ハコテン
GW前倒し投稿3回目です
「とにかくあいつに近づくな。いいなッ」
そう言うだけ言うと肩を怒らせつつ静かに襖を閉じて出て行った。その念押しはもしかしたら足長様の時よりクドかったんじゃないだろうか。
野鉄砲のひなわ。とばり殿と同じ四拾壱階位を持つ同僚で、見回り組という巡回警備をしているチームの子らしい。そういやとばり殿の階位も初めて聞いたな。ついでなのでもう少し気になっていたことを聞いてみた。すでに階位と権女は呼び方だけ雑談の中で聞いていたけど、内容は深くは聞いていなかったから。
『階位』は妖怪としての格、ランキングみたいなものらしい。下の階位ほど同列が多く、上に上がるほど少なくなる。特に上位10位は少なく、それぞれ階位数と同数しかいない。10位なら10人、5位なら5人だ。
ただ上位の1位と2位は妖怪というより神魔の類や自然災害そのものの化生など、隔絶して強いが俗世の者では意思疎通できないような存在なので、敬意をもってランク付けこそしているが実質3位が頂点らしい。白玉御前は階位3位、まさにトップだった。
『権女』は四国全てで公的に認められた特定の権利を行使できると保証された証らしい。ちょっと分かりにくいが、例えば『断罪』の壱権女を持つ立花様は30番台以下の妖怪を独断で処罰できる。これは国が違ってもだ。公的というのは四国の長のうち三人が認めたら与えられるお墨付きの事。やっぱあの人恐ぇーよ。
そしてうっかりひなわ嬢と同列なんだと口を滑らせたら目を剥いて睨まれた。ライバル的な関係なんだろうかと思ったら、あの子はかなりタチが悪いから一緒にするなという。
「言っておくがな、アレは人をッ」
言葉が詰まる。人の良いこの子は勢いで何か陰口が出そうになって恥じたのかもしれない。
そして最初の言葉に戻る。
残された屏風覗きは頭にこさえたタンコブ三つを抱え、金糸入りで微妙に手触りの悪い座布団を枕に大の字で休んでいる。もうしばらくしたら夕食らしい。汗をかいたので先に風呂へ入りたいけど、ここでとばり殿を呼び止めるのは空気が読めないにも程があるだろう。
疲れた。動いたわけでもないのに精神が疲れるとここまで疲労感が募るものなのか。ちょうど手についた畳の目を爪でうりうり数えながら今日を振り返る。行燈の明かりが届かない天井を見つめるのが少し恐い。
総じて命の危険に遭遇した件が大きかったけど、何より己の進退を決めたことが大きい出来事だったと思う。初めて他者に屏風覗きと自己紹介して、白ノ国でお伽衆として仕事を貰うことになった。就職できたぜヒャッホゥ、色々おっかないけど。
これが良かったのか悪かったのか、沼に足を突っ込んで沈んだら底なし沼と判断するようなやり方では命が幾つあっても足りやしない。それでも時間や状況は待ってくれない、用意の無い間抜けはある日身投げみたいな選択を迫られる。目下のアホが人食い妖怪の住む国で屏風覗きになってしまったように。
すっかり定位置になった袖からスマホっぽいものを取り出す。表示された残ポイントはゼロ、0、スッカラカン。
不安を感じる反面、ちょっとしてやったりという気分。小物が開き直ったとも言う。あのとき立花様の言葉を聞いて沸き上がった気持ちを残らずポイントでぶつけてやった。
友人の命の価値を金で払えと言われて腹を立てない人間がいるかよ。それも他の誰のせいでもなく他ならぬ屏風覗きの尻拭いで命で贖わせるような方に不況を買ったのだ。助けられるなら助けるしかない。
相当強く殴られたのだろう、とばり殿は隠れて鼻血を出していた。痛みで蹲る中で、それでも畳を汚さないよう手ぬぐいで顔を拭いながら。
あんなちいさい子を血が出るまで殴るとか、とばり殿が立花様を恐れるのも無理はない。そして目立たず手際のいい止血から日常的に行われているのではないかという疑念が生じた。
人権なんて言葉が出てきたのは本当に最近の話。昔の人にとって命はとても軽く、子供を道具程度に扱っていた人が少なくなかったという重苦しい現実が歴史的事実だと思い知らされた気がした。あの方たちにとって普通のことでも、当方は現代倫理に染まったひ弱な平和主義者だ。とても受け入れられない。
そこに来て幾ら払うかだ? 突っ込んでやったよ、まるっと全部。青臭い倫理観に支配されて出せるポイント残らず吐き出してやったわ。それがこいつらの手なのだと頭の片隅でヒネた事のたまう人間に顔面パンチ食らわせてな。あの場にいたのは妖怪屏風覗きだ。レースで一緒に戦って、いつもお世話になりっぱなしのダメ妖怪だ。恩人のために持ち金天井まで積み上げて何が悪い。
悪いよな、どうするんだろうこれから。ポイント無いと戻りの木戸も出せないじゃん。踏破ポイント稼げないじゃん。閉じ込められたかもしれないのだ。一縷の望みがあるとすれば実績解除のポイントはこちらでも得られるということ。何が条件か分からないので試行錯誤せにゃならんけど。それも命の危険いっぱいの幽世で。
ウジウジしても1ポイントも入らない。そのうちなんとかなるだろうと言い聞かせて起き上がる。前向きでも後ろ向きでも止まっているよりマシだろう。差し当たり過去の実績から今後解除できそうなものでも考えようか。
最近解除した実績は、<DEADSPACEへようこにょ><DEATHTRAPを生還しゆ>。
恐ぇーよ。
それぞれ3000ポイント取得。少なくないですかね? あの殺意しかない空間と殺意しかない罠に。そのぐらいリスクのある実績しか残ってないとかだと詰んでしまう。何か環境を変えれば取得できる実績とかないものか。違う国に行ったらとか。
「お食事ですよー」
出たな余分白米ッ。今日こそ断ってくれる。襖をスパンスパン開けられてももう驚きはしない。化け物に遭遇するわ偉い人に恫喝されるわ、今日はもう恐い物無しだ。きやがれ猫野郎、一発でごはんを断ってくれる。
「あの襖高かったのにー、ダメですよー」
食べます。食べさせてください大変申し訳ありません。