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シュレディンガーの男の子の男の子

 昼飯を食いっぱぐれたこともあって飯がうまい。今晩の夕餉はやはり山盛りの白飯、これはもう諦めた。何言っても盛々で出てくる。


 とにかく米で腹いっぱいになることが幸せ、という田舎のおじいちゃんおばあちゃん理論がきつねやに完全に根を張っていると確信した。むしろ無理にでも食わないとガチ系の運動部みたいに怒られる勢いというか怒られた。


「いいから食え、傷は食わねば治らん」


 こちらが一杯目に悪戦苦闘している正面でおひつから山盛りの二杯目をよそっているいるとばり殿。その小さい体のどこに入るのか、モリモリ食っているのに腹が膨らむ様子もない。

 そのクセ食いっぷりのわりに魚の食べ方は丁寧で厳格な教育が感じられる。この年の頃に魚の骨なんてきれいに取れなかった。もちろん今もきれいとは言えない。


 主菜はタイの天ぷら。さすがにおろしてあるものの素が立派な大魚らしく膳の大部分を占めてなお一部はみ出るほど大きい。そしてなぜかもう二匹、焼いたイワシと蒸しエビが主役の座を追われつつも健気に焼き目と赤をアピールしている。なぜ三品も。


「祝勝会だからな。目出度い席では決まって立花様が鯛の天麩羅を振舞われる」


 何でもかの御仁の怨敵がタイの天ぷらにあたって死んだ、という噂が出回ったことがあるのだそうで。結局事実ではなかったが、それを穿って目出度い席には立花様の自腹でタイの天ぷらが客や手下に振舞われるのだそうな。


 あのお方にとってはそんな噂が飛び交うだけでも胸がすく思いというやつなのだろう。公私を分けて敵でも評価しそうな見た目なのに。


 もしくはその一点に対しては人格が変わるくらい、相手を恨んでいるのかもしれない。


 日本人としてはタイの天ぷらというと家康公の話が真っ先に思い浮かぶのだけど、さすがにまさかなと思う。無関係無関係、たまたまの話に違いない。

 なお、天麩羅の逸話自体は子供向けの教育漫画とかで鼻垂らしたガキの頃に知ったのだが、あれは直接の原因ではなかったっぽいとかなり後になって知って大人に嘘をつかれた気分になった。まあ権力者の死の真相なんて闇の中でたくさんだ。


 そもそも東西問わず権力者は替え玉だらけの環境で当たり前だし、案外由緒正しい一族と言いつつ途中からそっくりさんの血になっている一族もいるかもしれない。

 替え玉が早世した権力者のフリを続けさせられる話とか、創作ではわりとよくあるストーリーだし、とかく暴いた真実はクソまみれなのが定番であろう。そんな汚いもの、屏風の向こうからだって覗く必要はない。


「考え事をしながら食うな。飯はありがたく向き合って食え」


 ごはん警察が厳しい。味変わりについばむ副菜はレンコンとゴボウとタケノコの煮しめ。蒸しアワビ。漬物は初めて見る品だ。大根。昆布、胡麻、豆、鷹の爪が入っている。


「現世の日向の国の漬物だそうだ。具は時期によって違うが、切り干し大根は必ず入っている。これは昆布と豆が入っていて祝い事によく食べられるな」


 日向? 地域の旧名でたまに聞くけど、いざ何処だと言われると分からないな。西のほうだったと思う。


 まあいいか。しかし、どれもおめでたい席で使われる食材ばかり。集められる食材の豊富さは権力の証だ。やはり白ノ国は豊かなのだろう。少なくとも外で見た住民たちに暗い雰囲気は無かったと思う。


 個人的には民に十分還元されるなら権力者が贅沢してもかまわない派だ。ご褒美も無しで国のかじ取りなんて重責やってられないだろう。


 主役のめでタイに、出世魚イワシ、縁起の良い赤色のエビ。副菜のレンコンは見通せる、ゴボウは細く長く、タケノコはよく伸びる縁起物。アワビは高級食材で干すと長く伸びる。大根はよく大黒様と一緒に描かれている、昆布は喜ぶ、胡麻は厄除け、豆はマメに生きる、鷹の爪はエビと同じで赤いからか、もしくは鷹が縁起の良い鳥だからか? 単純に調味料かもしれない。


「ぜんざいもあるそうだ。白ノ国のぜんざいは塩も砂糖もケチらないから甘くてうまいぞ」


 これ以上食ったら耳から出るわ。今ある料理だけで満足です。何ならとばり殿が代わりに食べていただきたい。


「食わねば傷は治らん。いいから食え、我らのために用意された物なんだぞ」


 うまく話せなくなったというとばり殿が本格的に口を開かなくなったので、あれから二人のときはタメで喋っていいんじゃないかなと提案したら、わりとあっさりこんな感じになった。どっちかというとコレ上からでは? よく喋ってくれるようになったので指摘しないけど。


「屏風はま、まあ家来ではないから医者は無理であろうが治療は受けたのだろう? 後は滋養を取って休めばよい」


 こちらの呼び方はお客人、お客様、下郎うんぬん呼びから屏風になった。覗きと言われなかったことに心底安堵している。器を置いて正座出来ている足をポンポンと叩くとばり殿は嬉しそうだ。上司の計らいで良い医者に治療してもらえるというのは名誉なことなのだろう。


 大昔は今以上にブラックな職場環境、使い物にならなくなったら野たれ死のうが即ポイされるからな。治療してもらえる=必要と言われたのと同義だ。


 ちょっと気になって下は履かないのかと聞くと、包帯が布と擦れて解け易くなるから今日はこのままにするとのことだった。田植えの時期なら日中はそこまで寒くはないだろうが、夜はまだ冷えるし寝るときは暖かくしてほしい。


 そういえば幽世的には何月になるのだろう。田植えは地域によってかなり時期が変わる。沖縄なら三月あたり、関西なら五月から六月だったか。


「おまえも包帯が解けんようにな。後で湯を持ってきてやるから今宵は風呂は我慢しろ」


 たしかに汗をかいたし顔ぐらいは拭いたいわけだが、ああ、いろいろ気を散らすのも疲れた。すべて観念してとばり殿に、とある事を指摘するべきだろうか。


 男の子の褌の中に収まるべきパーツの膨らみが、対面に座るあなたに見えない気がすると。いや、これはセンシティブな話題だ。男の子の男の子のサイズというナイーブな案件かもしれない。もちろん女の子だったらそれはそれで問題だ、ちいさい子とは言えジロジロ見ていいものではない。


 もういい。男か女かなんて些末なことだ。ちいさな友人が出来た、それでいいじゃないか。

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― 新着の感想 ―
[一言] そんなとばりきゅんはショタじゃなくてロリだったなんて……。 料理の赤色のエビだけ説明が雑だなw おせち料理だと、新しい1年を健康で過ごし、腰が曲がるまで長生きできますようにという意味がある…
[一言] >男の子の褌の中に収まるべきパーツの膨らみが、対面に座るあなたに見えない気がすると。 こんなの屏風覗きじゃなくて妖怪スカート覗き魔や・・・
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