石そのものより腎臓が腫れるのが一番痛いらしい
『賊?』と家畜の体を切断しないようキューブを設置してみる。
スマホっぽいものをタップすると設定どおり(デフォルト)赤い半透明のブロックが現れた。ぶっつけ本番、これが初キューブ使用となる。
いや、使えてよかった。もう疑っていなかったとはいえ全て本物とは限らないのだし。
残ったのは切れて垂れる手綱と何も危機感を感じていないらしい家畜。デリケートな種類ではないらしい。
手綱が切れたのはルール解説にあった『間にある物は切断される』というヤツだろう。色はともかくキューブの透明度はもう少しクリアにしたほうがいいかもしれない。この位置だと遠すぎてうっすらとしか内部が確認できない。
足元が切れないよう地面にめり込む形で設置したつもりだが、中に閉じ込めた『賊?』どうなっただろう。
口元をてぬぐいで覆いパーカーのフードを被って紐をガッツリと締める。これで完成、 I am PARKAMAN。
パカっぽいのでPはBでもいい。この手の衣服に付いてるフードを利用したのは初めてだ。それでも顔バレしたくないからしょうがない。
珍しい物体が出現したことに気付いたのか、『賊?』と『村人?』たちの動きが変わってきた。キョロキョロと慌てて周囲を探り出す『賊?』。
その何人かがすぐにこちらを見つけたのが分かった。しきりにこちらを指さしている。
当たり前か、こっちから見えているということはあっちからも見えるということだ。『村人?』のほうは『賊?』の注意が逸れたというのに動きに戸惑いがある。逃げ遅れていた人たちで固まり出した。
すでに発見されたとはいえ集落まではまだまだ距離があるので正直手持無沙汰な感じが否めない。目測で1キロメートルそこらはある。
この距離でも相手がこっちに注目したのはこちらの恰好が変わっているからだろう。ヘンなヤツがいるぞッ。
何人かはキューブに、残りは特に体格の良い男を中心にしてこちらを迎え撃つためか集落の手前に集結を始めている。逃げるという選択肢はないようだ。
こちらも手を出してしまった以上、迂回するタイミングは完全に逃したと思うので素直に集落へ進む。
しかしながら辿り着くまでやっぱり時間がかかる。こっちに走るは気ないし、運動してない人間の徒歩と持久走なんて早さに違いはないだろう。
むしろダバダバと変なフォームで余計に遅くなるまである。というか今さら冷静になって余計なことをしたのではないかと悩んでしまう。
例えば『賊?』と思っている相手は実は『衛兵』的な人たちで、この集落こそ『村人』を装った犯罪組織の集落でした。なんてオチだったら目も当てられない。
家畜だって他の集落から奪ってきたとか、この集落そのものが元の住人を殺して乗っ取られたものでしたとかあるかもしれない。そういう成り立ちの伝承を持った村は実在するわけで。
えー、相手の言葉がわかりません。
距離にして50メートルあたりで体格のいい男が叫んできた。赤黒い染みを付けた槍をこちら向けて何か言っているのだが聞いてたことが無い言語だった。
植物を編んで作ったっぽいサンダルに鋲止めのなめし皮防具、さながらスパルタ兵みたいな恰好の『賊?』の皆さん。しきりにこちらを威嚇している取り巻きも同じような恰好をしている。
装備がお揃いということは軍隊、あるいは軍隊くずれだろうか。
一向にこちらが答えないことに苛立ったのかますます興奮する『賊?』。けれど興奮は一瞬で鎮火した。呆気にとられたという顔に変わる。
最初から前面は囮、注意を引くことを打ち合わせしていたのだろう。左右の家屋の陰から同時に何かしてきたらしい男たちも間抜けな顔をしているのが見えた。
『賊?』が全員持っている槍を持っていないあたり、こいつらたぶん槍を投げてきたな。当の槍は弾かれたのかどこにも転がってない<自動防御>の恩恵だろう。
その場に苦悶、慟哭、悲鳴が次々と上がる。『賊?』が意識を持ち直したと感じたとき、危機感からキューブを設置することを躊躇わなかった。
別に集落までの道筋を何も考えずに歩いてきたわけじゃない。どこまでなら自衛と言い張れるか、どこまでなら拘束と言い張れるか、どこまでならその場で死なない程度か、多少は考えていたのだ。
これがその成果『尿道結石 IN CUBE』。
実際の尿道結石とは違い、文字通り『尿道にキューブが引っかかる』これに耐えられる人がいるだろうか。サイズの大小はさほど関係ない。
ルールとして『キューブは空間に固定される』。体がちょっとでも動けばキューブが尿道を傷つけるのだ。下手に動くと尿道どころか内臓までキューブがインすることになる。
わりと懸念材料だったポケットの中で画面を見ずにスマホっぽいものをタップするもうまくいってよかった。
ところでその場で硬直するというか、せざるを得ない『賊?』をどうするべきか。キューブを消すのは簡単だが、苦悶の中でもこちらを睨みつける輩もチラホラいる。
そもそもひねくれているので懲らしめたら相手が改心するお話なんかは信じていないクチだ。それにまだこちらが悪党側になってしまった可能性もある。
と自重したのは無駄だったかもしれない。
家屋のひとつから絶叫が上がったと思うと、たまたまこの場にいなかったらしい『賊?』のひとりが子供を抱えて大振りの刃物を突き付けて現れた。
続いて転がり出てきた女性は母親だろうか。抵抗したのだろう顔には出来たばかりの痣があった。
『賊?(未鑑定)』から『賊(確定)』へ。少なくとも子供に刃物突きつけるとか、軍だろうが貴族だろうが真っ当な連中ではない。
状況的に、人質取ったぞ妙な真似はするなってところか。ベエベエ泣いてる5才くらいの子供の首に刃物を這わせて危ないったらない。母親らしい女性の声も悲痛なものだ。
こちらには何も義理がないとはいえ、さすがに子供が殺されかねないのは寝覚めが悪い。
大声で威嚇する賊にかまわず大振りなナイフの根元ごとキューブを設置。
ルールの通りキューブのかかった場所が抵抗なく切断される。ナイフを握り込んだ賊の親指と人差し指周りをちょっと巻き込んだがこのさい知ったことではない。
地面に切断されたナイフの刃が落ちるより先にキューブを消し、賊の腕の中に小さなキューブを改めて設置。というか最初からそうすればよかった。
子供にナイフが刺さる危険に頭がいってしまい、腕が動かなければ刺しようがないと思い至らなかった。これは無駄な出費をしてしまった。
足元に転がるナイフの刃と削げた手の一部、そしておびただしい出血にうめきながらそれでも腕をキューブに縫い留められて傷口を抑えるぐらいしかできない最後の賊。尿道結石状態の他の仲間たちとどちらがマシだろうか。
正直なところ、出来る限り精密性に気を付けたとはいえ尿道結石と称して体内に設置したキューブがあっさり内臓を傷つける可能性は否定できない。
一個人として自衛の権利はあっても殺傷しかねない暴力の行使はいかがなものかとの考えが過ってしまう。
もちろん、たとえ過剰防衛でも罰を受ける気はまるでありませんが。
賊の手から離れた子供は地面に手をついたまま変わらず泣いている。思わず一歩子供に近づいたところでものすごい速さで母親と思しき女性が駆け寄り、子供を掻っ攫っていった。
親の走る振動で子供の泣き声が「あ゛あ゛あ゛あ゛」と割れて聞こえることがホームビデオのハプニング動画集のようで不謹慎にも笑いを誘った。
後に残ったのは下手糞なパントマイムをする集団と、その光景を作った薄気味悪い余所者を見るいくつもの目。こちらが視線を向けると怯えるというか、むしろ敵意を感じる。
相当よそ者が嫌いらしい。
そもそも言葉は通じないようだし間違いなく歓迎されていない気配なのでそのまま通り過ぎることにする。いや感謝してくれとは言わないが、ここまで嫌な視線を向けられるとは思わなかったよ。
加えて使用したポイントの合計を暗算してさらに憂鬱になる。本日のポイント使用予定と合わせると
【きつねの隠れ家 一泊 500ポイント(予定)】
【洗濯代 1回 10ポイント(予定)】
【雑費 主にエチケット用品 15ポイント(予定)】
【自動防衛×2 2000ポイント(現在時刻的に就寝前に一回目は切れる)】
【キューブ設置×15 150ポイント】合計2675ポイント也
ああ待て設置したキューブの解除ポイントと例の木戸の呼び出しも差っ引くから、やめよう泣きたくなってきた。
暗算してるなか左右を抜けていくつかの石が後ろから飛んできた。結構な勢いで地面に転がっていく石ころが止まる前に振り返る。背後にはちょうど振り被る姿の『村の男衆?』の姿が見えた。
ああ、そういう仕様か。明らかに命中する軌道の投石が顔の手前で音も無く掻き消える。賊の槍はコレで消えたわけか。
はっきりと投石の瞬間を見たヤツと石を持ったまま呆然とする連中、計7名に尿道結石入ります。もうポイント大赤字だ、かまうものか。
背後から聞こえる新たな悲鳴を勝利BGMに歩みを再開する。さすがにもう石を投げる『村人?』はいなかった。
【キューブ設置×7 70ポイント】修正 合計2745ポイント也
<実績解除 最初の人に面会 1000ポイント>
<実績解除 子供を助けて者 5000ポイント>
<実績解除 石持つ追われる 2000ポイント>