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普通の和傘の重量は番傘タイプで700グラム前後

 本日の天気はタバコの煙のような薄曇り。雨が上がっても昨日の天気が泥土という形でしっかり地面に残っている。


 体も筋肉痛という偽れない現実に蝕まれているのが辛い、主に腕と肩と首まわり。足はわりと平気。下駄履きの遠出とか未知の領域だったけどなんとかなるものだ。


 下駄の尾を挟んでいる足の親指と人差し指の間とか、足袋を履いていても擦れて皮が剥けるかと思ってた。


 時刻はだいたい朝の6時手前。定時会社ならかなり早朝出勤だけど、これでもまだ幽世基準だとのんびりしてるほうだ。

 日が昇る頃にはだいたいの人は飯を食ってるか働いてるらしい。その分、夜も早いのでつり合いは取れているんだろうけど妖怪のアイデンティティとしてはどうなんだ。


 と、思ってみたがよくよく考えると昼夜問わない妖怪も沢山いるわ。夜に出る恐い存在の幽霊あたりと脳内イメージの混同があるのかもしれない。


 まあ幽霊で昼に出るのは『本当にヤバイ』ヤツらしいけど。




「本日もしかとお役目を果たしてこい」


 ウッス。手には武骨な八角棒に黒い数珠、足にはやたら歯の長い一本下駄で身長をかさ増しした山伏ルックのちっちゃい子こと、とばり殿に見送られてきつねやを出立する。


 自分の仕事があるだろうに色々世話を焼いてくれるこの子のおかげで精神的にも完全に吹っ切れた。


 就職二日目にして借金状態な屏風覗きは一日でも早くきれいな体に戻り、お世話になった妖怪()におみやげのひとつも買える大人になりたい。


「今日は早く帰ってこいよ、毎回は助けてやらんぞ」


 ウッス。昨日は大変ご迷惑をおかけしました、洗濯物までお任せしてしまって。次は自分で出します。


 顔も青あざはさすがに残ったけど手当のおかげで腫れはすっかり引いたし、痛みもほとんどない。

 顔に青タンなんて久々に作ったよ、平和って貴重なんだと実感した。痛い思いをしてまで刺激を求める人生とか性格の根本的に無理ですラブアンドピース。


「飯は持ったな、水は? 傘は借り物なのだから壊すなよ」


 ウッス。今日は残さないで食べましょうねー、とか震えが来るほど良い笑顔のネコミミに念を押されましたから。飲み物忘れてもこれだけは忘れない。


 御前の持ち物だそこをよく弁えろ、とか震えが来るほど真顔で仰ったポニテ侍様に念を押されましたから。精神壊してもこれだけは壊さない。


 今日は二つの意味で荷物が重い、主に弁当。巾着越しの感触なんか固いし四角いし、重量が古風な傘といい勝負って何が入ってるの。


「とにかく身に危険を感じたらさっさと戻ってこい。いや、お役目は大事だが一日二日で成果を出そうと欲張らず、まず足元を固めてだな。おまえはひ弱なのだから分相応にやれることを」


 そろそろ木戸出していい?




 という心温まる見送りを受けてやってきました屏風(コレ)のトラウマ生産世界。大変失礼な物言いをするが、どうやらとばり殿はおかん体質らしい。


 いや兄貴体質か。おかんと対になるなら呼称はオヤジ体質だけどこの呼び方はなんか嫌。 外道ガーとか戦争ジャーとか叫ぶほうでも嫌。世間はオタク趣味よりあっちを規制すべきだと思う。


 空気にぬるい厚み、湿気を感じながら昨日と同じく街道に沿って野原側を歩き始める。


 道よりマシとはいえこちらも泥がひどい。下駄で踏むたびベッチョ、抜くたびグッチョと水田一歩手前みたいな音がする。それなのに思ったより抵抗を感じないのが不思議だ。


 今朝借り受けたこの下駄は昨日とはまた別の品になっている。飴のように上品な艶のあるいかにもお高そうな黒漆で塗られた逸品だ。しかし古風な二本歯下駄に泥土を寄せ付けない最先端機能とか搭載されているはずもない。


 それなのに春のロシアの湿地帯の如きぬかるみを物ともしないぞ、なんだこの履物?


 おかげで傘という手荷物も思ったより苦ではない。思ったよりというだけでそこそこ重いけどさ、もしかして芯に鉄とか入ってる? 


 護身用に鉄傘とかオモシロ武器枠を渡されても素人が使えるわけないんですけど。でも武器にしては優雅で上品だし、実用するには美術品すぎる。考え過ぎだろうか。


 立花様が御前様から借り受けたという緋色の雅な京和傘。白抜き模様は御前様がお好きらしい、小さな赤い実をいくつも成らせるガマズミという植物だ。馴染み深いほど見たことがあったけど名前は知らなかったな。


 なんでそんなの借りるの、やっすいのでいいんですけど。という言葉を失礼にならないよう歪曲的に訴えたものの御前の好意だから黙って借りろと切り捨てられた。


 どうも立花様的にもこれはアカンと一度お諫めしてくれたらしい。しかし、御前様が仰るには身を守る意味でコレは相応、なので持たせろとの事。


 身を守るというのは雨風から守るという意味とは違うのだろうか。たしかに格の高い品物や特定の意匠を持つ品を身に着けさせることで『偉い人、もしくはその関係者』と示して手を出すなアピールをする自衛法は無いことはない。


 だが下界で白玉御前様の威光が通じるかどうか。そのへん判らないお方ではないはずなんだげど、どうなんだろう。


 そして既に肩に担いだり脇に挟んだり少し持て余し気味。雨が降らなきゃ無用の長物だし今の状態で手持ち2キロは地味に重い。


 和傘ってこんなに重いもんなのか、このうえ現代人はもう片方の手でスマホも使うしなあ。どのみち煩わしさは軽量のビニール傘でも同じか。



 脇からまた肩に担ぎ直そうとしたとき、突然バンッと突風でも受けたようにものすごい勢いで傘が開いた。


 思わず硬直した屏風覗きの周りを持ち手を内側に狂ったベーコマの如くギュンギュン回っていく。そして硬質音を立てて次々と草と泥の地面に転がったのは傘に叩き折られた矢と槍。


「にいやん危ないから座っとき」


 聞き慣れない声と共に、カラカラと回る傘がふわりと肩に乗った。


 唐笠お化け。妖怪画で傘に目玉ひとつと舌を出す大きな口、持ち手が下駄を履いた足として描かれた傘のお化けは有名処だろう。


 その一方明確な逸話を持たないため、読者側に想像させる余地のある妖怪画の賑やかし的なキャラクターでもある。


「もうええかな、降ろしてや」


 瞬き前に肩にかかっていたのは確かに傘の持ち手だった。見た目も感触も竹のソレだったのだが、いつのまにやら舞妓さんが履くようなぽっくり下駄をぶら下げた白い足が二本、肩車状態になっていた。頭には着物の端らしき布まで乗っている。


「にいやんボンヤリせんと。お客はん来よるで」


 屈んで降ろした相手でまず見えたのは白褌(しろふんどし)しめた尻である。すぐ緋色の着物で隠れたが明らかに丈が短く、夏に出没するミニ浴衣っぽい恰好だ。


 背中には家紋のように大きなガマズミ模様。筆の毛を上に折り曲げたように後ろ髪が纏められている。現代でもそこそこ見る髪型だけど、こういうのなんて言うのだろう。


「手ぇかかる子やね」


 擦るようなシャッ、シャッ、という音がしたかと思うと、両手を舞わせた『京和傘?』の前に再び複数の矢がカンカンという高い音を立てて転がっていく。


 その体と腕の間に羽のようにマントのように、透けた傘が広がって矢を弾き返していくのが見えた。


「うち受けるのは得意やねん」


 風に乗って遊び、くるくる舞う姿は子供そのもの。一つ目でも大きな口でもなく一本足でもない。ただ挑発するように出した赤い舌はお化けらしくニョロリと長かった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ごく自然に着物の那珂を覗く屏風……。 どれだけの罪を重ねれば気がすむんだ……。
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