛛の化生『牡丹』の悲惨な最後とはずいぶんと違う。


 ――――牡丹(あれ)は生きたまますべての足を切り落とされ、衰弱死するまで放置されるという最後であった。死体は証拠の品として持ち帰られた足ともども、すでに荼毘に付されている。


 芸を納めた古参とはいえ、界隈でもドン詰まりの遊女という低い身分であったのに、今では城で雑用をしているというから世の中どう転がるかわからない。


 もちろん、それもこれもあの屏風覗きの口利きあってこそなのは間違いないだろう。


 となればみずくたちは屏風覗きに逆らえまい。毎夜のように通っていてもおかしくはない。むしろ遊女たちからしてもお手付きになったほうが安心するだろうし、積極的に媚びているかもしれなかった。


「大将、そんなおっかねえ顔してどうしたよ? 役者稼業が人前で殺しでもしそうな顔するもんじゃねえですよ」


 知らぬ間に酷く苛立った顔をしていた浦衛門に、目玉しゃぶりはやや身構えながらも気を遣う。これで貧乏役者や芸人に売れ残りの握り飯を食わせてやるようなお節介な女であった。


「ん? なあ、おにぎり」


「あ!?」


 流れてきた(けむ)いにおいに気付いた浦衛門が指摘したが、すでに七輪の上のおにぎりはブスブスと音を立てて真っ黒に焦げていた。


 うわっちゃあ、という顔をした目玉しゃぶりに溜息をついた浦衛門は新しいおにぎりが焼けるのを待って、舐める程度にチビチビとおちょこの(かん)された酒を含む。


(あの兄さんは悪党なのか善人なのかさっぱりだぜ。けど――――間違いなく堅気じゃねえ)


 現世で怪しい金貸しでもやっていたか、あるいは詐欺師か。やたらと口がうまいのが良い証拠だと浦衛門は睨んでいる。荒事は手下に任せていた黒幕のほうだろうと。


 しかし一方でずいぶんと呑気で親切なのも事実だった。


 悪党が上っ面で親切顔をするのとは違い、親身になって相手をしようとする。そのちぐはぐさを気味悪がる者も多いが、助けられた事を感謝する者もまた多い。


 浦衛門の姉、あるいは母替わりと言える鬼胡桃(おにぐるみ)も屏風覗きには助けられていて、その人柄を高く評価していた。自分が首を吊る遠因となった相手だというのにだ。


 もちろんこの事は浦衛門の中でもすでに手打ちにしているので、もう何も言う気は無い。

 そもそも山ン本組と浦風一座、そして浦衛門自身が大きな恩を受けている相手でもあるのだから。


 ならばこそ国の役人という以前に、どんな素性の者であっても屏風覗きを下に見る気はなかった。


(放火の件の賠償までしてくれてんだもんなぁ。あたいにそんな事、一言も言わずによ)


 町の話に詳しい山ン本に大きな金の動く話で聞こえてこないものはない。


 大きな料亭の新築ともなれば大工や人足の手配のシノギがある。


 そこから辿った金の出所は当の料亭の主人であったが、これほどの建築は彼の貯金だけでは足りるわけもなく、かといって金を借りている様子も無いなど金の出所が不明だった。


 よもやモグリの金貸しからでも借りたのかと、料亭の主人に迷惑をかけた者として忠告に行った浦衛門は、そこで金の出所が屏風覗きである事を知ったのだ。


(考えてみりゃ当然だ。役者としてスカンピンのあたいが、店を立て直せるほどのまとまった金なんてすぐ返せねえ。じゃあその間に店の焼けちまった主人はどうすんだ? って話だよ)


 主人のことを不憫に思った屏風覗きが浦衛門に代わって、ひとまず立て直しの頭金をたて替えたのだ。しかもその後には丸ごとである。利子が勿体ないと言ってすべて一括で出してくれたらしい。


 今では浦衛門がチョコチョコと返している分を、主人から気長に受け取っているという。


 店の主人は屏風覗きに浦衛門には言うなと口止めされていたが、あの方の気遣いをあなたこそ知るべきだと言って『役者の浦衛門』ではなく、山ン本組の『山ン本五郎左衛門』にこっそり話してくれたのだ。


 この話を聞いたおかげで、浦衛門は自分で決めた期日に決めた金額を意地でも払っている。ここまでされて金が無いからと返済を滞らせては、妖怪として筋が通らないと思ったからだ。


 今では役者稼業以外にも稽古の合間に煎餅など焼いて売り、月の返済の足しにしている。これもまた現世の役者の話ではと、屏風覗きが教えた稼ぎ方であった。


 看板役者が売っていれば、多少割増しでも客はおひねり代わりに買うだろうと。


 これもまた中々にえげつないやり口だなと、浦衛門は思い出し笑いをこらえきれず苦笑した。


「そうそう、それでなんですがね。白石の旦那、どうも銀量寺の狸と揉めたらしくて。白の方様や黄の方様、果てはお山様の御前で勝負事になっちまってるんですよ」


 焦げたおにぎりを煮物の汁に突っ込んだ目玉しゃぶりを見て、『そんなもん平気で入れるから、おまえのとこの煮物はまずいと言われるんだ』とぼんやり思っていた浦衛門は――――


「――――はあ!?」


 傾けようとしたとっくりがツルリと滑り、浦衛門の足元に落ちてガチャンと割れた。


 その後、目玉しゃぶりの首根っこを掴んで話を聞き取った浦衛門は、すぐさま一座のいる部隊小屋に走ってこの話をし、さらに祖父の下に行って外出の許しを請うた。


 浦衛門は狐の社で騒ぎがあったとは手下から聞いていた。


 ただ特に血が流れたわけでもないとも聞いていたので、てっきりお忍びでやってきていたお山様に関するものであろうと気にしていなかった。


 また周囲の者たちがお山様から直々に、『しばらく黙っていてほしい』と口止めされていたのもあるだろう。


 こうして一座と山ン本組は、どちらも『屏風(あの方)の助勢であるならば』と素早く腰をあげることになる。


 山ン本組は前組長の辰を代理として当面の火消し稼業を引き受け、浦風一座は屏風覗きの手助けのため大急ぎで黄ノ国へと追いかけて行った。






「――――それなのにあんた。白石様のお気に入りの守衛様に喧嘩を売って、なにしてますのん?」


 宿の肌寒い縁側でひとり不貞腐れていた浦衛門は、横に座ったお栄にボコリと叩かれても押し黙っていた。


「あの(カラス)天狗は立花(一刀)様のお気に入りでもあるんやで? 弱いわけないやろ」


 音に聞こえた石仏。界隈ではその愛らしい姿でも人気だが、そもそも『千手のとばり』などとも謳われるほどの投げ物の名手として、特に無頼たちから恐れられる役人。


 こと荒事となったら武闘派の山ン本の組員たちさえ、対抗することは困難だろう。


 今では白石と呼ばれる屏風覗きと仲良く飯屋などを巡っては大いに笑っているが、以前は眉ひとつ動かさずに罪人を乱暴に捕らえ、やり過ぎて死人さえ出していた女だ。師事したお方と同様に、加減というものを知らない。


 その守衛隊長とばりが本気で仕掛けてきたら、いくら浦衛門(あんた)でも勝てるわけはない。お栄は無常にそう突きつける。


「だって」


「だってやない。そんなに白石様の近くにとばり(あれ)がおるのが気に入らんの?」


「違うっ、そんなんじゃ――――ねえよ」


 思わず歯切れの悪い口調になったことに自分で気が付いた浦衛門は、口の悪い先輩が言うだろう言葉が想像できてしまった。


(なっさ)けない。それであんな挑発したんかい? 気ぃ引きたいならもっと別の事せいや」


「だから違うっての!」


 やはりかと、勝手に色恋に当てはめられた浦衛門は反論する。


「何が違う(ちゃう)んや?」 


 だが、お栄は様々な言い訳を頭に浮かべていた後輩を、語らせることなくバッサリと切り伏せる。


 姉貴分としてだけでなく、ひとりの役者という立場でも今の浦衛門に腹を立てていたからだ。


 恋物語を演じたいと騒ぐわりに、自分の事となるとてんでお話にならない。こんな初心なままで色恋の芝居などあるものかと。


「そこ認めんとあんたは女としても役者としても――――いいや、極道としてさえ一生先にいけんで。それでええんか?」


 目を白黒させた浦衛門は否定するため何とか口を開こうとした。


 しかし言葉にはならず、モゴモゴと唇だけを動かす。


「自分の足元見ないふりして何ができるわけないでしょ(もんね)そんな(そない)弱い性根のやつが鉄火場で踏ん張れるかい!」


 ――――浦衛門には物心つく前から母がいない。そんな自分の母替わり、姉替わりは組の鬼胡桃(おにぐるみ)や白樺だった。


 けれど彼らは()なのだ。組の長たる祖父、辰の孫娘である自分にはどうしても遠慮がある気がした。組員たちは優しくも厳しくもあったが、どうしても浦衛門の方が立場を意識してしまう。


 本当の母なら、姉なら。もっと厳しかったのではないだろうかと。


 そんな中で先輩役者という立場を持つお栄は、浦衛門にとって数少ない身近な()であった。


 売れない旅芸者として長く辛酸を舐め、酸いも甘いもかみ分けた彼女は山ン本の自分さえ徹底して後輩として扱った。


 その厳しさこそ浦衛門には嬉しかったのだ。忖度ない言葉、事実を突き付けてくる事が。


 轆轤(ろくろ)も厳しいが浦衛門が望むものとは少し遠い。もちろん彼女の事も慕っているが、強いて言えば本家の叔母のような偉さが先に来る立場だろう。


「恋も喧嘩も正面から行け(行き)。あんたにはそれが一番似合う」


 そしてまたひとつ。お栄は浦衛門の中の事実を突きつけてきた。


 自分で気付いていながら見ないふりをしてきた、世のどこにでもあるささやかな物語の始まりを。


(あたいは、あの人の事を――――)


 山ン本浦衛門は、ひとりの女として屏風覗きを慕っているのだと。

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