幽世の大福の表面の粉は米粉が使われている、昔ながらの製法です
「胆が冷えたぞ馬鹿者」
鈴の音と共に拝謁は一旦終わりとなった。元より今回はお褒めの言葉と褒賞を与えるために設けた場であって、今後の話などはいささか気が早かったと、立花様より遠まわしの謝罪を受けてそのまま解散。現在はきつねやの中庭を眺めながら頂き物の大福を食べている、主にとばり殿が。
「目上の言葉を遮るなどお手打ちもあり得る無礼だ。今日のところはお目溢しして頂けたと考えろ。今はまだ客人待遇で幽世に来て日も浅いからな」
あまり甘えるな、そう締めくくって三つ目の大福の粉を払いガブリと齧り付く健啖家。こちらの分も是非食べて頂きたい。お天道様はまだ真上にも来ていないし、屏風覗きのお腹に収まった朝食は未だ健在を誇っている。このところ過重労働を強いられている内臓に煎茶の渋みが染み渡って辛い。
「それで、どうするのだ屏風」
茶を飲み干した湯呑をタンッと軽やかに盆に置き、じっとこちらを見つめてくるイケメンムーブのとばり殿。本人にその気は無いのだろうけど目力が強いので睨まれている気分になる。この子は前髪パッツンなので釣り上げた眉毛の吊り上がりもよく見える。
「おまえ白ノ国以外で食うアテなど無いのではないか? 何が不満だ、白はもっとも豊かな国だぞ」
純粋に疑問、そんな目を向けられると困ってしまう。たしかに腹が膨らむことを苦痛に感じるくらい食える良い国なんだとは思う。ただ現代の常識に染まった人間では付け焼刃の礼節は肝心な場面でボロが出るだろうし、そこで無礼討ちなんて言われても黙って首を垂れるほど殊勝な人間ではない。いよいよとなれば死に物狂いで抵抗することになるだろう。友好的な相手でも距離感を誤れば険悪になるものだ。ちょうどいい間合いで付き合うのが大人の人間関係というもの。
などと、上っ面を述べてもこの子は納得してくれないだろう。
とても無様な話になるが、ごく単純に現状を消化し切れていないので決断できないのだ。己がなぜこんなところにいるのか、ポイントとは何か、最初の場所は何なのか。このあたりの情報が無いのが不安でしかたない。
おそらく白玉御前が取り込みをかけてきたのは十中八九ポイント関連だろう。ではそれを教えてくれるかと思えば濁されているのも不安しか感じない。さすがに根こそぎ奪われて使い捨ては御免だ。
ふとある事を思い立ち、とばり殿の前に袖に収めているスマホっぽいものを取り出した。思った以上に食い付きがよく首を動かしてまで四方八方から見回しているので差し出してみる。これで例の橋を作ったと言って。
「ほう、これがなぁ。びいどろは綺麗だが金具は今一つ。して、どんな絡繰りなんだ?」
あのときは光っていた、そう言って手にしたスマホっぽいものクルクルと裏返したり、陽にかざして光の反射を眺める姿はどこか嬉しそうだ。びいどろ、ガラス面を指で触ってもこの子ではやはり反応が無い。狐のときもスマホっぽいものは反応が無かった。あのときは爪だったので反応しないのか違うのか判別し難かったが、やはり個人認証的な防犯機能はありそうだ。
自然を装いつつスマホっぽいものを返してもらう。問題なく返してもらえた。体からジワリと汗が出てくるのを止められない。もはや命綱になったこの板っ切れを他者に預けることを、平和ボケですっかり退化した生存本能でも恐怖していると実感する。
使い方が分からなければ聞けばいい。使えなければ使わせればいい。拒否するなら、それこそ拷問してでも。
あの夜、狐の元に置き去りになったコレはあっさり返却された。それで即味方だ安全だと思えるほどこちらは善良な人間ではない。最終的にポイントを吸い上げることができるなら、角を立てず穏便でよいと思っているんじゃないか? そんな疑いが頭をチラつく程度には性根が腐っている。
そして隣りで残りの大福とスマホっぽいものを交互に気にするこの子は、多少仲良くなっても相手側の手下。いや、それさえ言い含められているかもしれない。ゲスの勘繰りと蔑まれてもこれが性分だ。己の一生でどんな献身を示されても、どんな潔白を証明されても、おそらく自己犠牲で死なれても他人を疑い続けるだろう。
だからつい、好意的な相手に刃物を渡すような試し行為をしてしまう。裏切られなかったと安心するために。それがどれだけ失礼な行為か分かっているのに、ああ本当この下衆が。
「おい」
突然ピシャリと顔を両の掌で挟まれた。音が鳴るほど結構な勢いだったので、目がチカチカするしかなり痛い。
「また下らん事を悩んどるな。一度泣いたら吹っ切れ、女々しいヤツめ」
腹が減るからおかしくなるのだ、そう言って片方の手で顔を掴んだままもう片方の手で大福を摘み口にグイグイと押し込んでくる。ひとつを食べきる前に二つ三つと、口を開かないままでも繰り出されるのでベタつき予防に吹かれた大福の粉が口元に塗りたくられてしまった。
「これはまた腕白に食ったな、童でもあるまいに」
手に付いた粉を払い、普段の仏頂面からは想像できないほど悪戯っぽい笑みを向けてくる姿はとても暖かいものだった。どんな捻くれ者でもこの子の笑顔を見れば、たぶん化かされてもいいと思えるくらいに。
根腐れを起こしている、こんなヤツでもないかぎりは。