リンゴ、特に皮に含まれるポリフェノールにはニンニクの臭み成分『アリシン』を抑える効果があります
誤字脱字のご指摘いつもありがとうございます。
カクヨムにも投稿してみました。
煙った空にそれでも見える白い輝きが天辺にきた。これはぼちぼちお昼時、待ってましたの一大イベントお弁当御開帳タイムです。
リアル寄りの白猫の根付は同じ物だが、先日の爆弾おにぎり×3を入れていた品よりサイズが大きいこの巾着。外から判るほど圧倒的に四角い。中身的にもここまで大きいと巾着より風呂敷で包んだほうが収まりがいいのでは。
感触からある程度予想はしているものの、あの方からの頂き物という事実が果てしなく不安を誘う。いつかお米の荒魂が和魂になられる日が待ち遠しい。
「にいやん、コレとかちょうどええやろ」
こちらが座れる程度の石をひとつ調達するうちに、人の姿を取ったろくろちゃんが点在している大きな石をふたつ運んできてくれた。この子もパワーキャラなのか。
「石も降るでな、目方がおんなじでも木とかは無理や。あ、角材はいけんで。あれもたまに事故で降ってくるやん?」
妖怪の謎ルール由来の怪力か。こういう情報もできるだけ多く知っておいたほうがいいだろう。河童の皿の水は零すと力が出なくなる、みたいな話をやってしまってうっかり事故を起こしてしまう可能性もある。力仕事の最中の河童のシャレに突っ込んで頭を叩いたら水が零れて重い荷物に潰された、なんて昔話でありそうなエピソードだし。
一番大きい石をテーブルにして対面に座る形に残りを配置すれば、自然との一体感溢れる食卓の完成。なのだが、ろくろちゃんが椅子用のふたつを横に並べてしまった。
「店とかならともかく、外なら傘は傍に置くもんや」
そう言って片方に座ると傘に戻ってしまった。一緒に食べてもら、もとい食べましょうよ。小さい子が食べてないのに口にできませんて。重量も明らかに昨日より多いし。絶対二人分を想定しているしているはず。お願い。
うちも食べてええんか、そんな意外そうな声を出されたがとりあえず人型になってくれた。
「手ぇかかる子やね」
よく分からないが貴重な戦力を逃す気はない。隣で座るろくろちゃんにふたつある水筒のうち水の入った分を渡して手を洗ってもらう。昨日の事もあってふたつともお茶では手を洗う事態に勿体ないかもと思い、片方は水をお願いしていたのだ。まあひとりだと思っていたのでちょっと量が足りないけど。
これからも彼女が護衛してくれるなら水筒も増やして頂く必要があるな。白雪様も今回みたいに泥だらけになることは想定外だったろう。
濃緑の巾着から姿を見せたのは漆塗りの重箱。金粉で箱一面に逞しく実る稲穂を描いた傑作だ。巾着越しとはいえあんまりガチャガチャ持っていく物じゃないです白雪様。傷ついたらどうするの。
そして開かれた最初の一段、詰め込まれていたのは黒い海苔が引き締める俵むすびの団体さん。いいね、お重と言えば俵型のおむすびがよく似合う。どこか高級というか特別感があるよね。おにぎりというと三角や丸ばかりしか食べてないから余計に憧れがある。
お重の一段目は祝いとかの意味で見栄えのためにおかずが来るのが普通なのだけど、順番なんて作ってくれた事を思えば些細な事だ。意地悪な姑みたいな思考こそ無粋の極み。
二段目がおか、おにぎり(三角)じゃねーかッ。みっちり8個も詰め込んである。えーとつまり三段、やっぱおにぎり(丸)じゃねーかッ。ちょっと待って、俵×15(さすがに小ぶり)に三角と丸が各8個。お重にどんだけ米突っ込んだんですか白雪様ッ。
最後の四段、いや四は縁起が悪いとかで別の呼び方なんだっけ? その縁起の悪い呼び方が相応しいくらい禍々しいんですが。俵、三角、丸と来て次はなんだよ恐えよ。
竹楊枝の刺さったカット林檎だった。もう訳わかんない。
おあがりください、いただきます。そんな給食めいた掛け声で実食開始。
俵おむすびは海苔の内側に辛子味噌を塗った刺激的な味で思いのほかペロリと食べられた。ろくろちゃんは辛いのダメらしく一個目でギブアップ。舌休めに林檎を挟んでおにぎりを頑張ってもらう。
三角むすびの中身は安定のシャケ。余計な手を加えない身と香ばしい皮で勝負のガチンコスタイルのおにぎりだ。ろくろちゃんはこれが一番気に入った模様、時折長い舌を見せてバクバク食べてくれる。
丸むすびの中身はほどよく水気を絞った細切り塩きゅうりと大根の味噌絡め。こちらは俵むすびとは別の甘口味噌でゴマの油分も感じる。さっぱりともこってりとも取れる不思議な味わいだ。
最後のカット林檎はスーパーに並んでいるけど手が出ない感じのお高いフルーツの味がした。何がおいしいって味も匂いもいいが、何より食感がすばらしい。カットしてから時間が経ったはずなのに黒ずみもせずシャクシャクだ。あと体がビタミンを求めていたのか妙に体に染みた気がする。
普段野菜をあまり食べない人が急に野菜がおいしそうに見えるのは、野菜や果物由来の栄養素不足を体が自覚するかららしいね。炭水化物偏重だものなぁ最近。あと旬への疑問は無意味な気がしてきた。謎の妖術で季節問わず育てていますと言われてももう驚かない。
戦績はろくろちゃんが三角おにぎり6、丸おにぎり3、カット林檎を半分こ(全部で5個分はあった)。この子もやはり健啖家だ。残りは全部屏風が受け持った。
さすがに俵おむすびほぼすべてと三角、丸合わせて7個は無理だったので、三角1個と丸3個はおやつにする。密かにおやつでもろくろちゃんの助力を切に期待しております。林檎は全部食った。
歩みを再開する前に使った石をろくろちゃんにお願いして、できるだけ遠くへ投げて捨ててもらう。ここで休憩したという痕跡をなるべく消すためだ。プロの猟師とかレンジャーの目は誤魔化せないかもしれないが、わずかでも情報をかく乱できるならやらない手はないだろう。
その後は特に何かあるでもなく順調に歩みを進めて気が付いたら22キロ、ろくろちゃんが見えたという砦は影も形もない。人間の体格から見える視認距離は4キロそこらなので、もうかなり前から見えていていいのだが。蜃気楼か何かだったのかもしれない。
嘘をついたとは思われたくないのか、ろくろちゃんはしきりにもう一回とねだってきたけど二人一緒は無理。たとえ両手で捕まってもすっぽぬけて墜落死する自信がある。彼女だけ飛んで見てもらうという提案は証明にならないからと却下された。ただ幻と違って蜃気楼ならどこかに元になる現物があるのは間違いない。
順当に考えれば蜃気楼の下あたりに実物があると思われる。このタイプの蜃気楼は上空に現れるので地平線を大きく超えて見えることがある。正対の蜃気楼が非常にレアケースであることを考えなければろくろちゃんが見た砦の説明もつくだろう。
220ポイント稼いだところで切り上げることにした。雲のせいでどうにも日の沈みを十分に感じられないが、ろくろちゃんの体感でぼちぼち夕暮れだと教えてくれた。コツは朝昼夕夜の湿気の違いを感じることらしい。たしかに朝と夕方の湿度は体感的にさわやかさが違う気はする、気のせいレベルで。
今回も切り良く下一桁がゼロで、しかも木戸分の20ポイントを引けばキッチリ200ポイントという非常にさっぱりした数字になった。100ポイントは最低分として持っていてよいとの事なので、おそらくは残りの100から3割の30ポイントが取り分となる。
ただ貯まった後で過去に遡って再清算の可能性もあることだけは憂慮しておくべきだろう。
借ポイントを分割払いするのはやめておいたほうが良さそう、今回もギリギリだった。無利子という好意に甘えることになるが、足りないポイント分リスクを負う戦法を取らざるを得ないこの状態を脱して早く安定させたい。
それでは木戸を呼び出そう、と思ってふと疑問が浮かんだ。
初めてきつねの隠れ宿から下界に戻ったとき、木戸は呼び出すまでもなく出現していなかったか? 色々あり過ぎて記憶の彼方に追いやっていた違和感がようやく形になった。
昨日もキューブを使うための画面が最初から表示されていたことで驚いたばかりだ。このスマホっぽいものはショートカットなんて気の利いた機能は無く、いちいち画面を手繰っていかないと使いたい項目にいけない仕様だったはず。
徐々にアップデートされている? 誰が? 何のために?
得体が知れない事への漠然とした気持ち悪さ。身近に妖怪がいるこの状態より薄気味悪い気配を感じてひとり、ろくろちゃんに声を掛けられるまで指を動かすことができなかった。