まずは宿泊施設に荷物を置きに行きましょう
昔懐かしのアニメEDで、某筋肉なバスターの『ハチャメチャ忙しい』ほうを久しぶりに聞いて和む。『マンボ』のほうよりこっちのほうが好きでした。
まだ着いたばかりで宿さえ取っていないという一座のため、泊まれる場所を探して白の一行が使っている宿を見繕う。
目玉しゃぶりの時もそうだっが、この時期は白玉御前さまの御一行が滞在するので普通の旅行者が使える宿が少ないのだ。
末端とはいえ御前の護衛の兵士たちと一般の妖怪を一緒の宿にするのは間諜の意味で憚られるため、どうしても宿をまるごと借りて一般お断りにする必要がある。
知り合いひとりふたりならねじ込むことも難しくないんだけどなぁ。総勢15名ではちょっとしたツアー団体だ。先に泊っている兵士たちからしても、いきなり連れてこられては迷惑だろう。
やはり例の宿しかないか。ちょうどろくろちゃんもいる。
パンパンと手を叩いて注目を集め、一座に黄ノ国で泊まれそうな旅籠まで案内することを伝える。
気分はツアーガイド、というより修学旅行の引率教師だ。そういえば九段神社への参拝のときもこんな感じだったな。
「さすがは兄さんだ。あたいらこの寒空で野宿になったらどうするかと頭抱えてたからさぁ」
打って変わって調子よくこちらを持ち上げる浦衛門にジト目になりそう。見切り発車で来るからでしょ。
浦風一座は旅一座では無いようだし、こういう移動興行は慣れてないだろうに。
「旅芸人だったやつは何人かいるぜ? お栄の姉さんとかそうさ」
「余計な事を言わなくていいんだよ。食うや食わずの貧乏芸人があちこち彷徨ってただけなんだから」
先輩芸人のお栄さんからすると、ピン時代は赤貧にまみれた黒歴史らしい。いつの時代も売れないうちは本当に儲からないのが芸人だしね。
「そういう連中にタダで寝床を貸してくれたのが座長で、気付いたら一座になってたってわけなんだよ」
まるで自慢するように設樂氏の肩をたしたしと叩く浦衛門。なんのかんのと迷惑かけつつ、彼女なりに慕っているのだろう。
「弱いもの同士は助け合わんといけませんからな。己に足りないところは他に任せるのが一番手っ取り早いですから」
そこまで老け込んでいるわけでもないだろうに、フォッフォッフォッとか老人のように笑う設樂氏。
彼は芝居一座の代表こそしているが、やることはもっぱら一座の取りまとめと外との交渉くらいで、自分はあまり役者として参加していない。経営者と言ったほうが近いだろう。
芸能という分野において、まさにそれこそ大事な役どころなのだが。
芸とはそれだけ見せても道端の大道芸止まり。あまりお金にはならないし、そもそも芸人とは集団としてまとめるのが至難の人種だ。どいつもこいつも我が強いからね。
そんな面倒な職人たちをまとめて商売として成り立たせるには、やはり経営者が必要になる。芸人たちがやりたがらない煩雑な裏方仕事を引き受ける者が。
そういう意味で設樂氏もまた、浦風一座という演目を彩る立派な役者と言っていいだろう。まさしく名俳優である。
「――――そ、そのような事初めて言われました。いや、なんと言うか、その、こそばゆい」
照れるタヌキさんが不覚にも可愛い。人の姿にしたらたぶん初老くらいの雰囲気なのに、ケモいというだけで雄でも可愛いのは動物系妖怪の特権だろうなぁ。
まあそんな設樂氏だが、抜け目ない面もあるかもしれない。
例えばこうして黄にやってきたのは、何も屏風覗きへの助勢ばかりが理由では無いだろう。
白ノ城下の1箇所だけでは客の動員数が頭打ちになりやすい。この問題を緩和するために、かねてから短期の巡業なんかを考えていたのではないだろうか?
だが花形役者の浦衛門が遠征できない事を考えると、旅巡りは現実的ではない。
なので白以外でお金を落としてくれそうな土地である、比較的豊かな黄ノ国には前から目をつけていたと思う。藍は閉鎖的なお国柄的にウけるかどうか博打が過ぎるし、貧乏な赤は元から論外だ。
だが黄ノ国にしても興行するにはいくつかの難問が待ち構えている。
ひとつは芸人同士の縄張りだ。黄にも芸人や役者はいる。他国から自分の食い扶持を毟りに来る相手なんて、よほどの事情が無ければ歓迎しないだろう。うまいことコラボしたとしても、今度は取り分で揉めるに違いない。
2つ目はそれ以前。そもそも黄ノ国が鷹揚に興行を許してくれるかの問題がある。
場所代や稼ぎから徴収される税金なんかの金額が多かったりすれば、苦労の割には儲けは薄い。下手したら赤字になるだけだ。それを宣伝費用と割り切れるほど浦風一座に団体として体力も無い。
他にも細々と課題があるが、大まかにこのふたつが問題だろう。
そんなときに舞い込んできたのが屏風覗きの勝負の話。
ここでうまく取り入れば、普通であれば門前払いの場所である黄の方の屋敷で自分たちの芝居ができるかもしれない。
何事も最初の1度目が問題だ。通れば前例という名の免罪符ができる。
さらに芸人たちの誰もが羨む国人へのお披露目だ。業界の内にも外にも大いに箔が付く。今後に黄で興行を行うのにこれ以上ない許可証になるだろう。
今回の芸の勝負は黄ノ国への進出の足掛かりとして、乗っからない手は無いのだ。
――――すべて卑しい心の持ち主たる、屏風の邪推だけどね。
浦風一座はきっと本当に手助けをしに来てくれたのだ。義理人情を重んじる妖怪として。
ありがとう。心の中でそう唱えて松の背に乗る。こんな心暖かい妖怪たちを寒空に放っておくわけにはいかない。手早く宿を取って荷物を降ろさせてあげなくては。
「おっと? 守衛の姐さん、馬廻りはあたいがやりますぜ」
「気にせんでいい。私は護衛だ、山ン本の」
前のように松の誘導をしようと口綱に手を伸ばした浦衛門だったが、それより早くとばり殿が綱をかっさらった。なお松ちゃんは言葉が分かるし自分で行き先を判断できる子なので微妙に迷惑そうである。
そういえばとばり殿と浦衛門って接点が薄いんだな。強いて言えば浦衛門が黒曜に操られていたときに、屏風覗きを助けるために駆けつけてくれた出来事くらいかもしれない。
投げ込まれた無数の業火と稲妻入りの風呂敷が開く前に、一文字の手裏剣ですべてを迎撃したあの時の投擲術は本当に見事だった。
浦衛門もまた風呂敷と同様、呪いを込めた苦無の一撃で無力化されて正気に戻っている。
御前から下賜されたあの苦無と、それを使って浦衛門を殺すことなく捕縛した姿はまさしく守衛隊長に相応しい鮮やかさだったよ。
「やめろやめろやめろっ! 人前で変な世辞を抜かすな馬鹿屏風!」
ゾワゾワっときた感じにブルリと震えたとばり殿が、こちらの褒め殺しに文句を言ってくる。
いやね、考えてみたらあの時の事でちゃんとお礼言ってなかった気がするのだ。呪いにやられた式神コンビの事もあって焦っていたし、そのまま有耶無耶になっていたかもしれない。
「あぁ、そうだな。あんときは下手打って浦衛門にしてやられたんやったわ。烏、とばりがおらんかったら危なかったかもしれん。思えばうちも礼を言っとらんかったかも。ありがとうね」
「いえ! とんでもありませぬ! 守衛として当然の事にございます!」
ろくろちゃんやひなわ嬢も、そして何より浦衛門がこうして生きているのは駆けつけてくれたとばり殿のおかげだ。
――――でなければ屏風が殺していたかもしれない。これは口には出せないけど。
とばり殿とろくろちゃんの間で何かお礼をする、恐れ多いの応酬が繰り広げられていて微笑ましい。最終的にはとばり殿が折れるだろうな。この傘のお姉ちゃんは押しが強いぞ。
ふたりのやり取りを見て何を思ったのだろう。不意に浦衛門からとんでもない発言が飛び出した。
「そうですな。恩は恩として感謝しておりやす。けど、勝ち負けは別でさ――――守衛の姐さんより、あたいのほうが強いですよ」
ただでさえ肌寒い空気が、ピシリと凍り付いた。




