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ありがたくも出立際に持たされたお弁当と竹の水筒を野原の手頃な石の上に置いてひとり、パンパンと手とか合わせてみる。
ソフトボールほどの大きさの笹玉の塊をトライアングル状に三つ並べてみると、なんとなくご利益がありそうなオブジェに見えるのはたぶんひとつあたりがデカいからだ。妖しい占い師が手をかざしてウニャウニャやる水晶玉にも見えなくもない。
おかしい、ベールを被った白ネコミミが見える。
街道わきの野っぱらでひとり、なんでこんな謎儀式をしているのかというと神様へのご挨拶である。というか、あの方はたぶん猫の化身じゃなくお米の神様的な一柱に違いない。
おお神よ、無力な人の子のお昼に爆弾おにぎり×3玉とか、どうしてこのように荒ぶられるのか。お静まりくださいお静まりください、お弁当の重量感じゃないんですよ白雪様さあ。
感謝と懇願という二重の意味でお祈りしたあとは覚悟を決めて立ち向かう時間だ。人は人事を尽くして天の気まぐれに立ち向かう生き物なのだから。たとえ三個のうち小振りなひとつの手触りが『ぶよぶよ?』していたからって恐れてはいけない。よし最後に開けよう。
包装紙替わりの笹を外していくと黒一色。まずひとつめ、海苔で固められた『THE・爆弾おにぎり)』な威容が露になる。笹はお皿代わりになるから便利だな、コンビニのビニール包装ではこうはいかない。
というかあれは何度食ってもうまく破けない、世にも恐ろしい呪いがかかっていると思う。特に三角形型はどうしても海苔が半端に千切れるんだもの。
切った竹を年単位で乾かして緑からどっしりた黄色になった竹水筒のひとつを一口あおる。中身は深く煮出した麦茶だった。爽やかさはないが疲れて乾いた口内の粘りをリセットしてくれる薬湯のようで、これはこれでおいしい。
この水筒は素人目にも良い品で、同じく竹を削って作られた栓が本体に紐で括られていて無くさないよう気が配られている。使う側としてはこういう気遣いが地味に嬉しい。USBのキャップとかも無くしがちなので、もっぱらスライド型使ってましたわ。
そして片手に感じる重さが間違いなく人生最大重量のおにぎりを頂きます。砲丸かな?
よくある料理番組や食レポの話だが、美味しいおにぎりの極意はお寿司と同じ理論が使われていると言っていた。すなわち米の間に空気を含むほどよい隙間があることが大事らしい。口に入れたときその隙間からごはんが解けて、ふんわりとした食感と鼻に抜ける風味をより良く感じさせてくれるのだとか言っていた。
崩れ易くて食いにくいのはこのせいか、毎回かじったおにぎりのごはんが海苔と一緒に捲れ上がって零れるんだよとモヤモヤしたものだ。
あ、ふんわり派に真っ向から敵対しているガチ握りだわコレ。パクッじゃなくてガブッて言ったわ、なんなんだこの米密度。
中身は味噌ピー。最初の一口から具に当たったのはうれしい、中華まんとか総菜パンとか最初の一口で具に達しないと微妙にテンション下がるからさ。うれしいけど幽世の世界観がまた分からなくなったよ。具無しの塩握りか、入ってても鮭かおかか、梅干あたりだと思ってた。
味噌ピーというか落花生の栽培って日本じゃいつ頃の話だったっけ。江戸あたりには無かった気がする。
それはともかく、蜂蜜とみりんの甘さに味噌の優しく包むような塩気が米に合ってしかたない。ピーナッツのふくよかな油分が甘と辛を優しく取り持っているからこその味だ。
あと何気に歯ごたえって大事だよね、ウッキーとか言ってた頃の原始の欲求なのか多少はボリボリいってくれないとイマイチ食べた気がしないから。
一個目でもう大満足。なのにまだ石の祭壇に強敵たちが腕組してタッグで立ち塞がっている。これはダメだ、二正面作戦は戦略的にも戦術的にもよろしくない。ここは時間差をつけて片方ずつ相対すべきだ。片っぽは三時のおやつにしようそうしよう。
仕事帰りにホットスナック買って食うみたいなもんだ、何も問題はない。
となると、考えるべきは今どちらと戦うかだ。先鋒の味噌ピーと同じ体格の右の玉にすべきか。あるいはふたつよりやや小さく『ぶよぶよ?』した感触の左の玉にすべきか。不安材料は初期に片付けるのが最良と判っているのに悩ましい。
だって『BUYOBUYO』だぞ。英語で『CHEWY(訳:噛み切れねえ)』だぞ? コレ本当に『おにぎり(未鑑定)』で合ってますかねお米の王女様?
ふと冷たい雨の匂いを含んだ強い風が吹いたのに釣られて周りを見回す。混ざり始めのカフェオレみたいだった灰マーブルな空模様がにわかに黒くなっていた。さすがにこれは降りそうだ。
そしてはるか遠方に動く粒粒にも気が付く。集落方向から何かの集団が泥土を巻き上げてこちらに動いてきていた。
昼だというのに雲厚い黒天もあってよく見えない。視界の開けたこの環境でも静止していたらおそらく気付かなかっただろう。動いているからまだ背景との色の変化でなんとか認識できた。なんだありゃ。
周囲に対比させる物体が無いので街道の幅からおおよそを換算すると、一粒がだいたい馬くらいの大きさだ。それが横に等間隔で四粒、それが何列か後ろに続いている。
いや、それより前に一粒だけはるかに先行している。なんか棒状の物が色々突き出ている後ろの連中より目立たない感じで気付かなかった。こいつはまだ見える、馬っぽい生き物に厳つい感じの人が乗っている。
うわぁ、厄介事の予感。通り過ぎるだけとかないかな。無いか。お弁当と一緒に頂いた白猫の根付のついた巾着に残りの飯を回収して石に腰掛ける。袖から出したスマホっぽい物は設定するまでもなくキューブ操作の項目になっていた。
もしかして、ちょっとアップデートしてる? それは後で考えるとして時間が無い、現在の戦力を確認しよう。
やっぱり馬だ。集落の家畜と違ってまんまガタイの良い茶色毛の西洋馬がブルブル言ってる。鐙に足をかけて鞍に跨るのは軽装の鎧っぽいものを着た細身のオッサン付きだ。面当ての無い兜も被っていてまさにベテランの斥候役の兵士って感じ。
通り過ぎてくれなかったよ。
うーんやはり言葉は分からない。この人の耳が悪いんじゃないかと心配になるくらい大きい声で怒鳴ってくるし余計聞き取れない。低温雑音だらけのハウリングみたいだ。加えて手には片手分の握りしかない剣を持ち、座っているこちらに突きつけている。
現代の感覚だととても職質程度には思えない。戦中のサーベル持った横柄な警官とかこんな感じだったんじゃないかな。
そして後続も続々と到着する。馬体と共に前後左右、あっという間に取り囲まれた。
装備は一人目に近いが剣の他に槍や弓を持っていて防具も部位が多く堅そうだ。スパルタチックな革のペラペラした腰鎧と植物を編み上げたサンダル装備なのは、前に遭遇した賊と同じ技術系譜だからと思われる。
ここで曲がりなりにも法治国家出身の市民が取れる選択肢は三つくらい。今後の人生に影響する決断になりそうだ。
選択1.『興味を無くすまでほっとく』
無理。こんな大人数で囲んでおいてハイサヨナラは無いだろう。現に馬を降りた数人のひとりがこれ見よがしに縄と、首+手首ワンセットで繋ぐっぽい板とか持ち出したもの。ほかの連中も周りを取り囲みだした。捕縛したい模様。
選択2.『逃げる』
無理。これは考えるまでもない。ここは平野で相手は大人数、馬や弓まで持っている。プロアスリートのマラソン選手でも逃げ切れないだろう。
緊急避難として幽世に逃げる手もあるが、こいつらたぶん木戸仕様地点をウロウロした蹄跡の追跡者だ。ここで巻いても何度でも追ってくると思われる。むしろ今逃げ切ったら次は不意打ちを計画されるだけだ。それでスマホっぽい物を奪われたらアウト、もう何もできなくなる。
選択3.『説得』
かなり無理筋。言葉が通じなくても例えば何人かキューブで拘束すれば追われないかもしれない、この場だけはな。後の展開は2と同じだ。
こんなヘタレを強者と同じ立ち位置で物言うのもおこがましいが、古来強者は戦より暗殺に倒れるものだ。悪知恵の働く人間の不意打ち騙し討ちは達人の必殺よりずっと多く鋭く根気強いのだから。
どれを選んでも破滅しか見えない。非暴力の教えを訴える偉人や、たとえ殺されても手を出さないご立派な御仁たちは今からすることを批難するだろうか。あなた方が守りたい相手との対話を、命の価値と尊さを、平和を謳う讃美歌を、どうか自己の自由と生存本能で踏みにじらせてほしい。
立ちもしないこちらに苛立ったのか、最初のひとりが怒鳴りながら振りかぶった足が顔に当たる、こちらは座っているのだからさぞ蹴り易かっただろう。
そしてあたり一面がわずかな湯気と赤に包まれた。
常温動物の血はとても熱い、それこそ冬ともなれば外気差ではっきり湯気が出るほどだ。体に熱を配るために温まった体液だものな、それはそうだろう。
顔に当たって逸れて、足がキューブの中を跳ね返ってボトリと落ちた。もし全体重が乗っていたら失神どころか首が折れていたかもしれない。足だけの重量で口の中が切れて鼻血も出たよ、何を踏んづけたか分からないサンダルで顔を蹴りやがって。
バカみたいに黙って待っていたわけじゃない。できるだけ一発で、1個3メートルの面積を最大限に生かしたかった。だから逃がさないように周りを囲んでもらうのが一番だったんだよ。
合計7つの赤いキューブの中は見通せない。たぶん透明だったら胴体輪切りになった人と馬を拝めるだろう。外には血しぶきを上げて、それがキューブに当たって押されたようにクタリと倒れた半身が転がっていく。
どちらもまだヒクヒク、ビクビクと動いている。唯一、蹴りつけてきたおっさんだけは右足と左腕を巻き込まれただけで済んでいた。自分を中心にした分だけ小さく作ったからな。
空気循環の無いキューブの中に長居はできない。わずかに残った16ポイントから10ポイント使って自分だけは解除しておく。
ここは今、周りをキューブに囲まれた逃げ場のない闘技場。対戦カードは『片手片足を失った兵士?』VS『無能なザコ妖怪』だ。そちらのアピールタイムは存分にして頂いて結構。
手足の苦痛に見舞われてそれどころじゃないのか、身を捩って苦しんでいるのでこちらも勝手にやらせて頂く。ああ、これこれ。素人が使うならこんな所だろう。両手でなんとか持てる程度の石ころ。
都合9度、念を入れてさらに兜を剥いで2度ほど手間をかけた。ヘルメットって大事なんだな。