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幅跳び世界記録は1991年度大会8メートル95センチ。とばり選手、今回の記録は二十間(36メートル36センチ)でした。

<きつねや YES/NO 拝借20ポイント>


 止まない雨の中を進み続けてしばらく、ぼちぼち空が雨雲以上に暗くなったので下一桁がゼロになったところを見計らい幽世に戻ってきた。これで明日もどれだけ進んだか分かりやすいだろう。


 数字一桁くらい覚えられないのかとか言わないでほしい。毎日脳内キャパをできるだけニュートラルに頭を空っぽにしてやっていきたいのだ。一種のリセット癖かもしれない。


 スブ濡れで散々だったものの雨のおかげでちよっとした検証ができたのは収穫だ。止まった世界で雨が降っていた場合、それに触るとどうなるか。という実験結果が分かったというだけなんだけどね。


 物体の時間が完全に止まっていたら何をしようと変化しないし動くこともない。それこそ重機で引っ張っろうが横で核爆発が起ころうが1ミリも動かせないだろう。


 なら無数の雨粒が空間を占拠した状態で時間が止まったらどうなるのか?


 屏風(コレ)がいくら動けようと雨粒という型に填められて身動きが取れなくなるはずだ。


 もっと言えば空気中のチリ、いや空気そのものが固定されるはずなのだ。空気を構成する成分だって立派な物体なのだから。


 結論、屏風(コレ)に触れているものは動く余地がある。触れている間は流れ落ちて離れると途端に静止する雨粒が分かり易かった。『動く』がどこまで適応されるのかで思わぬ利用法があるかもしれない。


 

 偶然か連動しているのか分からないが雨は幽世にもガッツリ降っていた。一帯を竹林に囲まれる分、日が落ちた時に感じる湿気や竹の葉で跳ね返った雨の粒子がムワッと広げる植物のにおいが強い。時期によっては濃い霧が出そうだ。


 このスマホっぽいものには時計機能が無いので夕日を目安に戻るのは危ないかもしれない。日が落ちる前にきつねやの門を潜らなければ約定破りとして立花様よりその場で処刑するとのお達しを受けているからな。


 遅刻で処刑とか非常に厳しく思えるが、まあこの世界では妥当なのだろう。


 日本に限らずこのへんの融通は現代より昔の偉い人のほうがずっと効かなかったのも事実だ。


 個々の事情なんて知ったことじゃない、約束を破られるのはつまるところナメられたという事。つけ入る隙があると公言されたも同然なのだ。そりゃ周りの目もあるし厳しくなるだろう。


 権力は上の椅子ほど少なく失うものは多くなる、無駄に争わないためにも権力者はナメられてはいけないのだ。


 時代劇でよくあるお上の寛大なご処置とか、現実であっても本当に例外中の例外だったんじゃないかな。当時に生きてたわけじゃないから知らんけど。


 偉い学者さんがあらゆる文献漁ってあーだこーだ推察しようと、当時の本当の空気は後世の誰にも分からない。同じ日本人でも生まれが100年違ったら互いにエイリアンレベルで思考に齟齬が出るんじゃないだろうか。


 それに言葉とか、幽世で話した(妖怪)たちに訛りらしい訛りが無いのはなぜだろう。


 昔の訛りはそれこそ東西で通訳がいるほど言葉が通じなくて当たり前なドキツイものだったとか聞いた気がするんだけど。まあ場合によるか、現実と連動してるかも分からないんだから。


 玉砂利の敷かれた石灯籠の間を進み、何度か目の曲がり角を通るとやっときつねやの朱門が見えてきた。


『液晶画面?』に『きつねや』表示もあったし、見覚えのある石灯籠と竹林が見えた時から心配していなかったとはいえ、隠れ宿でなくともこうして幽世に戻れたことに安堵する。


 そして木戸を潜ってからずっと歩きスマホっぽいものしていたけど終始ポイントが入らなかったな。やはりこっちは踏破対象外か。いや、レートがさらに渋い可能性もあるしもう何回か検証し


「屏風!! 急げこの阿保ッ! もう日が沈むぞ!!」


 ダンッ、というちょうど踏んでいた石畳に響いた衝撃と焦った声ですぐに誰が近くに着地したのか分かった。

 衝撃元を見ると一本足の下駄を履いている山伏ルックのちっちゃい子こと、とばり殿が幅跳び姿勢から跳ねるように立ち上がったところだった。さして時間も経っていないのに顔を見るのが久しぶりに感じる。


「呆けるなッ、ああもう、世話の焼ける!」


 初めてきつねやに来た時のように問答無用で担がれてロケットスタート。前より速いかもしれない超高速に乗ったところで跳躍、門のギリギリ手前に投石器めいた軌道で着弾した。


 とばり殿が持ち方に気遣ってくれなかったら手足が地面に当たったり、持たれている腰回りを怪我したかもしれない。そして急いで礼をして門に飛び込む。


「はぁいッ!! はいはいっ、間に合いました、間に合いましたなあ!! うははっ!」


 突然予想だにしないやたら大きい声が張り上げられて驚いたが、音源は門の後ろに寄りかかっていたひなわ嬢か。拡声器並みにデカい声を張り上げていい加減な調子でパチパチと手を叩いていた。


「いやあ危なかったですなあ、これはもう庭で斬首が起きるかとヒヤヒヤしましたよ。知り合いの首が物言わず板に乗ってるっていうのは気味の良いもんじゃありませんからねえ。さすがのあたいもそこまでは見たくありゃしませんし、こういうときは宮仕えってのは難儀ですな。見せしめは嫌でも見なきゃいけない。明日は我が身ってもんですから怖気が走りますわ。そういや切腹と斬首はどう違うんですかねえ、二度痛いだけじゃねえのってあたいなんかは思うんですよ。それに介錯するったって怨恨やら見せしめやら事情もありますからねえ。中には最後までやらされるかわいそうな御仁もいたんじゃねえかなって。知ってますかい? 切腹の正しい作法ってのは」


「ひなわ」


 おおっと、そうおどけて振り向きもしないとばり殿の低い声を受け流すと、ひなわ嬢はテクテク音を立てそうな陽気な足取りで去っていった。


 去り際になぜか額を指でつつかれて困惑。ゴミでも付いていたかな。 あの子の何がどうと具体的には説明できないのだけど、ちょっと違和感があって気にかかる。


「屏風、後でとっくりと話がある」


 とっくりという言葉に粘っこい語感を感じた。微妙に危険信号が鳴っている気がするのは気のせいだと思いたい。


 それはともかく予想よりずっと日没が早かった。これを読み違えたせいでとばり殿に手間をかけてしまったことを謝っておく。やはり天気模様に左右されるのはマズいな。


「かまわん、別に心配などしていなかった。これは手を貸せるから貸しただけだ。それと」


 とばり殿は何か踏ん切りがつかないのか言葉を切るとうんうん唸ったあと、観念したようにひなわに礼を言っておけ、と素っ気なく言った。


 日没間際だというのに一向に現れない屏風覗きに気を揉んでいたとき、ふらりと現れたひなわ嬢の発案で、もしも『ギリギリ間に合っていない』場合はああして騒いで『ギリギリ間に合った』空気にする手筈だったという。


 たしかに世間はとかく声の大きい人の主張に流されがちなもので、とりあえず誰かがセーフじゃね? と言い出すと損得が絡まない限りどちらでもかまわない的な対応になるものだ。幽世の妖怪たちもそんな感じなのだろうか。


「正直なところ間に合ったかどうかわからん。誰にも言うなよ、ここで忘れろ」


 なんというかありがとう。不謹慎な話だけどすごく気持ちが楽になった気がする。

 『助けてくれる他人がいる』というのは、案外世の中で一番不思議な事かもしれない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 力押しで草w 見られてたら終わりだからヤケクソな感じだったろうなw
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