圧迫面接だが雇用確定は良いか悪いか
明けて翌日、白玉御前様よりお呼び出し。ちょうど思うところがあったので渡りに船と思っていたら、お目通りのためと前二つより高そうな着物を用意されて一気に怖気づく。
男性用にしては艶のある布地で作られたそれは縮緬という生地らしい。越後のちりめん問屋のちりめんはまさしくコレのことだ。わりと最近までちりめんじゃこだと思っていたクチなので微妙に羞恥心が刺激される。
「礼装の一張羅だ。汚すなよ」
朝食の片づけを済ませたあと再度部屋を訪れたとばり殿に着替えを手伝ってもらうというか、ほぼお任せ状態になる。あ、キツく締めないでごはん出ちゃう。
昨夜は悩んだ末にカタログ購入は保留することにした。ちょっと精神状態がおかしくなっていた自覚があるし、出所の怪しい贈り物は迷惑にしかならないだろう。なにせ悪魔の服飾店だ、タイトルからしてアクが強すぎる。
紋付羽織に袴まで履いて和の完全形態になった屏風覗き&とばり殿。今回はとばり殿もお呼ばれしているのでこちらも普段の山伏ルックから礼服になっている。白地に色鮮やかな花柄の振袖に花の髪飾りが姦しい。
やっぱり女の子じゃねーか、昨日質問しなくてよかった。だが待て、小さい男の子に女の子の恰好をさせる風習かもしれない。この子の口から答えを聞くまで確定すべきではない。つい褒めてみたら耳が真っ赤になっていたとしても、男なのに侮られたと怒り状態になっただけかもしれないのだ。自重しよう。
余計な一言でギクシャクしてしまったものの拝謁の場に付けばお互い余裕などない。こちらも不慣れだがとばり殿の緊張はそれを上回るようだ。いまいち身分制度に実感のない現代人と違って、幽世社会では生活に直接の影響があるのだから当然だろう。まさしく肌で感じる権力の恐怖だ。
一貫して廊下にいた前回と違い、今日はとばり殿も正式に呼ばれたので入室して隣に居て良いようだ。白い足袋を揃えて正座する姿は自然で様になっている。
足は見えないが包帯は取れたのだろうか。こちらは朝一で来た白頭巾の猫に軟膏と包帯を替えてもらったので絶賛湿布臭い。幸いこの子は着物に匂い袋でもつけているのか、花柄に相応しくほのかに香しい花の匂いがしている。せめて湿布の臭いが着物に移らないように間を空けたほうがいいだろうか。
「なんだよ、そんなにジロジロ見るな」
まだ拝謁前なのでここには屏風覗きとこの子しかいない。今なら少し距離を取っても良いのではと言ったら真顔をされて、その後ギロリと睨まれた。こういう場面での位置取りは厳格に決まっているから勝手に変えてはいけないとの事。近すぎると無礼だし遠すぎてもダメ、もちろん呼び出された両名の座る位置もガッチリ決まっているという。
当然、偉い人が入室するときだらけでもしていたら只では済まされない。動いたら殴ってでも従わせるから覚悟しておけと眼力を込めて言い渡されてしまった。これには礼儀のなってない素人は黙るしかない。この子に本気で殴られたら当たった部分が千切れ飛ぶ。
「足が痛くても我慢しろ。朝に見た限りだいぶ良くなったようだし大丈夫だろう。心配せずともこちらはもう完治した。疑うなら後で見せてやるから、今は大人しくしておけ」
見せなくていいです。シュレディンガーに隙を与えてはいけない。
お目通りはそこそこ問題なく進んだ。最初に勝負の労いと勝利への賛辞これは普通に終了。次いで昨日の祝勝会に出席させなかった事とレースへ無理やり参加させた事、そして替え玉の事への謝罪、をされる前にとばり殿が神速でインターセプトして立花様が即アシスト、有耶無耶でお茶を濁した。慕っている国の主を簡単に謝らせるわけにはいかないという強固な意志を感じた一幕だった。別にこちらとしても思うところはないのでツッコむ気はない。
「なんだ、不満を申すか」
一通りの話の後、何故か立花様のお話で屏風覗きが白ノ国に仕えるみたいな流れになってきたので一度待ったをかける。視界の端でおま、目上の話の途中で余計な事言うなよ、みたいに目を見開いたとばり殿が見えたが、これは必要な事なのでひとまず聞いてほしい。
若干恐い気配が漏れ出した立花様に下っ腹がヒュンとなってしまいながらも、昨日考えていた事を順繰りに打ち明けてみる。
まず人間の己が幽世に来れたのは、ポイントで得た力を利用した結果であること。ただし幽世という漠然とした土地ではなく、きつねの隠れ宿というスマホっぽいものが付けた目印を目指した侵入であったこと。
次にレースでやったようにポイントを使って不思議な力を行使できること。そのポイントを得るためには詳細不明の何かしらの条件を達成する必要があること。
ここで少し間を置いて様子を見ると顎で続きを促されたので再開する。
ここから本題。
まず屏風覗きにどんな価値を見出して取り立ててくれるのか知りたい。もしポイントを使った能力をご所望なら、使える力は基本的に有限であることを断っておく。
「基本的に、とは? 先の条件の事では無い口振りだ」
平坦な声。横でとばり殿がブルッと震えた気がする。俄かに産毛が逆立っていく圧迫感、肉屋から命に値札を付けられたらこんな気分になるのだろうか。しかし、口を開いた事を後悔しても賽は投げられた。転がる間に出目が良くなるよう言葉を続けるしかない。
この条件の例外として、ごく少量ながら歩くとポイントが得られること。ただし幽世ではそれが機能していないかもしれないことも、合わせて打ち明けてみる。
さらに踏み込むなら幽世でのポイントの価値と、どのような利用ができるのかもどうにかして知りたい。幽世でポイントについてどんな扱いがされているのか分からないが、もし少量でも価値が高いなら確実に稼げる方法として『外界?』で稼いで幽世に戻る、という行動は許されるのだろうか。価値が相当高ければ実現しそうだが希望的観測だ。
ただ、隠れ宿の有無で帰還できるか出来ないか試す必要があるという不安材料もある。帰ってこれなければそれっきりだ。
今あるポイントだけで囲い込まれて、使い切ったら捨てられるかもしれない。
こちらとしては仕えるかどうかはともかく、これを仕事として雇ってもらい稼いだポイントを成果として何割か渡すといった、出稼ぎ的な勤務形態とか良いんじゃないかなと思っている。どうせやる事も特に無いのだ、腰を据える場所として比較的良い関係が築けた白ノ国は選択肢に入る。
人間は場合によって国総出で食い殺されるかもしれないので、ちょっとだいぶかなりスリリングだけど。
うん。話がどう転んでも、逃げる算段はしたほうがいいかなぁ。