謎の光と謎の湯気の出番はありません
いろいろ不自由だった今年のGW。ウザ成分激強めのダークエルフプリーストの新刊読んで笑ってました、以上
「そういえばですねー。小耳に挟んだお話でー」
食事がてら白雪様から聞かせて戴いた話に、御前様が逗留を終えてそろそろきつねやを引き払うというものがあった。居城である白猫城に戻るのだと言う。
大変遺憾ながら、真っ白い頭髪から覗く猫の耳をこちらに向けてピコピコさせるのはあざとくてもかわいいと思います。モコモコの髪に隠れて見えない人の耳はどうなってるんでしょうか。
本日の夕餉はなぜかイカ尽くし。白い和紙に乗せられたイカの天ぷら、透き通ったイカそうめん、刻み生姜の入ったイカの煮物。
ここまでは良い。小鉢に赤黒いイカの塩辛があるのも嫌いじゃないからこれもまあ良い。なんか海鮮臭のスゴイお吸い物も、たぶん味は良いだろうからひとまず良い。
ただね、もち米をたっぷり詰めたイカ飯があるのに、なぜ白飯もガッツリあるのでしょう。炭水化物を被せないでください。いつもの3杯分が気持ち2.1杯くらいでぬか喜びしたわ。
「ごはんいっぱいありますからねー」
もちろん負い目のある当方にたいして、こちらに後ろめたさを感じさせない菩薩顔を浮かべる白雪様目掛けて文句など言えるわけもない。今晩だけは黙って白米を食べる、なんかそういう生物になるしかないのだ。
今回もサイドメニュー、イカの煮物が勝利。天ぷら氏はまったく悪くないのだが、もっぱらつゆで食べる意識低い系の人間として塩の天ぷらより俄然煮物がおいしかった。弾力があるのに歯を入れるとプチリと切れる茹で加減の秀逸さよ。
汁にイカのわたを入れているのか味密度というか、一口の満足感が濃ゆい。この濃さにクドさを感じる前に刻み生姜が口の中の弛みをきれいに片していく、その確かな仕事ぶりに唸らざるおえない。
「初めてお代わりしてくれましたねー。うれしいですー」
こっちは苦しいですー。最近は確実に胃を拡張されている感覚が分かる。これは本格的に踏破ウォーキングをこなさないとデブるってレベルじゃないぞ。痛風、糖尿、動脈硬化とか成人病になるかもしれない。
でわでわーまた明日ーと、後片付けもそこそこに上機嫌で退室していった白雪様と入れ違いで白頭巾の猫たちの訪問を受けた。ありがたいことに今日で包帯は取れるらしい。
拝謁のときに同席した金糸の入った白頭巾のイケメンボイス猫からのお墨付きだ。ただし今日のところは入浴を短くされますようにと注意も受けた。どうもこの猫たちは医者的な役割を持つ子たちと思われる。なるほど、だから白頭巾なのか。
やたらイケボな金糸白頭巾、略して金白氏の案内できつねやの上階に上がっていく。ここの浴場は計9つあり、上にある風呂ほど入浴に身分を求められるらしい。
オブラートに包んだ言い方をしてくれたが、要するに屏風如きでは客のランクからして上4つは無理なようだ。
地味に階段しんどいから一番下でもいいんですけど。ダメ? 下4つもですか。使わせてもらえるのは真ん中オンリーのようだ。
ちなみに上から葛、玉、桜、菊、稲穂、椿、牡丹、蓮、髭という名前がついている。最後おかしくない?
何個もある逆さにした傘みたいな器に吊られた火のおかげで思ったより明るい浴場。広い洗い場にツルツルの白い石を隙間なく敷き詰めた『稲穂の湯』。
どのくらいツルツルかと言うと、転んで頭を打てと言わんばかりの滑らかさだ。見栄え重視なのは現代より安全基準が緩いからだろう。
特に空中庭園のように張り出した一角に至っては辺り一面きつねやを見下ろす夜景が広がっている。柵が無いよ、恐えよ。好奇心で乗り出したら清水寺みたいになってやんの。
下からも広い範囲に湯気が立ち上っていて姦しくも賑わいのある声が聞こえてくる。イケボキャットの言った通り、かなり下のほうに3つか4つほど風呂があるっぽい。
幸い暗くて距離があるし、所々の光源も行灯や灯篭程度のぼんやりした明るさだ。うーん人のシルエットっぽいな、くらいにしか見えなかった。
ただでさえ屏風覗きなんて不名誉な名称を頂いている以上、性犯罪を誤解されるような行動は厳に慎むべきだろう。高くて普通に恐いから横しか見たくないし。ヒュンってなったわ。
白く濁った熱めの湯は効能を聞く限りアルカリ性。アルカリは酸性の皮脂油を溶かすので肌の古い角質とかもよく剥げていくだろう。肌の弱い人が長湯するとピリピリするので、むしろ熱めなのは正解かもしれない。
本命の大きな風呂とは別に冷ました水源もあるようで、サウナとはいかないが水風呂ローテーションも出来そうだ。
足の裏を除いて全身をよく擦り頭から湯を被る。頭の毛穴にお湯の熱が沁みていく感覚。
うーん、至福。拭うだけでは味わえないこの気持ちよさ。湯を張ったたらいに頭突っ込んで本格的に毛穴の頭皮油を溶かしたいくらい。今は貸し切り状態とはいえ傍から見たら異様だろうからやらないけど。
そしていよいよメインディッシュ。訂正、食い物のことは考えたくないからメインイベント。稲穂の湯、頂戴いたします。
まだ沁みるかなと恐る恐る湯船に足つけようとしたとき、ターン、という一発の破裂音を聞いた。ねずみ花火の最後、ロケット花火の最後、運動会のピストルのような音。
火薬あるのか。たしかに火縄銃とかフリントロック式の銃とか、黒色火薬の前込め式くらいならありそうな世界だけどさ。さすがに今のでハリセンとか紙鉄砲の音じゃないだろう。
止せばいいのに熊でも出たのかと音源を探して清水に近づく。
人間とはかなりの距離からでもわりと知り合いに気付く生き物だ。シルエットや何気ない体の揺れ、カンの良い人ともなれば遠くからの視線や気配だけで誰か特定できたりする。
石灯籠の横で取っ組み合いをしている全裸の子たち、もしかして片方はとばり殿? あとすっごい怒鳴ってる子は立花様か?
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