相手が卑怯な事したから何してもいい、はガキ臭い理論。反論は認める。
四段峠から一段までの下り坂を疾走する二台。もう折り返しとなる一段峠の鳥居は目前だ。だというのに当初の予想通り、抜くに抜けない状況が続いている。こうなることが予想できていただけに相手のやり口に腹が立つ。
問題は鳥居間の距離だ。最高速こそこちらがわずかに勝るものの、相手を完全に抜く前に次の鳥居が来てしまい接触を回避するため後ろに下がらざるを得ない。相手からすれば、近づいてきたら跳ね飛ばせばいいだけなので最短距離を行かれてしまうもの痛い。追い越す側はどうしても余計なコース取りをしなければいけないからだ。直線の上に各鳥居は必ず潜らなければいけないというルールがとにかく響いている。
だが、おそらくこの制約が折り返し地点においてこちらに有利に働く。
この折り返しでの鳥居の扱いも同様に、山車が必ず鳥居を潜らなければならない。要するに通過したあと柱の外周をぐるっと回ってそのまま二段峠側には向かえない。潜った後で反転し、改めて入山という形で一段峠の鳥居を潜る必要があるのだ。
つまり→『鳥居出口から出る』→『出たのち反転』→『鳥居入口に入る』となる。
これがなぜ有利に働くかというと、赤の山車は正真正銘の古式ゆかしい山車であり構造的にカーブが非常に苦手だからだ。
あちらは重心が高いうえに車輪も木製で、はっきり言ってグリップ力など無いに等しい。倒れず曲がるためにはほぼ停止した状態から『の』の字を書くようにその場で回頭するか、相当な大回りをして遠心力に備える必要がある。どちらであっても大幅なタイムロスかつ、追い抜けるスペースが出来るはずだ。
前者の場合、鳥居を出てすぐその場で回頭し出したら進路を妨害されて事だが、そんな鳥居間際で停止するためには途中で大幅に減速する必要がある。とばり殿の足なら抜き去れるだろう。後者は言わずもがな、それこそ抜ける。こちらは軽量で重心も低く、ゴムタイヤのお陰でグリップも十分なのだ。旋回半径がまるで違う。加えて赤の山車はハンドリングが紐というのも大きい。
紐は自由度こそ高いが棒のように突っ張るような動作はできない。山車を停めるためには車体そのものを抑える必要がある。赤の山車は鉄パイプを握ったままの姿勢で制動をかけられる白のリヤカーより即応性に難があるのだ。
そしていよいよ近づいてきた一段峠の鳥居。最後までお互いの山車の減速はまるで無し。赤の選択は大回りか。あるいは鳥居を出た後に急ブレーキで停車か。結果、赤はそのままの速度で一段峠の鳥居に飛び込んでいった。
いずれにせよチャンス到来。ここで、
赤の山車が不自然に短距離で停止し、音も無くコマのように一瞬で反転した。
どのくらい不自然かと言うと、けん引していた山伏軍人Aのほうが急停止・回転した山車に合わせることができずにズッコケ、掴んだ紐が山車に巻き付きグルリと引きずり回されたほどだ。砂埃を上げてそれでも紐を離さず地面を転がったAは、この瞬間に限って間違いなく引っ張られた側。
想像以上に近距離で停止した赤の山車をとばり殿が慌てて避ける。ゴキンという驚くほど大きい音と共に山車が急角度で左に車体を曲げた。強引に曲がるために地面を蹴ったのだろう。いやに長く感じるドリフト走行状態に車内の屏風覗きも寿命が縮む思いだ。目前に迫る赤の山車と、その車内でなぜか翼を広げている山伏軍人Bの姿がチラリと見えた。
本当にギリギリ、拳ひとつふたつ程度の間を残して赤と白の山車が交差する。心臓に悪すぎてたまらない。絶叫系は断固乗らない派なのになんでこんな目にあっているのか。危険水域を抜けてわずかに緩んだ意識から身勝手な不平が漏れた。
その間に体制を立て直したAが再び山車をけん引して鳥居を潜り、抜かれることなく一度目の折り返しに入っていく。土埃まみれだが怪我はまるでないようだ。
「中で、飛んだか」
山車の受けた遠心力に逆らわず半回転し、バックする形でザリザリと下駄ブレーキが掛けられる。そんな急制動の中で、おそらくは独り言がポツリと零れたのを聞いた。心底呆れた、侮蔑を通り越して心が冷えるような声でとばり殿の回答編が明かされる。
またも山伏軍人Bか。さっきの車内のアレは山車に隠れて周囲に見えないのをいいことに、山車の中で車体を掴んでBが飛んだって感じか。それなら停止も反転もずっと簡単だろう。車内で支えれば転倒の危険は無くなるし、そもそも勝負の初めから飛んでいたとしたら単純に考えて二倍のパワーだ。
ああ、やっちまったな。やりやがったな。
さっきまでズルはイーブンだった、あいこだと思っていた。神聖な勝負事だというのに残念ながらどちらもルールの穴を突くような狡すっからいズルをしていたが、まだ体裁を気にする程度にはお行儀は良かったんだ。それなのに。
赤ノ国はルール『飛行は禁止』この文言を明確に破った。ならこっちも遠慮してやんねぇ。
青臭い理論武装をしてやり返す、ガキみたいな理屈でちょっと恥ずかしい。しかし、ひとまず聞いてほしい。
飛ぶのがダメなら、空走るってどうよ。