レース開始。反則? 空気読んで(建前)
大太鼓の一打ちを合図に二台の山車が動き出す。片や人ひとりの膂力ではまともに動かせない、ほぼ木製の大重量。とばり殿の目測で六十貫はあるという。一貫はおよそ4キロ(3.75キロ)なので200キロを越えている。乗員ひとりの体重も加えれば250キロは確実だろう。
対してもう一方は本体の重量が50キロを切る超軽量級。戦前にありそうな旧式のリヤカーとはいえ、骨組みは鉄パイプで作られ必要な耐久力を備えつつ軽量に作られた『ハイテク(幽世の技術水準では)山車』。うん、語呂悪いな。ともかく乗員の体重を合わせても向こうの半分も無いに違いない。
だと言うのに速ぇーよ。山車から伸びた赤白の目出度い縄を引っ掴み、ほぼ等速でこちらに追走する山伏軍人A。小物臭がしても実力はあったようだ。とばり殿の速度は車体軽量化に助けられ大八車のときよりさらに速く、時速40から50キロは出ているのに。
それでもじわじわ、本当にじわじわ距離は出来つつあるのだが安心できる感じがしない。
レースなど配管工のレースゲームくらいしか知らないが、この九段峠の要所は素人目に四ヶ所。一段目と九段目の鳥居でのふたつの折り返し、そして最初と最後の大鳥居での九十度直角カーブだ。基本的に直進なので先行争いに負けたらそのまま逃げ切られる可能性が高い。とばり殿もそうだがおそらく山伏軍人も体力お化けだ、最初からラストスパートでもスタミナ切れで失速は無いだろう。加えて大鳥居以外は山車ふたつが並んで入るには横幅がギリギリ過ぎるのも問題だ。上には高いのに。
つまり最初に四段峠の鳥居を潜った側が断然有利になる。
スタート時点での配置は 一段峠側|白 赤|九段峠側 参道から大鳥居を抜けてまず九段峠側に曲がるので並走したら白、こちらがアウトコースに入らざるを得ない。だからこそ双方、ここが最初から正念場と渾身の力で走る。白は何としてもここで被せるため、赤は何があっても被されまいとして。
不利だ。どうにも不穏な気配がする。車体が軽量なのはレースでは良いこと尽くめ、だがある一点においてだけとんでもない不利になる。
この場合の不安材料は『接触事故』、軽量な方が一方的に吹っ飛ばされてしまう。ここから鳥居までの距離で完全に抜き去れるか? もし並走状態を完全に脱することができなかったら、赤は衝突を避けて道を譲るだろうか?
絶対譲らないだろう。それこそむしろ願ったりとワザとぶつけてくる可能性さえある。車体の丈夫さという意味では向こうの方が圧倒的に有利だ。走る上では有利ゴムタイヤも、ゴツい木製車輪のアタックを受けたらスポークがヒン曲がって一発で使い物にならなくなるだろう。とばり殿はどうする気か。行くか退くか、ここが分水嶺。
「あッ!?」
そこに、下からすくい上げる突風。とばり殿から思わずといった感じの焦った声が上がり、グワッと車体が大きくよれて片輪が浮き上がる。とばり殿も掴んでいるパイプに持ち上げられる形で足が浮いた。いくら力はあろうともこれは完全に重量負けするしかない。
洗濯ハサミがどれだけ強力な力でボーリング玉を挟んでも、ボーリングの玉はその重量と運動エネルギーの赴くままに転がってしまう。どうしたって軽い側が振り回されるのだ。
夢中で全体重を浮き上がった右側に掛けて強引に車体を平行に戻す。ガッタンッガッタンと強い衝撃を何度か受けながらもどうにか山車は転倒はせずに済んだ。先ほどから不安を感じていた分だけわずかに動くのが早かった恩恵だ。普段はこんなに機敏に動けない。
車体と乗員が落ち着きを取り戻したときちょうど大鳥居を潜って曲がり、走り去る赤の山車が見えた。馬鹿にするようにケツを振って。
「風扇、の術」
とばり殿の呆然とした声が途中からじわりと悔し気に変わる。あぁんの野郎。どっちか知らないが魔法みたいなもん使ったのか。そこまでするか。これは神事、神さまに奉納する行事だぞ。明確な取り決めこそ無いが、やっていい事とやってはいけない事くらい空気で分かるだろうに。
ルールに無いから違反じゃない、ルールに書いてないから合法。そんな小ズルい発想でドヤ顔する連中が当方大嫌いでございます。そして速度は落ちたものの、健気なとばり殿が走り続けているのでまだ相手は見えている。
袖のスマホっぽいものに手を伸ばそうとして、やめる。コレを使っての反撃はダメだ。少なくも今はまだ、ふたつの意味で早い。
ひとつは個人的な価値観として先にズルをしたのは山車の件で白が先だと感じている事。車と言っても自動車じゃないのだ、レースで片方が伝統的な山車なのにもう一方が走りやすいリヤカーではズルと言われても反論し難いだろう。それを今回は権力者の強権を使ってねじ込んだ。黒か白かで言えば限りなく黒に近い灰色だと思う。
だから一度だけなら相手のズルを認めるべきではないか、そんな考えが浮かんだ。
けれども、こうも思う。山車の重りにしかなっていない役立たずが、偉そうに公平性を考えてどうするのかと。懸命に戦う者へ何か援護のひとつもできないのかと。
目の前では気を持ち直してひた走るとばり殿。揺れる車内に合わせスマホっぽいものが袖の中で揺れている。
結論、これであいこ。次に何かしたら遠慮してやらねぇ。