別視点。立花 ガマズミの花言『愛は死より重い』
「それでは貴様の側からも聞こうか」
報告を終えた屏風が退室したのを見送り、一呼吸置いて本命の報告を促す。だらしなく足を投げ出し寝そべる姿に嘆息するもこやつを上から叱責できるのは御前のみ。放っておくしかない。
白ノ国が裏紋『ガマズミ』の紋所を頂く古傘『賊改めの轆轤』。部下を持たずにひとりで動く御前直属の側近中の側近、あろうことか古株の立花よりさらに前から仕えている唯一の先達でもある。
階位も地位も立花が上。だがその実力は高く御前への発言力という意味では、むしろ水をあけられている存在だ。
「そんなんうちやのうても、根付から覗いたもん報告させたらええやんか」
知っていたか。あれは半日ほどの周りの出来事を己が見たように知ることができる術がかかっている。ただし記された出来事を覗くには繊細な術を扱う技量が必要で、我にはうまく見えん。切った張ったは得意だが、どうもああいった細かい術は面倒だ。困ったことにその細かい術を得手とする者たちは結界を張るのに忙しい。些事は後回しにせざる負えぬ。
だからこそ屏風にも口頭で報告させるし、貴様にも口を開いてもらうのだ。
「堪忍してえな、まだクラクラするんよ。あれには参ったわ」
貴様ほどの者が気を失い目を覚ましてもまともに動けない、その下界へ渡る木戸というのは『きうぶ』とやらより厄介かもしれんな。どちらも術の起こりが分かり易い事だけが救いか、とにかく使われる前にさっさと手なり指なりを落としてしまえばよい。そのあたりは我もこやつも得意よ。
さあ、受け答えできるなら口は開くだろう。
「嘘偽りは無い。誇張も謙遜も無い。これでええか?」
つまり砦の話も弓を扱える三十六の兵を一呼吸で倒した話も本当か。数だけ見れば大したものだ。殺しの術に長けるにしては気配に殺気が無いのが気にかかるが。
「討ち漏らしはうちが殺ったけどな。伏兵探るのは不得手みたいや」
姿を消せるほどの隠形を使う相手なら無理はない。人間では耳も鼻も効かんだろうよ。
「『きうぶ』は爪でも刃物でもあれへん、やのに鎧ごとバラバラになっとったわ。たぶん胴丸の臆病者でも輪切りやろ」
まあアレは硬いだけで守りの技は雑兵以下だ。受けは目の前で大の字に転がる古傘が国一番、我でさえ単騎では攻めきれん。しかし、鎧の付喪神でも防ぐのは無理か。やはり御前に近づけるのはどう考えても悪手、御前がどう仰ろうと正体だけは絶対に明かさぬようお諫めしなければならん。
「鉄砲の玉より速いと思ったほうがええ。稲妻か何か、とにかく術の『起こり』を見ても弾くのは無理やろな」
そのあたりの情報だけでも値千金よ。御前がわざわざ『寝ていた』貴様を預けるというから驚いたが、さすがのご慧眼。屏風の力はすべて丸裸にしておくべきと思われたのだろう。ならこの傘こそ適任よ、ちと悔しいがな。
のそりと上体を持ち上げ胡坐をかいたボロ傘は何がおかしいのかへらへら笑っている。思えば御前の命とはいえよく異界になど行けたものだ、そのまま帰ってこれない結末もあっただろうに。守りの技とこのあたりの忠義だけは認めざるおえん。
「おもろかったで、人のくせに付喪に飯食わせてくれんねん」
あのぬるい顔だ、太平の世に生まれ食うに困った事もないのだろうよ。いじましく芋の欠片を分け合うような貧者の慈悲ではなかろう。
用意された物がどれだけ価値を持っていても当人が必要としていないなら欲張ることはない。今日飢えて死ぬような空きっ腹で分け合えて初めて慈悲深いと言えるのだ。それ以外は自己満足よ。
「ねえやんは人に厳しいなぁ」
これでも貴様と違って人を擁護している。あの一族に連なる者共は知らんがな。幸いと言っていいか、屏風からは連中の血筋の臭いはしない。もし怨敵所縁の蛇蝎共なら御前に願い出ても殺しているわ。
「古いモンはこれだからかなわん。何百年前の話やねんな、うっとおしい」
まあよい。よくはないがまあよい。いずれ血族一人残らず根切りにしてやるがそれはまだまだ先の話だ。絶対に滅ぼすがな。
「当面は貴様がついておけ。明日の朝きつねやを引き払う、今後は街中で不埒者に絡まれるとも限らん」
できるだけ着物や履物の樟脳の臭いで胡麻化しているが、獣相手では人間の臭いは消し切れぬ。いかに御前の御威光があろうと他国の下賤な流れ者が狼藉を働くやもしれんし、此のところ枕を高くし始めた国の愚か者にいたっては、己からアレに待ってましたと近づいてくるだろう。
「そりゃええけどやぁ、にいやん思ったよりめんこいし」
何がにいやんだ、鍋に入れたら出汁の出そうな古傘が。寒気がするわ。
あんたの半分も生きてへんわい、そうぬかして投げつけてきた座布団を払う。しかし、そこから追撃もなく思案顔をした古傘が奇妙な事を言い出した。
「あの小便臭い烏はええんか? えらいなついとるで」
とばりの事か。あの馬鹿者が人間に妙に入れ込んでいるのは知っている、だからこそ一度離すつもりだ。あやつももう少し視野が広ければ今より三つは階位が上だろうに、どうも頭が弱いのが困りものよ。
「百年そこらでそれだけ上にいける才か。拾い物やな」
ほぼ術は使えんし参拾あたりで打ち止めであろうがな。戦乱の世であればそれでも取った首で階位も上げられようが、生まれた時期が悪いとしか言えん。
いや良かったというべきか、上に諂うのが下手で下の面倒を過剰に見たがる。あの性根では上からも下からも使われるだけ使われて、役に立たなくなったら打ち捨てられておったろう。
「どっかの誰かさんみたいやなー」
アレほど甘くはないわ、嫌らしい目付きでにじり寄ってくるな。
「ほんで、しくじった先達として人生の先回りか。ババくさ」
久々に稽古に付き合ってもらおう。なに、前とやることは同じよ。我は延々攻める、貴様は延々受ける。流れが止まるか命が止まるまでだ。あの時は邪魔が入ったが、ここは結界に籠ったきつねや。今夜一晩くらいは剣閃を光らせても誰も気付くまいよ。
「ええけど、烏のことは考えたり。あれは離すと余計おかしなんで」
そのおかしくなっているのを鎮めるためだ。生き物の懸想など時が過ぎれば浮世の泡よ、まして人間など先が知れているではないか。壱千の時を変わらず居れる付喪神とは違う。互いに擦り切れていくだけだ。
「そのお節介がババ臭い言うとんの。しくじりも本人だけのもんや、勝手にいけず石どけてさあ通れって、何様のつもりや」
言いたいことは分かる。だが、ここまでこやつが肩入れする理由がよく分からん。会って間もない木っ端天狗と好かんはずの人間、何がそうまで気遣う。意味が分からん。
「これやから金物は。うち見て分からんか?」
誰が金物だ、貴様も竹の芯はそうだろうが錆傘め。
「傘はな、逢引きの小道具やねんで?」
己の半身をクルクル回し、傘は呆気にとられた我を尻目に朝の不平が嘘であったかのような柔い笑みを浮かべた。
ガマズミの花言葉を知っとるか? そう言って笑う逢引きの小道具とやらに、武具の我では何も言う気がおきん。明日は城だというのに頭の痛い話ばかりよ。