未成年者略取罪、及び未成年者誘拐罪は3ヶ月以上7年以下の懲役。なお幽世では半死半生までボコボコか死刑
戻ってからとばり殿の機嫌が悪い気がする。この子は仏頂面がデフォルトとは言え雰囲気が漏れるタイプだから意外と分かりやすい。今回も手を借りることになってしまったので呆れているのかもしれない。
「屏風、おまえ女子を拐かしてきたのかッ」
戻って早々にもの凄い誤解を受けた。原因は負傷兵のように肩に担いでいる京傘の付喪神ちゃんのせいだろう。
あれからスマホっぽいものがアップデートされている事を深く考えるのは後にしようとして、どうせなら戻る前にちょっとだけ検証しようかと魔が差したのだ。
何せ説明書も何もないのだ、己の命を預けていると言っていい機材だけに出来ることを知りたいと思うのはしょうがないでしょう。
まずろくろちゃんに今朝の木戸の事を聞いてみたがそんなん見てへんな、いつ下界に来たのかも分からへん、との事だった。
幽世で木戸を呼び出すと下界も合わせて、その場の時間が止まるっぽいと分かっている。
ただし屏風が触れているものは動かせるので、時間が流れているなら傘状態のろくろちゃんでも同じ体験をしている可能性がある思っていた。どうも当てが外れたらしい。動かすことが出来ても意識は無いのか?
では人状態ではどうなるのだろう、その程度の軽い疑問から彼女に人へと化けてもらい木戸を呼び出してしまった。
結果は少女意識不明である。灰色で微動だにしないろくろちゃんに触った途端、色が戻ってくたりと崩れ落ちた彼女を抱えて右往左往。タイムカウントに急かされて慌てて木戸を潜ることになった。
とにかくこりゃマズいと朱門までヒイコラ担いで来た屏風覗きの姿に、遠目でも只ならぬ雰囲気を感じてくれたとばり殿が急いで駆けてきてくれた。そして事情を説明しようとしたところで先のセリフである。
すぐ解きたい大変な誤解、でも今はとにかくろくろちゃん。そう思っても息切れしてうまく話せず、グダグダしているうちに彼女が意識を取り戻した。
目を覚ましたのは良かったが、ろくろちゃんは酷い乗り物酔いのような状態になったらしくしばらく受け答えもできない体調。その場に屏風の着物を敷いて寝かせてしばらくの間、とばり殿の疑惑の目が晴れず非常に気マズかった。
「えっらい目に負うたぁ、雨粒以外をびちゃびちゃ零すトコやったわ」
青い顔で胸をさすりながらグッタリしているろくろちゃんをお姫様抱っこで抱え、とばり殿と朱門まで歩いていくうちに彼女から事情説明がされてようやく少女誘拐疑惑が晴れた。
どうも二人は面識が無いらしい。なお姫様抱っこになったのはカッコつけたわけではない、俵運びだとお腹を圧迫して戻しそうだからとこの形になっただけだ。そうでなければこんな左腕のコンディションで負荷腕部全振りの持ち方なんてしない。辛い。
「うち、外出たん久しぶりやからな」
付喪神は物のままで『寝て』いると結構な年数を寝ていられるとの事。会話の雰囲気的にろくろちゃんが先輩で、とばり殿はかなり新参に入るっぽい、休職している間に新人がきたようなものか、なら双方知らないということもあるだろう。
このあたりは妖怪生のタイムスパンの長い妖怪にとっては、あるあるって話なのかもしれない。
「ろくろ殿も体調が戻ったようだ、そろそろ降ろしてやれ」
気遣いの出来る守衛様から遠回しにそろそろセクハラだぞのお達し。こちらも酷使した腕でお姫様抱っこは辛くなってきたのでありがたい。
いや、ちいさい子だし全然軽いんですけどね。傘状態から比べると人型は十数倍はあるみたいで。プルプルの腕では厳しいというか。質量保存の法則とか妖怪は鼻ホジして聞き流せるんでしょうね。
「えー、このままねえやんのとこまで行こ。こんな目に合わされたんやから労わってや」
それを言われると弱い、まさか意識を失うとは思わなかったんです。
ろくろちゃんの記憶は木戸を見る前の段階でバッサリと無いらしい。次の記憶は先ほどの酩酊感からで移動した前後が完全に抜けている。傘状態のとき酔わなかったのと人型で酔う違いは何が影響したのだろう。
残念だが当面検証は中止だ、さすがにこんな状態にさせてしまうのでは何度も検証するのは忍びない。今回は酩酊で済んだだけでもっと酷い事になる可能性もあるのだから。
「やっぱ人とおるとええなあ。大事にしてくれたらまた守ったるで、にいやん」
それについては感謝しております。屏風覗きだけでは矢衾にされて死んでいたか、半死半生で連中の拠点あたりに引き摺られて行ったはずだ。早くポイント乞食を脱して自動防御さんの常連になりたい。なまじ絶大の効果を知っているだけに余計に恋しい。
自分が強くなろうと考えないあたりを怠慢と取るか賢明と取るかは意見が分かれると思う。ただ普通の人間は何十年修行しても、複数の矢を避けたりできないってところを考慮して頂きたい。
「随分仲良くなったようだな、屏風」
なぜか悪寒を感じて首元がゾワっと来たッ。これは風邪を引いたかもしれない、昨日は濡れネズミになったからな。砦の事で立花様との話が長引きそうだけど今日は出来るだけ早めに就寝したいものだ。
泥だらけの状態では部屋に上がるわけにもいかないので、下人(マングース?)というお手伝いの方にたらいで温水を持ってきてもらい手足を洗う。着物も昨夜に着た簡素なものを借り受けた。
ろくろちゃんはぽっくり下駄に泥ひとつないきれいなものだったが、迂闊な屏風覗きの救護のせいで泥がついてしまったので現在その犯人に償わせている。
「あー、えぇなぁー。手入れされてるーって感じやぁ」
きれいな彼女の体を洗わせて貰っております。もちろん艶のある話ではない。傘状態だし、そもそも見た目の年齢的にも色気うんぬんの以前の問題だ。
しかし泥を落とすのは良いとして、繊細な和傘を素人が手入れしていいものなのだろうか。張られた傘の布とか色が抜けたり染みが出来たりしたら大変だろうに。しかしこの手触りなんだろう、紙じゃないし布って感触でもない気がする。
とばり殿はたらいを受け取る前に何かブツブツ言いながら守衛の仕事に戻っていった。原因がストレスなら屏風覗きの可能性が果てしなく高い。早く真妖怪になりたーい。