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興行・浦風一座

誤字脱字のご指摘、いつもありがとうございます。


データが消えるのに怯えて、ちょっと違和感を感じるとついUSBメモリを買い替えたりします。まだ使えるお古が溜まっていく……

 幽世の朝というのは総じて早く、それだけ町でも早く店を開いている。黄ノ国の首都『甘言』もまた、朝から働く妖怪たちが町中を行き来する喧騒に包まれていた。


 白の賑わいに比べるとややミニマムだが、まだ早朝の冷え込みが残る往来に面した茶屋も開店している。


 窯で沸かされたお湯の湯気が店からゆらゆらと漂い漏れる様はどことなく情緒があり、行きかう妖怪()に『寒いしちょっと寄っていこうか』と思わせる不思議な魅力がある。


 とはいえ、どんな情緒があろうと妙な団体が立ち寄っている店というのは入り辛いものだ。屏風覗きなら遠目で見て回れ右するだろう。


「最近は冷えますなぁ。こういう朝は、ほんに熱い茶の一杯が臓腑に沁みまする」


 縁台に後ろ脚を伸ばしてチョコンと座り、やっとひと心地ついたという感じにしみじみ呟いた方の名は設樂(しがら)氏。浦風一座の座長をしているリアル寄りのタヌキさんである。


 黄色と黒の太いストライプ模様という。派手なちゃんちゃんこがトレードマークだ。ある有名妖怪漫画を知っている人なら、真っ先に下駄履きの主人公の事を連想するだろう。


「白石様ぁ、私たち(あてら)までぜんざい頂いてええんでっしゃろか?」


 背向かいの席からふわっと飛んできた生首、抜け首という妖怪のお栄さんが申し訳なさそうに目の前でホバリングしていてゾワゾワする。


 当妖怪(当人)に脅かす気など微塵も無いのだろうが、人の首パーツのみというのはそれだけでかなりショッキングな物体だ。何度見ても怖い。


 それはともかく、ぜんざいでも饅頭でも好きなものをどうぞ。


 お茶だけでは口寂しいだろうし、団体で店のほとんどを占拠してしまうのだから注文くらいは相応にしておきたい。席代代わりに多少はお金を落とさないと、利用する側としても尻の座りが悪いというものだ。


 何よりここに浦風一座を連れてきたのは屏風(これ)だしね。


 いくら知り合いでも客の立場で黄の方の敷地を跨がせるわけにもいかず、とりあえず訪ねてきた用を聞く場としてここを借りたのだ。


 なお屏風覗きはお茶だけすすっている。食べるのはNGで飲むのはOKというその境界が分からない。


 ただし、お茶もお付きの護衛の方が判断してからじゃないと飲めないのだが。今回の護衛役は頼もしいふたりと一頭だ。


「塩も砂糖もケチッてるな。小豆の味がぼやけている」


 そう言いつつもパクパクとリズムよく、匙でぜんざいを口に放り込んでいる山伏ルックの女の子。


 白ノ国が誇るちっちゃい守衛さんこと、とばり殿である。


 朝餉のすぐ後でよく入るものだ。屏風覗きはたとえ食べる許可が下りたとしても入らないよ。朝のおにぎりは力の三角形が完成する数だけでギブアップしたわ。


 隣りの健啖家をよそに、こちらはのそっと顔を突き出してきた松ちゃんに2つ目の蒸し饅頭を差し出す。


 こういうお菓子好きだなぁ、松。お餅やわらび餅のようなネバネバ系は嫌いな子なので、お正月は何を食べさせようかちょっと悩んでいる。


 最後の護衛役はろくろちゃんだ。


 食べたいものがあるなら帰りに包んでもらうから、今のうちに見繕っといてね。道具の姿で護衛をしているときは食べられないから、付喪神の子には申し訳ない。


「あぁ、いらない(いらへん)いらない(いらへん)。ん? いや、やっぱり何か包んでもらおか。兄やんの怪我も何とかなったでの――――ぼちぼち胴丸の阿呆と膝を突き合わさんといかんわ」


 右手の骨折の件か。


 弟子と師匠の間の話だろうから物を言い辛いが、怪我の当事者としてお手柔らかにと口添えしておく。元はと言えば嫌がる子に無理をさせた屏風覗きが悪いのだから。


「話は轆轤(ろくろ)様から聞いた。胴丸にそこまで気遣うこともないぞ。あいつ、ひとりでいるときに例の南蛮の着物を着てニヤニヤしていたからな」


そうだ(せや)。あれな、正体は貧相な鎧やろ? 飾られるような立派なもんちゃうから、ほんとは見た目を褒められるのに憧れてんねん」


 そういうプライベートはバラさないの。自分だったら知り合いにそんなことペラペラ喋られたら悶絶するわ。


 フフフという感じに珍しく黒い笑みで部下の秘密をバラすとばり殿と、こっちはいつもの調子でケケケと笑う化け傘師匠。


 ろくろちゃんて正体が呪いの傘だけに、ちょっと魔に近い付喪神なのかもしれないな。


 いや、このくらい平気で漏らすオバちゃんは人間でもいるか。話好きの女性にとっては、他妖怪(他人)のプライベートも井戸端会議の燃料でしかな――――痛い痛い痛い。


 肩に担ぐように置いていた傘が急にドリュルルルという感じに回転して、髪の毛が数本巻き込まれてプチプチ抜けた。地味に痛いやつ。


「お、悪いのぉ。なんぞ急に腹が立っての。まあ白髪やったからええやん」


 先日すごく痛い思いをしたせいか、白髪が出来ていたらしい。というか幽世にもドリルの概念があるのだろうか。関係無いけど。


 いつものように恐るべきサトリ妖怪が出没する中、ここにくるまでずっと口を尖らせている青髪のシニョン頭が、渡されたぜんざいを乱暴に食べ切ってカツンと器を置くのが見えた。


「よぉし。腹に甘いもんも入れたことだし、そろそろ追及させてもらおうか。なあ兄さん?」


 何か覚悟完了したような顔をしているところ、余計なお世話かもしれないが。口の端にちょっと小豆の汁がついているので、まずは拭ったほうがいいのでは。


 てぬぐいを持って近づこうとすると、袴姿の少女は慌てて袖で拭ってしまう。服が汚れるから止めましょうね。


「ご、誤魔化されねえぞ! 兄さんはそういうとこではぐらかすんだ!」


 何か怒らせるような事をしただろうか? 怒りで顔を赤くして疑心暗鬼になっているこの子は浦衛門という。


 名前こそ厳ついが美形の女の子であり、浦風一座の誇る花形役者さんだ。


 なお本家は白の城下で火消しも務めるヤーさんである。


「これ! 浦の字! 白石様に失礼だろうが」


「あんた大人しくしてるって言うから連れてきたんだよ? 約束破るのかい、ええ?」


 座長と先輩役者であるお栄さんに叱られて、『うっ』という顔をした浦衛門。


 しぶしぶという感じに『わかったよぉ』と呟いて、彼女はひとまず目上のお叱りを逸らした。


「申し訳ありませぬ、このところ毎度こんな調子で」


 タヌキそのままの顔なのに、なんともくたびれた表情が現れた設樂(しがら)氏に思わず苦笑する。


 人語を話せればどんな動物もこんな感じに、人間臭い表情をしているように見えてくるのだろうか。


「おう、浦衛門(鼻垂れ)。そんで何の用やねん? 黄ノ国の首都(甘言)くんだりまで来おってからに」


 お栄さんからのお小言が続いている中、このままでは進展しないと思ったらしいろくろちゃんが改めて話を切り出した。


 浦衛門の実家である山ン本家一門は現世ではならず者の集まりで、白ノ国にはある約束をしたことで住むことを許されたという経緯を持つ。


 その約束の関係上、三代目組長である浦衛門はあまり白ノ国から遠くに、特に長期間は出かけることができないらしい。


 引退した山ン本の二代目と現世からの旧知で、国との橋渡しをしたろくろちゃんからすれば疑問が浮かぶのは当然だろう。


 ちなみにこの化け傘ちゃんは浦衛門の事を赤ん坊の頃から知っているので、身分的にも精神的にも立場が強かったりする。


「こいつだよ」


 目上にやや苛立った声を出されて腰が引けつつも、浦衛門は懐から折り畳まれた手紙を取り出して突き付けてきた。


「――――白石、とあるな。この下手糞な字は間違いなくおまえの手紙だ」


 隣の守衛さんから辛口の評価が混じったが、確かに屏風覗きが書いたものに見える。

 そもそも幽世ではあまり行書を使わないので、草書がまだうまく書けず行書ばかりの屏風(これ)がすぐ連想されるのもあるだろうが。崩し字とか描くのも読むのも難しいです。


「いつも懇意にしているあたいらを差し置いて、あのぬりかべ(ばばあ)に芝居の話を持っていくとかどうゆう了見だい! 納得の行く理由を念を入れて(とっくり)聞かせてくんな!」


 啖呵を切られてしばし。


 いまいち回らない頭の代わりに2周3周と、残り少ないお茶をチャプチャプと回して濁らせる。ええと、なんだっけ?


 浦衛門の言葉は一座にとっても聞きたい事だったようで、さっきまで思い思いにお茶と甘味を楽しんでいた全員の視線が集中している。

 さらにとばり殿とろくろちゃん、ちょっと遠くでこっちを伺っている店主(バセットハウンド?)まで好奇心が刺激されたのか耳を向けてきていて焦ってしまう。


 なお松は興味ゼロで、鼻をフンフンさせて3個目の饅頭を要求してくる。終わり、もうおやつ終わり。食べ過ぎダメよ。


 あ。思い出した。秋雨氏の気晴らしに外へ連れ出した日に、浦風一座に向けて急いで書いた手紙があったっけ。あれか。


 いつもは読み返して清書するんだけど、一発書きで出したから変な事を書いたかもしれない。ああ、はいはい。はっきり思い出した。


 提案した芝居が気に入らないようなら、これは別の知り合いのところに持っていくので気にしないでほしい。とか書いた記憶がある。


 前にトラブルを起こした大御所役者との、ちょっとした関係修復にでも使おうと思っていたのだ。


「それだよ! あたいらを飛び越して、あぁんの左官(ばばぁ)に話を持ち込むなんざあんまりだろ! うらぎ――――」


「落ち着きな! この!」


 胴体と合体したお栄さんに後ろからボコリとやられた浦衛門は、呻いて蹲った。先輩芸人は絶対である。


「そもそもわしらが来た本題はそこじゃないだろう。こいつはもう」


 タヌキさんがゲッソリした顔で溜息をつく。ヤの字の組長さんを無役の時代から役者として雇っている豪胆な彼だが、やっぱり相応に心労もあるんだろうな。


 ――――しかし、不意にまとっていた空気をすっと変えた設樂(しがら)氏は、こちらに芸人らしい優雅な仕草で身構えると真剣な面持ちで訴えてきた。


「白石様。われらは黄ノ国で貴方様が真剣勝負をされていると聞き及びました。それも最後に控えるのは芸の勝負だとか」


 ぜひ最後の勝負、我ら浦風一座をお使いくださいませ。


 音頭を取った座長の声にピタリと合わせ、まさに図ったようなタイミングで全員が頭を下げてくる。


 無粋を言わず、思わぬ援軍に感動すべき場面かもしれないが――――さては君らスカンピンだな?


 反射で思わず突っ込むと、やはり全員が申し合わせたように視線を逸らした。


 あんたらなぁ。売り込みなら売り込みと言いなさい。


「兄さんがなかなか次を書いてくれないからだろぉ! 舞台は生ものなんだよ、おんなじものをずっとは演じれない(やれねえ)んだって!」


 うるさいわ。執筆もパトロンも屏風(これ)以外を早く探さんかい。

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