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別視点。とばりは信じたかった1

誤字脱字の指摘ありがとうございます。投稿前に何度確認しても出てきて辛い

 幽世でも名うての湯源を持つきつねやの浴場は大小合わせて九つという規模を誇る。とばりが利用できるのはある程度の身分を持つ者が使う中規模の湯場がふたつ。もしくは下働きたちが芋洗い状態でひしめき合う大浴場になる。とばりがよく使うのは中規模のひとつである『椿の湯』。

 とかく後が(つか)えて忙しない大浴場『髭の湯』より、手狭でもゆるりと浸かれるこの風呂を好んでいる。しかし、今日のとばりは中規模のもう一方であり普段は使わない『牡丹の湯』に来ていた。


 よかった、いないか。元より出会ってしまえば確定と考えていたのでこれは僥倖。今日はこのまま入浴して部屋で待ち構えたほうがいいだろう。疲れて戻ってくる他の同僚たちには悪いが、できれば外で恥をさらしたくはないのが本音だ。


 良くも悪くも風呂の先客たちはそれぞれお役目を頂く者たち。何も言わずとも事情を酌んで外には口を噤んでくれるだろうが、おそらく内には話が千里を走ってしまう。内密と言われていることが漏れるのは、えてしてこういう気が緩んだ場面からだ。

 

 まずは磨き上げられた洗い場でじっくりとかけ湯を始める。腹立たしくも人間はせっかちな入浴をカラスの行水などと称するらしい。全くもって度し難い無知だ。羽を持つ者は己の油分で羽の潤いを適度に保つ必要がある。その油の皮膜こそ雨風を凌ぐ守りをくれると知っている鳥たちは油分を落とし過ぎないよう気を使っているだけだというのに。


 周囲に断りを入れて普段通りするりと右足から湯につけ、思わず引っ込めたあと観念して胸元まで恐る恐るに浸かった。牡丹は他のふたつの湯と比べ少々熱い。それが悪いわけではないのだが、とばりとしては椿の湯のようなもう少し温めが好みだ。屏風のやつも足の傷はだいぶ良くなっているし、今夜あたりはぬるめの湯にでも浸かるだろうか。


 そういえば屏風は存外きれい好きだったな。


 やれ歯を磨きたい、やれ顔を洗いたいと、とばりが勧めるより早く要求してきた。男子おのこという生き物はとかく身の回りが疎かで不潔なのだと、同僚から何かにつけ話に聞いていたので意外だった。まあ近場に(タダ)で使える湯場があるのだ、男子であっても使わないほうがどうかしている。あるいは屏風は変わり者で、それでも使わないのが普通の男子なのだろうか。


 狩りをするなら獣に悟られぬためそれも間違いではないのであろうが、想像するだけで目に染みる類の臭いがしそうだ。


 出たら風呂の案内、と考えて思い直す。今宵はもうお役御免を言い渡されていた。元より守衛役としては丸一日暇を貰っていて、せいぜい屏風の面倒を見てやるくらいの暇な一日であった。その世話の残りも今宵はお傍衆筆頭『みるく』様に代わって頂けるという。つまり後は厄事をひとつ片づければ寝るだけ。


 屏風のやつ、みるく様に無礼な事をしないだろうか。性根の悪いやつではないものの、どうにもやる事なす事危なっかしい。早速目上に口応えするわ、いらぬお節介でとばりの庇い立てをするわ。何とも生意気で困ったものだ。挙句にひとりで空回って立花様に笑われているのだから始末に負えない。


 それが誰のための空回りであったか知っているから、実に始末に負えないのだ。阿保め。


 身を精一杯正して立花様に立ち向かう大馬鹿者の事を思い出し、思わずトプリと湯船に顔まで潜った。行儀が悪いと分かっているし、それで何か解決するわけでもないとはいえ、誰かに今の顔を見られたくない。


 湯の中で存分に頭を振って気持ちを散らしてから浮上する。熱めの湯はかき乱すとさらに熱い。いつもより火勢の強い湯に入っているせいか、顔がいやに熱くなって困る。


 体を存分に火照らせて入浴を終えた先客たちが、こちらに軽く挨拶をしてひとりふたりと出ていくのをぼんやりと見送る。風呂は良いが毛の皮の無い人の体はとかく汗をかくのが面倒だ。そんなことを言っているのはたしか犬の化生たちだったか。


 人の姿を取れる化生の多くは本性とは別に、各々身の上の許す形で好きなように身を清める。貧しいものは文字通り行水のように冷水で体を拭うだろうし、湯を沸かせる恵まれた者は湯で拭うだろう。他国の大衆の多くがその程度の中、毎日当たり前のように湯浴びが出来る白ノ国の民草は特別恵まれている果報者である。


 きつねやの湯は濁りの薄い白い湯。飲めば腹痛に効き、浸かれば肌が若返り美しくなると言われている。少し身を冷まそうと熱い湯の中から手を抜くと、湯気と共にお湯が己の細い腕を伝い滴り落ちた。


 前に伸ばした腕の(わらべ)らしい細さと短さに、ひとり小さなため息をつく。

 どれだけ時が経とうと鍛え抜こうと、とばりの矮躯(わいく)はおそらく終生このままであろうから。


 人化呪法。

 とばりのような妖怪になりたての野良カラスは天狗の山に連れてこられたとき、問答無用でこの呪いをかけられる。理由はひとえに労働力。文字通りの人の手をすぐさま得るためらしい。常時困窮する修羅の国で右も左も判らぬ若輩が姿を変える時など、お堂でふんぞり返るだけの連中は悠長に待っていられんということだろう。世は皮肉なもので、そのおかげでとばりは術が下手でも人になれるとも言える。感謝など微塵もしたくないが。


 『魂魄(たま)写し』という外法に分類されるこの呪いは死者に纏わる忌まわしい呪術だ。それ自体は現世の死者の姿をかけられた者へと写し取るだけだが、かけられた者は解呪せぬ限り二度と己で別人の姿を取れなくなる。当人が術の才を持とうとそれっきりだ。そして写す死者の姿は術者もかけられる者も選べない。

 老婆、醜女、手足の無い者に変えられた者もいた。その苦悩はとても他人が語れるものではない。特に解呪の方法が術者の殺傷であり、相手は山を牛耳る大天狗たちというのは何の冗談なのか。近年筆頭だけは失脚とは聞いたので、ぜひとも処刑や暗殺に怯えてほしい。


 湯と汗の伝う顔をペタペタを触り何とも形容し難い気分になる。とばりの写しは正真正銘大当たりの部類だろう、年の頃に不満を持つのは贅沢が過ぎる。あの惨状を見てきた者として単なる矮躯を嘆くなど、それだけは口にしないと山に縛られていた頃から誓っていた。


 そろそろ上がろう、小さい体はすぐ温まる。そう思って腰を上げたとき、貧相な体を隠しもしない闖入者が湯気を切ってズカズカ歩んできた。


「ひなわ、おまえは」


 ここは誰もが寸鉄帯びぬと考える風呂場。仮に何かあったとしても徒手空拳での対処を余儀なくされる古来より危険な時間。ろくな術も使えぬ、とばりが最も弱くなる場所。残念だ、ひなわ。

 同じ部屋に寝泊まりする以上、いずれかち合う同室に対してコソコソ逃げ隠れした事。そのくせ普段は使わぬ牡丹へ入浴に来た己を探すようにこちらに来た事。


 風呂(ここ)を会う場に選ぶ時点でおまえの罪過を確信した。本当に残念だ、薄汚い(むじな)がッ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ●REC 冗談はさておいて、人化呪法が思ったより人でなしの術だった。妖怪なだけに。 化けらされた姿によっては従属を強制されかねないな。
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