白ノ国では年中草餅も食べられます。ヨモギもありますが昔ながらのゴギョウが人気です(観光紹介風)
キューブの下の隙間を屈んで這い出る。トドメに思ったより時間をかけてしまったこともあり、あちこちの肉塊から吹き出ていた血は収まっていてキューブから垂れ落ちていた液体はもう無い。通るとき泥とはまた違う違う粘りが下駄に纏わりついて、酷く歩き難かった。
ひとつ、ふたつと、視界に入る『下のほう』を数えてみる。ある程度の数を見ると面倒になって正確に数えなくなるタイプなので、具体的にどれだけいたのか実は分からなかったのだ。
『上下揃っている1人』と併せて16人、馬体も16だ。馬の皆に関しては本当に申し訳ないと思う。食べるわけでもないのに殺生するなど自然界のルールに反する行いだ。巻き込むような方法しか取れなかったことは謝るしかない。
辺りに立ち込める撒き散らされた内容物の臭いに思わず口元を抑えようとして、ブルブルするだけでうまく持ち上がらない腕と、その筋肉がパンパンに張っていることに気付く。
荒事慣れしていない人がケンカするとやり過ぎて、慣れている乱暴者より却って大怪我させるという話は殴る側にも言えることらしい。
どれだけやれば殺せるか判らないから、それはもう何度も何度も石を振り上げては叩きつけてしまった。途中から兜の存在を思い出して剥ぎ取ったときも、執拗な打撲で膨れ上がった頭に兜が引っかかって取り難いことに苛立ちながら、無理やり剥いでさらに石を投げ落とした。
どうしようもない小心者がようやく石を放したのは、頭蓋に弾かれて転がるたびに拾っていた石がついに頭部にできたヘコみへ『留まった』のを見てから。そこから我に返り己の速い呼吸と激流のような心音を感じた後になる。
無意識に揺れて倒れそうになる体をかき抱いて、うまくついてこない足を擦るように動かす。歩かなければならない。
地面だけを見ていち、に、いち、に。発作的に蹲って丸まりたくなる気持ちも足が動いているうちは耐えられる。単純作業の惰性は決して悪いことだけではない、こんなとき何も考えないで進んでいける。
風が吹きつけるたび所々でポツポツと来ていた雨粒がいよいよ雨そのものになってきた。空は黒く厚かましい雨雲一色でこれは通り雨とは思えない。
そのまま豪雨になった。横風があるせいで編み笠なんて何の意味も無いくらい顔がビチャビチャだ。せっかくの外套も顔から首に水が垂れては仕事にならない。胸元まですぐに濡れてしまう。時折口に入る雨水は汗のせいか少ししょっぱかった。
これからどうすればいいのだろう。殺してしまった、から殺したになってしまった。創作の主人公たちは殺人をしようと何か理由をつければケロッとしている連中が圧倒的だが、屏風は生憎モブでしかない。それもサブ原画が描くようなモブキャラでさえなく、背景の書き割りに描いてあるような背景モブなのだ。
ああ、書き割りだけに割り切れたらよかったんだけどな。なんてうまくもないくだらないことを思いつく程度にはアッサリ持ち直してきた。主人公でなくとも人でなしなんだからわりと平気平気。
そうそう、そういうことにしよう。
徳や罪禍を積んで行かされる世界が本当にあるのなら、割り振られるそのときまで待っていればいい。どうせ拒否権なんてありゃしないんだ。
歩き続けること88ポイント。残6ポイント差し引いて8キロと200メートルを歩んだあたりで小雨になってきた。街道はもうグチャグチャでだいぶ前からすぐ横の野原を歩いている。草と根があるぶんこっちのほうがぬかるみがまだ少ない。
下駄の汚れを草へ擦り付けるように一歩一歩を踏みにじって歩いていく。
ふと幽世にいる知り合いの事がなぜか無性に頭に思い浮かんで、腰に吊った雨グッショリ巾着から笹玉を取り出して歩きながら剥いた。しかたないとはいえ食べ物を粗末にしたら怒られそうだからな。今頃あの子はもう治療を受けられただろうか。
固いほうを下に入れたので取り出せたのは例のぶよぶよしたほうだ。まあ今なら変化球でも驚かないし、何を口に入れてもかまわない。戻さないことだけ気を付ければいい。
出てきたのは特大の草餅だった。濃い緑の物体が顔を出したときは何ぞコレと思ったよ。なんだ、餅なんかに怯えていたのか。そりゃぶよぶよするよ、いい感じに柔らかいもの。ああ、甘くておいしいな。本当に涙が出そうなほどおいしい。
食えば人は気力が湧く。何かにつけて腹いっぱい食べさせようとするあの子たちは間違っていない。よく考えてみたらあの子たちなんて表現はよろしくないか、たぶん屏風より年上だろう。ぬるい人生しか送ってこなかった未熟者だけにどうも印象が見た目に引っ張られてしまう。
しかしなあ、だからと言って気になるからと年齢を聞いてもよいものか。ヒューマン視点としては100歳超えたらもう誤差だし。江戸でも大正でも激動を乗り越えた気合入りまくりの超シルバー世代にしか思えない。
やめとこう、本気で殴られそうだし本気で盛られそうだ。頭と腹が炸裂してしまう。
ドス黒い空の元でドス黒い人間が悪びれずに歩み続ける。生きるのに善も悪も関係ない、世界なんてこんなもんだ。