初出勤。業務内容『歩くだけの簡単なお仕事』
初めてお気に入り機能を使ってみました。お気に入りで嗜好がバレるけど、むしろなぜ使わなかったと小一時間
朝から勝手にひと悶着してしまった感。ともかく立花様に話を通せたので後は御前様のリアクション待ちになる。これでダメと言われたもう手も足も出ない、医療関係のカタログが買えれば治療の手助けが出来るのに。出来るよな、使い物にならない商品ばっかりとかないよね?
「また滅茶苦茶をされましたな、屏風殿」
廊下で待っていた金糸白頭巾の猫に先導されて部屋へと戻るとき、イケボキャットがこちらを見ずに呆れた口調でそんなことを言ってきた。自覚はあるので苛めないでほしい。
勝手な想像だが、現在の白玉御前の周りは湯治のための臨時編成みたいな状態なんだと思う。本来は組織入りたての下っ端なんて、御前どころか立花様にも簡単に目通りなんて出来ないのではないだろうか。経緯が特殊なのとポイントという強みがあるからまだ話を聞いてくれるってだけだ。それもきつねやを出て本来の組織形態に戻ったら終わりになるんじゃないかと予想する。
とばり殿ともほぼ接点は無くなるだろう。同じ職場ならまだしも屏風覗きはお伽衆というフィールドワークとデスク仕事で、とばり殿は警備的な仕事だ。たまに挨拶するくらいに落ち着くことだろう。少し寂しいが仕方ない、せめて体調を整える一助をしてお礼に代えさせてもらいます。
「しかし、嫌いではありませぬ」
ありがとう猫ちゃん、フフッと笑う背中もセリフもイケメン過ぎる。
これだけやらかしても飯が出てくるのはありがたいやら申し訳ないやら。見るたび若干身構えたくなる襖を開けるとふわりと味噌汁の香り。戻ってきた部屋には既に朝食の準備が整えられていた。
本日の朝餉はにぼしの香る具沢山の味噌汁、甘く焼いた鮭の切り身、黒々としたテカりの昆布巻き、細く切った大葉と人参ときゅうりの和え物、だし巻き玉子、少量だけど熱々のナスの味噌炒め。なお、白雪様はおられないが本日も白米充填率は300パーセントです。
今回の大将首は鮭。塩味か強いと思いきや醤油は風味程度、漬け置きでみりんが使われているようでむしろ甘口。ごはんが進む系の甘じょっばさ。そう、こいつが裏切り者だ。出会え出会えッ。食レポで言う米がいくらでも入るなんてお世辞だからなチクショウ。
味噌汁の具は大根、白菜、人参、しめじ、刻みネギ。出汁取りのにぼしがポイントなのは分かるけど、良い所の味噌汁ってなんでこんなに汁がおいしいんだろう。
どれもおいしいけど気になったのは食材の人参、これってたぶん西洋ニンジン。日本に入ってきたのは江戸の後期あたりじゃなかったっけ。じわじわ幽世の時代背景が見えてきたかもしれい。
ひとり静かに食事を終えると黒頭巾の猫たちが次々現れてチャッチャと器が片付けられていった。イケ猫氏もそうだが他の猫たちも御前の部下なんだろうか。誰がきつねやの従業員で誰が御前についてきた部下か判別できない。
そういえば顔を洗うのを忘れていたので残されたままだったタライで顔を洗う。水面に映る顔を見て、今更ながらにまた随分失礼な姿で立花様に会ってしまったものだと思った。服とか襦袢しか着てなかったわ。
歯茎に荒塩の辛い歯磨きが終わる頃に立花様よりお呼び出し。特に連絡とかしてる様子はないのにイケ猫氏は淡々と段取りをしてくれる。服に関してはさすがに自分で着た。実はとばり殿に手伝って貰わなくてもすむように、すでに何度か練習していたのだ。
「皺があります。一度解いてやり直しなさいませ」
ウッス。
思いがけず白玉御前ご本人もいらっしゃる場でプレゼンとなったが、幸い立花様も怒りを収めてくれたようでプレッシャーを受けず何とかなったと思う。まず最初に見せ金的にポイントの譲渡をする際、とりあえず木戸の分だけ除き二人分として980ポイントお渡しした。もし足りないなら不足分は『外界?』で稼いだとき、改めてこちらの取り分からお渡しいたします。という厚かましい前借りさせてアピールも添えて。
「願いを聞き届ける、との事だ。御前の慈悲に感謝するように。そして本日を貴様の出立の日とする。ここを出たら疾く下界へと向かえ」
取り決めは簡潔に
1.譲渡するポイントは3:7。もちろん屏風覗きの取り分が3。誤魔化したらコロス。
2.しばらくは毎日清算。信用が出てきたら手間を省くため週1、いずれは月1清算へ。信用裏切ったらコロス。
3.帰還は日暮れ厳守。それまでに戻らなかったら裏切ったと見なされる。裏切り者はコロス。
4.約定を守る限り衣食住は保証。ただし贅沢したいならポイント稼げ、でないとコロス。
二言目には切腹させたがるどっかの壬生浪士みたいな話になった。それと一番の懸念材料だった帰りについては心配いらぬと言われて終了。たぶん御前の持つポイント機能かスゴイ術かで何とかするっぽい。
初仕事のこの日は生憎の曇り空。少し風があり空遠くには灰色雲が走っているのが見て取れる。体感6月くらいだし、ぼちぼち寝起きの台風がシーズンを見据えてアップを始めているのかもしれない。廊下を忙しなく行き来するガチケモたちを尻目に、きつねやの門前まで送ってくれた白金キャット氏にお礼を言って朱門をくぐる。
振り返ると天を突くきつねやの威容は門の外側からはやはり見えず、白と灰の混じった空が広がるばかり。門の中ではまだイケ猫氏が静かに尻尾を揺らしてこちらを見送ってくれている。
ギシリ、空の灰色より暗いグレーが世界を包んだ。