とばりvs浦衛門 ルール:殺傷以外すべて認めます
にわかに集まってきた野次馬が騒ぐ中。当の戦いはごく静かに、しかし局所においては稲妻のような早さを見せた。
「ぎっ!?」
懐に素早く手を伸ばそうとした浦衛門の手を、それ以上の速さでとばり殿のどこからか発射された小石がバシリと叩いたのだ。
思いがけず激痛を感じた浦衛門がたまらず声を出す。
不覚にも屏風覗きには彼女の動きは見えなかった。腕を振り被るような動作など無く、今も相手と正対に手をダラリと下げたまま立っていただけにしか見えない。
「指で石を弾いたんやろ」
驚くに値しない、という口調でろくろちゃんから解説が入る。
いわゆる指弾。河原の石を抜け目なく拾っていたとばり殿は、立ち合いの最中にさりげなく手の中に忍ばせておき、親指を使ってノーモーションで弾いたようだ。
「あんなんでも内丹で力をたくさん練っとる。顔にでも当たったらだいぶ痛いで」
術が苦手なあの子が得意とする、幽世においてフィジカルを使う技に分類される術。
その名は内丹術。特異な呼吸法によって身体能力を大きく引き上げるものらしい。
術なのか技なのかで混乱しそうになるが、要は柔術とか剣術とか言う方の術だ。創作でよくある魔法ではなく、技術が近い。
それでも妖怪の世界に伝わっていて妖怪が使う技だけに、現実でもある呼吸法とは効果はケタ違いだ。
この内丹術こそとばり殿が短期間で守衛隊長にまで上り詰めた力のひとつである。
加えて言えば食いしん坊の理由でもある。燃費が悪いらしい。
「守衛さまぁ! 顔は! 顔は勘弁してやってくんなまし! 一座の看板なんですぅ!」
打たれた手が赤く腫れたのを見て、先輩芸人であるお栄さんが悲鳴に近い声を上げた。花形役者が顔に傷をこさえては、一座としては大損害もいいところだろう。
「ああ言っているぞ? 手加減してくれと言うならしてやらんでもない」
「誰が!」
とばり殿の言葉に目を剥いた浦衛門は再び懐に手を入れようとする。そして今度は注視していたので、屏風覗きにもちっちゃい守衛さんの手から打ち出された石が見えた。
飛び道具を得意とするとばり殿は正確無比な礫を飛ばす。自身で外そうと思わない限りまた確実に命中するはずだ。
このまま先程の焼き直しか。そう思った時、浦衛門の青い髪をまとめるシニョンが解けて歌舞伎役者の如く舞い踊り、石を弾き返した。
「獅子の舞。見ての通り髪を操る術や。しかし下手やのぉ」
浦衛門と言えば風呂敷を使った術が一番に思い立つが、そこは妖怪。他にも術を会得していたようだ。そういえば今のような芝居役者になる前は、狂言だか歌舞伎だかをしていたとか聞いたような記憶がある。
「お返しだ!」
さらに飛ばされた数発の礫を髪を振り回してなんなく防いだ浦衛門は、今度こそ懐から3枚の畳まれた風呂敷を取り出す。
そして間髪入れずとばり殿を目掛けて投げつけた。
あれこそ山ン本家の秘伝。風呂敷術。
どういう原理かはさっぱりだが、あの風呂敷の中には火事から吸い上げた業火や落雷から取り込んだ紫電が、『現象』そのままの姿で畳まれ収まっている。
そしてその風呂敷が開かれたとき、中に封じられていたものが当時の姿そのままに解放されるのだ。
自然現象さえも閉じ込める術。あの受け上手のろくろちゃんさえも不覚を取った、とんでもない力を秘めた術である。
「うちの事は言わんでええねん――――それに、開かんかぎりはただの風呂敷や」
そう。化け傘の姉が言う通り、浦衛門のあの術は風呂敷が敵の近くで開いてこそ初めて効果が表れる。
つまり開く前に、相手の近くに達する前にボトボトと撃ち落とされたら意味が無いのだ。
「そんな遅いもの、目を閉じていても当てられる」
指で弾くのはもう止めて、本格的に投げ込む形をとったとばり殿の投石は、飛来せんとした3つの標的をただ1投、1度に3つの小石を投げつけることで叩き落としてしまった。
しかもすでに第2射の準備も万端。右の指の間にはとっくに3つの小石がセットされている。
「ここは河原だ。投げるのに手頃な石はいくらでもあるぞ。対しておまえはどうだ? その風呂敷はあといくつある?」
手裏剣を使うまでもない。そう言ってとばり殿は左の手にも小石を持つ。
「しばらくその髪で身を守ってみるか? 百や二百、全力で投げ込んだ程度で私はへばらんぞ」
「なら投げてみな! ごちゃごちゃうるせえんだよ!」
その言葉は強がりか。少なくともそう判断したらしいとばり殿は、相手の抵抗心をへし折らんと右、左の順で6発もの弾丸めいた石を投げつける。
正面をうっすらと髪の毛の壁で守っていた浦衛門は、その髪をあっさり突き抜けてきた小石にしたたかに打たれた――――はずだった。
瞬間、とっさに横っ跳びをしたとばり殿が河原を転がる。
避けたのは礫だ。浦衛門のほうからとばり殿が投げたのと変わらぬ速さで、6発の弾丸めいた小石が飛んできた。
「小技を」
屏風覗きが驚いているうちにとっくに立ち上がったとばり殿が、忌々し気に呟く。
「体の前で風呂敷を開いて礫を吸い込んで、それを跳ね返したんか。そういや昔辰もやっとったのぉ」
なるほど。あの風呂敷術は自然現象さえ取り込める。投げ込まれた石を取り込むくらいは造作もあるまい。そしてその場で風呂敷を開くことで石を打ち返したのか。
やり方もこれはうまい。炎や電気は近くで開くと自爆してしまうため遠ざけてから風呂敷を開く必要があるが、投げられた石なら解放する方向を間違わなければ自分に被害は無い。
恐らく矢や手裏剣なんかにも使えるだろう。これはかなり強力なリフレクト性能だ。
「小技かどうか試してみるか! 木っ端烏がよ!」
第三者からすれば明らかに挑発だと分かるセリフだが、今の言葉はとばり殿の深いところにある怒りの燃料庫に火をつけた。
両方の手を軽く外に振っただけに見えたのに、彼女の指にはどこから出したか分からないほどの量の十文字手裏剣が挟まっていた。
その数、実に8枚。あれを、あの手裏剣を使った技を屏風覗きは見たことがある。
実はあの手裏剣は金属としては柔らかい。その柔らかさを利用して微妙な反りをつけつつ発射された手裏剣の軌道は、素人には信じがたい曲がり方をするのだ。
「おまえが盾にできる風呂敷は何枚だ? この手裏剣の何枚かは左右同時、真横からおまえに飛ぶぞ。むろん正面と同時にな」
とばり殿の言葉は挑発ではない。ただの事実。今から行われる処刑法を伝えただけの温情でさえある。
躱せるものなら躱してみろ。受け切れるものなら受けてみよ。
左足を前にゆっくりと姿勢を低くし、大地の反動を存分に噛み締めていく足はまるでバネのよう。
「あたいの髪が手裏剣ごときで切れるかよっ! 念を込めた女の髪だぜ!」
「笑わせる。無頼の髪ごとき、当たった感触も無く切り刻めるわ」
深い呼吸と共にぐわりと両腕を広げ、ギリギリという音を立てそうなほど後ろにしならせるとばり殿。その姿はまさしく鳥が羽ばたくが如し。
ただし、そこで舞うのは烏の黒い羽ではない。
敵の肉を穿ち、切り殺す。金属の光沢を持った十文字手裏剣の八閃。
――――ここまでか。
「そちらの、うちのシマで何をしていなさるか」
時間切れを悟り、仕方なくスマホっぽいものを操作しようとしたとき、遠巻きにしていた大勢の見物客の間を割って、雰囲気のある女――――役人とも違う黄の町のまとめ役らしき方が飛び込んできた。
間髪入れず立ち上がり、相手に向けて軽く礼をする。
失礼。白ノ国で言うところの的屋元締め、吟牛氏のような方とお見受けする。
わたくし白石と申しますと挨拶すると、彼女はわずかに目を見開いてからすっと息を吸い、腰をガチリと低くして界隈の元締めをしている『お先』と名乗った。
「白石の親分さん。お噂はかねがね聞き及んでおりやす。先日も寺にのたくる狸どもを鍋にして食っちまったとか。おかげさんで界隈から狸の糞が消えて、町が見違えるようでさ」
はい、タイムアップ。おふたりさん今日のところは勝負無し。
パンパンと手を叩き終了を促すと、決闘中のふたりだけでなくろくろちゃんやお栄さん、そして周りからも『はあ?』という顔をされた。
これにて『芸対決』はひとまず終わり。こちらのお先さんが穏便に話をしてくれるうちに撤収します。でないと今度は黄の役人が出てくることになる。
「屏風、おまえな」
ここにはもうしばらく滞在しているのに、決闘騒ぎなんていらぬ問題を起こしては立花様から揃って拳骨を喰らう事になってしまう。
我らの立花様の名前を出すと、ちっちゃい守衛さんは『うっ』という顔をした。
はい終わりはい終わりと言い続け、剣呑な空気を散らす。見物客たちも終わりの空気を感じて『なんだよもう』という顔で去る者が出てきた。ひとり動けば後はなし崩しだ。
「おい、兄さん。そりゃねえよ」
浦風一座もせっかく来たのに初日から牢屋で臭い飯を食べて、明日には国元へ蹴り出されるのでは立つ瀬がないでしょうに。
それにここは他国の的屋が仕切っているシマだ。お金は取っていないとはいえ、見世物のような真似をして妖怪だかりを作ったのは不用意だったと言わざるを得ない。
ここに客が集まれば、それだけ他の場所の客が減るのだ。
芸で食べるものとして、界隈への義理を欠いていた。
これを言うと任侠者としての三代目五郎座衛門から、役者の浦衛門の顔になってこちらも『うっ』という顔になる。
振り返ってお先さんに再び謝罪する。ちょっとした技比べ程度のものだったのだが、シマを荒らしてしまって申し訳ない。
幸いお金はビタ一文取ってないから、今回のところはどうかお見逃し願いたく。
もしかしたら誰かがこの対決に便乗し、賭けの胴元でもしていたかもしれないが、それは誓ってこちらのあずかり知らぬ事。こちらは黄の金には一切関わりございません。
「よいでしょう。白石の親分。ひとまずあんたさんを信じましょう」
ありがたい。後で酒でも届けますのでどうかよしなに。
集まってきていた手下らしき強面の者たちに、くいっとアゴをしゃくったお先さんは、こちらに一礼して手下たちと去っていった。
――――いや、誰が親分やねん!
「ツッコミ遅っ!」
ここまでずっと我慢していたらしい姉の激しいツッコミを頂いた。解せぬ。
<実績解除 侠の親分 3000ポイント>
<実績解除 下町の無頼 1000ポイント>




