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白ノ国の打ち身用軟膏(民間品)成分『ツワブキの葉の汁と、おっとこれは記せない材料』

「おまえ体が冷え切っているではないか」


 こちらを担いだまま風呂に行こうとしたとばり殿に待ったをかけて解放してもらったはいいのだが、今度は顔についた痣を見咎められて以前足の治療に行った部屋に直行することになった。


 茣蓙(ござ)の敷かれた板間に座らされたのち、対面に座ったとばり殿の小さな手で右左と顔をグリグリ調べられる。見た限り顔の青タンも消えて手の包帯も取れたみたいで良かった。まあ骨折ってそんな早く治るもんかとも思わなくもない。余所者に使わなかっただけで現代医療を超えるスゴイ治療手段があるのかもしれないな。


「その、なんだ、屏風よ」


 こちらが右手を見ていたのに気付いたのか、とばり殿の耳の血行がやたら良くなった。その後モゴモゴと礼を言われて思わずほっこりしてしまう。ただ頭を掴んだままなので照れ隠しにキリキリ首を捻るのは勘弁して。相変わらずこの手のどこに人ひとり担ぐパワーがあるのか分からない。


 筋力は単純に筋繊維の量に比例する、細身でも力のある人は内筋量に優れているだけで、太マッチョも細マッチョも繊維一本の力に違いは無い。目の前で診察してくれている小学生のような容姿の子でも、やはりこのへんは妖怪なんだなあ。



「前からの打撃、やや下から上に鼻を掠めて左頬をこう、擦っていった感じか」


 イジメられたのを隠したい的な恥ずかしさを感じ、つい転んだと言いそうになったのをバッサリと遮ぎられ、転んだ傷ではないなと言葉を被せられてしまった。ヤダこの子鋭い。あと顔を手で固定して目を覗きこまないで、なんか悪い事したみたいな気分になるから。


 この辺の話はまず立花様に報告して、他に話してもOKと許可を頂いてからということで、ひとつ。そんな不満そうな顔されても雇用された側として立てるスジがあるんですわ。


「鼻は折れていない、打ち身の膏薬を塗っておけば明日には腫れも引くだろう」


 治療までしてくれているのに申し訳ないけど、最終的には理解してくれた。その後は貝殻の中に詰まった刺激臭のある軟膏を淡々と塗りたくられ、さらに濡れた服を引っ手繰られて患者さんが着てそうな簡素な衣服を貸してもらえた。


「ちと時間を使い過ぎた、風呂は置いて報告を先にするしかない。風邪など引くなよ」


 この素っ気ない言葉から溢れる気遣いの洪水よ。あと守衛の仕事は大丈夫なんでしょうかね。屏風覗きの世話を焼いたせいでお役目が疎かになったと叱られたら申し訳ない。


「おまえが『戻ったら』連れてくるよう言われている、つまりこれもお役目の内だ」


 ああ、先に入浴や治療をすることで門限がより曖昧になるようカモフラージュも兼ねてるのか。ただ、どちらか片方ぐらいが立花様の(オコ)リミットだと読み切っているんだろう。このへんは付き合いの長い人の判断に任せるべきだ。軟膏の面積が妙に多いのも処置に時間を取られたアピールかもしれない。色々考えてもらえてありがたい限り。薬が目に染みるぜ。




 お目通りは拝謁の間で行われた。ただ今回は白玉御前様の姿は無く、ここには上座に座する立花様と屏風覗きのみ。とばり殿はここに案内したあと立花様から下がるよう言いつけられ部屋に入ることなく戻っていった。


「話は分かった。まず、その『きうぶ』とやらの口外を禁ずる。我以外には誰にも話すな」


 今日起きたことをなるべく客観的に報告したつもりだ。そこから立花様の指摘で事の発端らしい先の集落の出来事に遡り、この結末から成り行きではなく特定された個人として狙われている可能性が高いだろうと言われてしまった。やっぱりか、バイアスの無い第三者に指摘されると重いなあ。


 『キューブ』に関しては貴様の奥の手として詳細は秘匿せよとのお達し。これは下界の話ではなく幽世での話だ。すでにレースで見せてはいるが性能はまだ推測の域を出ないだろうから黙っている価値はある。もちろん立花様には教えることになった。


 一瞬、内容を一部誤魔化して伝えようかと考えたがやめておく。部屋全体を掌握するような強者の気配を垂れ流すこの女侍に、屏風覗き如きの嘘や誤魔化しが通じるとは思えない。


 刃を隠すのは何も後ろ暗い欺瞞ばかりではない。誠意を持った言葉の中にこそ仕込める、信頼という暗器もあるだろう。使わなくて済むならそれに越したことは無いけど。


「約定ゆえ今回のぽいんとは徴収するが、それとは別に貴様が身を守るために百ポイントを無利子で貸し付けてよいと御前より申し付かっている」


 それと次回から屏風覗き側の総額ポイントが100を下回る場合は自衛用としてそのまま持っておくように言われた。うーん、良心にチクチクくる。色々して頂いているのに内心で猜疑心バリバリの小物はとっても恩知らずな生き物です。


 決済内訳。


 本日の総踏破距離23キロ=換算230ポイント。

 

 キューブ使用分、差し引き80ポイント。230-80=残150ポイント。


 残150ポイントより白ノ国の徴収分差し引き105ポイント(7割)。150-105=45ポイント。


 屏風覗きの最終的な取り分、45ポイント也。とてもしょっぱい。


 明日は編み笠より傘を持っていけ、用意させる。立花様はそう言って手を払い屏風覗きに退室を促した。ものすごく解り辛いのだけど、もしかしたらこの方なりに気遣ってくれたのかもしれない。


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― 新着の感想 ―
[一言] キューブの真骨頂は初見殺しだから、バレてると普通に対策練られちゃうだろうね。 パッと思い付くのでも意識外からの狙撃とかかな? 立花さんくらいになると初見でも避けて切り殺してきそうだけど。
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