舞妓さんがクラスアップしたのが芸妓。なおきつねたちが舞妓でシェパードのほうが芸歴が上の師匠です
今回は黒頭巾の猫(茶と白のぶち)ちゃんに連れられて部屋に戻ってきた。毎回猫に案内されるとか、愛好家の人に聞かれたら悶死レベルで妬まれそう。いや厳密には猫だけじゃないしそも妖怪なんですけど。直立二足歩行だし、尻尾の揺れるお尻プリプリだし、かわいい。
座布団に腰を下ろそうとしたところで味噌を塗りたくった野菜を持ったとばり殿が入ってきた。臭ッ、なんか臭ッ、何それ。ヤマニンニク? ああ、行者ニンニクか。珍しい、実物は初めて見た。
あの、食べろと言われても生は辛いというか辛いんですが。それに行者ニンニクの臭いは並のニンニクの比じゃなくて三日は抜け、辛いッ。シャキシャキして辛辛いッ。
「夕飯の前に風呂に入れ。くさ、百は数えて漬物石の如く浸かっておけよ。臭っ」
ヒドクナイ!?
問答無用のパワーで後ろからグイグイ押されて風呂に行く。下駄を脱ぐとこの子は本当にちいさいな、手が背中に届かないからか腰あたりを押される。まあもしこの力で背中を押されたらその場で、残酷な子供にバックブリーカーかけられたダンゴムシみたいに体が圧し折れかねないけどね。
二人で歩いていると心が落ち着くのか、これまで見えていなかったきつねやの細部も目に入ってくる。
磨き上げられた滑らかな廊下に並ぶ透かし絵の入った行灯、そこに自らの火を使って灯していくふわふわ浮かぶ提灯。何段も重ねた膳を片前足で器用に運んでいく二足歩行のイタチ。
廊下を満たすような丈の派手な着物の一団は舞妓さんだろうか、しゅっとした顔つきのきつねたちの中に、なぜか圧の強い犬種シェパードも一頭混じっていた。もちろん残らず直立したガチケモである。また何かお祝いでもあるのだろう。ただオレはやるぜオレがやるぜ、って鼻息荒い顔は舞妓さんとしてどうなんだシェパード。
「どこを見ている助平が、新米が芸妓に懸想するなど百年早いわ。いくらかかると思っている」
ガチケモに反応とか、そこまでレベル高くないです。たしかに首元とかモコモコなのに妙な色気があるなあと思ったけど。痛い痛い、抓らないで。
廊下の途中でふと血生臭い臭いをかいで足を止めそうになる。とばり殿が一層強く押してきたので止まりはしなかったが、何匹かのガチケモたちが廊下に幾つもの桶を並べて床に壁に天井に、まるで大掃除の勢いで雑巾をかけていた。
こちらに気付いた一匹に接客業らしい模範的なお辞儀をされ、きれいに片付いた道を譲られたのでこちらも深めに会釈して横を通り過ぎる。
気付かれる前に手長様は遊びで散らかされるからうんぬん、足長様のようにきれいに食べて頂きたいわね、かんぬん愚痴が聞こえていたのは『そういうこと』なんだろうか。下手したら『片付け』られていたのは、いけない考えるな正気度が減る。
案内されたお風呂はやはり稲穂の湯。下でもいいのよ? とチラチラしてみたがダメだった。下のほうは主に従業員や下っ端用で客の入るものじゃないそうな。それを言ったら今の屏風覗きは昨日と違って御前様にお仕えすることになった新米の下っ端なのだから、むしろ一番下に行くべきでは?
「まだ言うかこの助平、そんなに女の裸が見たいか」
いやいやいや、ほとんどが女性従業員とか分かりませんて。見た目ほぼケモいし。そんな犯罪者を見る目で見ないでほしい。
なお屏風覗きの入浴場がここに落ち着いた理由は、きつねやで一番利用が少ない湯舟だからなんだそうな。稲穂は上下のちょうど中間のためか格の高い方は中間より上を使いたがり、下の者は遠慮して中間より下に行った結果っぽい。
他にも稲穂という名前に何か由来があるそうだがとばり殿は詳しく知らないと言っていた。霊験あらたかとか説明されても温泉の由来とかだいたいでしか覚えないよね、温泉は入れて気持ち良ければいいのだ。
脱衣所前まで来ると入室前の段階で借りていた着物を脱がされた。ナンデ? そのまま着替えを持ってきてやると言って去っていくとばり殿に唖然とする。脱衣所があるのにその前で褌姿にされるとか新しい。
もしかして脱衣所の時点で身分的な話が適応されるのだろうか、とばり殿の身分では入れないとか。特例とはいえ下っ端が入浴できるほうが異例なのかもしれない。あと履いてるサムライパンツどうしよう、これだけ脱衣所の籠に入れておけばいいのか? 回収しに来た従業員の方がなぜ赤フンだけ籠にあるんだと混乱しそうだ。
そう言えば風呂ついでに思い至ったことで、住まいが具体的にどうなるか聞かされていなかったな。御前様がきつねやを引き払ったら屏風覗きもついていくことになるわけで、この贅沢が当たり前と思わないほうがいいだろう。
江戸時代、大抵のお城仕えは現代の会社通いと同じく外から通勤していたらしいし、下町の長屋暮らしとかになるのだろうか。ならもちろん内風呂なんてあるわけがない。
となると湯があるとしたら銭湯通いか。他には昔は水路を使って湯舟ごとお湯を運ぶ現代の介護サービスみたいな風呂屋もあったらしいね。いや、沸かす設備を船に搭載して水路の水を汲んで温めるんだっけ? うろ覚えだわ。
どのみちやたらきれい好きの江戸町民は安いこともあってほぼ毎日風呂に入っていたらしいけど、さすがに公衆浴場で高級宿泊施設と同じランクは無理だろう。今後はイモ洗い状態で気が休まらない入浴になりそうだ。
「びょーぶさまー、これなんですかー?」
前回と同じく貸し切り状態の風呂を満喫してゆるゆる状態で戻ってきたのに、何故か梅昆布茶香る部屋で正座することになってしまった。
お尻の向こうで垂れた真っ白の尻尾を神経質にユラユラさせる白雪様の手には濡れた巾着とそこから出された最後の笹玉。今朝方に手渡してくれた爆弾おにぎりの残り物が突き出されている。コワイ。あととばり殿の退避が静かに速かった。さっきまで後ろにいたのに空気を乱すことなく影も形も無い。
立花様の手前さすがに詳細は伏せ、食べられる状況でなかったことだけ真摯に白状すると揺れていた尻尾は収まってくれた。話が通じる方でよかった。世の中会話にならない攻撃的な相手とか、会話してるのに要求に応じる言葉以外聞こえないらしい連中とかはどうしようもないもの。
「事情は分かりましたーくさッ、お茶漬けにして全部食べましょうねー臭っさッ。ちょっと屏風様ー、握り飯食べないで何食べたんですかー、ホントに臭いー」
食べますので鼻を覆って臭い臭い連呼しないで頂きたい。女の子に言われるとわりと真剣に傷つきます。
それでもちょっと楽しい、もしかしたらそれ込みのニンニクだったのか。その気遣いに、感謝。