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地図で使う武器

目の前にはとばり殿とひなわ嬢のちょうど間くらいの年齢と背格好の女の子。先ほどまであった傘が無く、その子が腕をヒラリと振るたび見覚えのあるガマズミ柄の半透明の傘が現れる。


 舞で袖を振るように鋭い矢を危なげなく弾いていくあたりはとても人の技とは思えない。この子が『京和傘?』の正体か。いや、傘が正体で人型のほうが化けてるほうか。ややこしい。


「いきなりめんどくさいことになっとるな、困ったもんやね」


 目下の『京和傘?』嬢によって攻撃が防がれているものの、襲撃者は潤沢な矢玉を持ってきているらしく四方八方からいまだに矢が飛んでくる。投げ槍のほうは初撃で打ち止めっぽい。


 へし折れて転がっている槍の作りを見る限り、昨日の連中の関係者と見て間違いないだろう。そして困ったことに相手の姿がまるで見えない。放たれた矢は途中からいきなり見えるのだが軌道上の発射地点に誰もいないのだ。これはアレか、ステルスってやつか。世界観おかしくないか。


 慌てているこちらと違って『京和傘?』嬢は特に困る風でもなく単純作業的に矢を弾いていく。いい加減あきらめてくれればいいものを、飛んでくる矢の量が変わらない。一度に放たれるのは6発ってところだ。視界外については弾かれて転がった矢での判断なので不確定。


 ただ、飛んできた矢の先の草が不自然に凹んで揺れたのはチラッと見えた。おそらく一射毎に細かく移動している。


 これもしかして適当に当たりをつけて攻撃されないためか? 昨日の今日でキューブ対策してきたってことかよ、どういう情報網だ。

 たしかにポイント不足でキューブを消せていないし、現場を見ればある程度攻撃手段の推測はできるだろう。仲間が戻ってこないなら探しにもいくだろう。しかし、こんなに早く対応できるものなのか。そもそも何なんだこいつら、一人相手に大袈裟すぎるだろ。


「なぁにいやん、(らち)あかんでこれ」


 まだ一撃も通ってないとはいえ攻撃され続けるのは精神的にストレスがかかる。人は攻撃する抵抗感より反撃できない我慢のほうがより重くストレスになる生き物だ。

 昔読んだ古い漫画で、抜かない剣こそ平和の証なんだと詠ったキャラクターはどちらの戦闘機漫画の出身だったか。傭兵じゃないほうだっけ? 人生何周してもあんな境地には至れそうもない。


「なぁ、うち傘やから受けるだけしかできんよ」


 心細いような声を聴いて現実逃避気味の頭がバチリと戻ってくる、今日も朱門を守る世話焼きのあの子に中庭で顔を掴まれた時のように。

 過去の漫画名セリフ集を思い出している場合ではない。そもそもこんなにボケッとしていられたのはこの子が守ってくれているからだ、屏風(こんなヤツ)ひとりならともかく、手助けしてくれる誰かが泣くような現実は許されない。


 現状の戦力は計184ポイント。


 (内訳、昨日の残り45ポイント-木戸呼び出し20ポイント+白ノ国貸付100ポイント+現踏破分59ポイント=184ポイント)


 後先考えなければ最大で18個のキューブを設置できる。一瞬多く感じたが、相手の姿は見えず規模もどんな形で展開しているかも分からない。ひとりでも討ち漏らせばこっちのフィジカルでは敵わないことを考えると決して楽観できる状況ではない。


 ひとつ3×3メートルの最大規模で18個出したとして、中心の己の周りを空白にすれば4×4個の全方位をカバーしつつ二個を自由設置できる余裕がある。ただし一辺の長さは4個×3メートルで12メートル。25mプールの半分の面積さえカバーできない。


 相手が弓を使っていることを考えると射程が明らかに心もとなく、かといって中心から離して展開したら内側に無傷の敵が入ってしまう危険がある。すでに包囲されている状況が悩ましい。一方だけなら縦に9×2とか6×3とか叩き込めるのだが。戦闘SLG系でこういうシステムあったな、こいつらは行儀よくこっちのターンなど待ってくれないけど。


 ああ、マス目とか贅沢は言わない、俯瞰(ふかん)視点で視点で見れれば草の沈みや影も分かりやすいのに。


「にいやんひとりくらいなら掴まれても、ちょろっと高く浮かぶくらいはできんで」


 飛べる妖怪がいるのを思いだしてダメ元で聞いたらこの返事。掴むじゃなく掴まれるってところがミソだ、どうも傘の姿にならなければ飛べないらしい。こっちの握力が持つか不安だ。しかし現状思いつくものが他にない、あとはタイミングだ。

 この作戦は防御を無くしてしまう。段取りを間違えると飛ぶ前に矢衾(やぶすま)にされるし、空に上がったときもお構いなしで射られるかもしれない。呆気にとられてくれればいいが。


「なら褒めてんか、褒めて褒めて」


 覚悟を決めてお願いしたところでそんな妙な事を言われて困惑。この子が空を飛ぶためには、手順として気分をアゲアゲにしなければいけないらしい。嘘か本当か判らないものの、昔話あたりでは術の行使にとんちきな取り決めがあったりするエピソードがままある。


 有名な話だと、名前を呼ぶ声に応えるとひょうたんに吸い込まれてしまうやつとかは聞いたことがある人も多いだろう。


 OK、それで助かるならいくらでもヨイショしようじゃないか。幸いこの子は傘型でも人型でも相当かわいい部類だ。とばり殿といいひなわ嬢といい立花様といい、白玉御前様の周りは見た目も良い人材が多い。

 あのお方実はかなり面食いなのかもしれない。白雪様はまだ立ち位置が判らないってことにして保留保留。あと頭巾の猫ちゃんたちは問答無用でかわいい。犬とか猫とかはブサイクでもかわいいのはなぜなんだろう。


 きれい、かわいい、良い仕事、イイ女、こんな素敵な傘見たことない。ありきたりな褒め言葉しか浮かばない語彙力よ。素人が聞いたら意味不明なボディビルダーの掛け声まで昇華するのは無理だし嫌だが、さすがにもう少し頑張りたい。


 それでもクネクネする程度にはアガってくれたようだ。おそらく自分からノッてくれたんだろう。こういうノリの良い子って愛されるよね。


「ほんならいくでー、そぉーれ浮かれ傘ぁーッ」


 彼女の細い腰にしがみつくのを合図に、スポーンという言葉がふさわしい垂直上昇で傘が空に昇る。滑らかな感触は傘の握りそのもの。子供の華奢な腰も着物の感触もまるで錯覚だったというように無機物の手触りになった。


 しかしそんなことを考察する余裕は今は無い、この勢いでよくしがみつけていられたものだ。屏風(コレ)のひ弱な握力ではすっぽ抜けて、ひとりその場に取り残されてもおかしくなかった。


 そして上昇速度が緩み切った最後にパンッ、と傘が開いて一瞬の無重力。次の瞬間には天空杯、握力限界耐久レース開幕である。


 高い高い高い恐い恐い恐いッ、冗談じゃねえぞ30メートルはあるんじゃないのかッ、ちょっとした雑居ビルよりよっぽど高いッ。ここから片手になってスマホつぽいもの操作するとか作戦考えたやつバカじゃねえの!? 体操選手じゃねえわ大道芸人じゃねえわスタントマンじゃねえわ握力もつかコンチクショウッ。


「あんま長いとこ浮かんでられへんでー」


 分かってるよッ、すでに滑空してるしむしろ落下速度が遅いのが恨めしいくらいだ。一向に地面が近づかない、そのほうが作戦的に助かってるのに恐くて早く降りたい気分でいっぱいだわッ。


 それでも見えたぞ、草にかかる影の形はな。いい加減ふざけんなコノヤロウッ!!


 指がおかしくなるほど覚悟と握力を総動員して片手になり片っ端からキューブを設置。途端、草色と土色の一帯に赤いモノが飛び散ったのが見えた。その光景に喜びも悲しみも罪悪感も感じない。

 今はとにかく下に降りたいという気持ちと、指の感覚が鈍くなって手汗で滑り始めた恐怖が理解できる全てだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 気持ちが上がれば身体も浮かぶのか。 傘とは思えない機能だなw
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