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新型がギリギリで間に合うのは定番

 晴れ渡る空の青に金毛様の幼いながらも張りのある声が染み渡る。この勝負事は立派な神事であり開催前に禰宜である金毛様によって祝詞が謳い上げてられていく。出店にいた見物客たちの喧騒もピタリと収まり、振り返ると遠く先々まで静かに祝詞を拝聴している群衆が見えた。


 禰宜(ねぎ)は神職における役職のひとつで一番偉い宮司、次の権宮司の下になる階級だそうな。これは神社によって違いがありますが、と断ってから丁寧に説明してくれた複数いる金毛様の中のお一人のお言葉。禰宜と権宮司の上下が逆のところもあるらしい。ローカルルールでもあるのか。催事前、勝負参加者の立ち位置指導に来た金毛様が無知な屏風覗きに何気ない会話として教えてくれたありがたいお話である。


 嫌味な山伏軍人たちに聞こえない程度の声で話すなど配慮してくれるあたり、心情的に黄ノ国は白寄りなのかもしれない。自分が取り仕切る行事があるのにいちいち引っかかっられたらたまらない、といった話かもしれないけど。


 それにしても何人もいるよ金毛様。視界に入るだけでも祝詞を詠む金毛様、赤ノ国用の貴賓席にも金毛様、当然白ノ国の貴賓席にも金毛様。後ろでは見物客を振り分けている金毛様がいらっしゃる。ついでに来た時に見たビーバーを探していたら横に並ぶとばり殿から批難めいた強い視線を感じたので姿勢を正す。この子、やっぱり目力が強い。


 ふと群衆と貴賓席の客層を一度に見たことである違いに気が付いた。群衆の外見は人外ばかりなのに対して貴賓席の客は人そのものか、ほぼ人と言っていい姿をしている。偉いから化けるのか強いから化けるのか、何かしら決まりでもあるのか。


 何より、人のいない世界で人を忌避するのに人に化ける。その理由は何なのだろう。


 滔々と謳われる祝詞の内容は無学な身ではよく分からない。耳慣れない口調ということもあり、聞こえているのに聞き取れない感じだ。ただ一言一言に海の波を受けるような揺れというか圧というか、なんとも不思議な圧迫感を感じる。


 この場には勝負に参加する山伏軍人コンビが左側に、右側にとばり殿と他称屏風覗きだけ。そして走者の背後には勝負の目玉である車が置かれている。これは神へのお披露目と勝負の無事と成功のお願いのためだ。

 ここに置かれるまでの『ほんの数分前の出来事』からしても、念入りにお願いしてもらったほうがいいだろう。



「おいッ、なんだそれは!?」


 例によって騒ぎ出したのは山伏軍人A。コイツいっつも騒いでんな。屋根に宝剣やら矛やら突き出た物騒ながらも絢爛な山車を引っ張り込んだAB、主にAが鼻息荒くこちらにチラチラ優越感たっぷりの視線を向けていた時のこと。

 遠くからどよめきが聞こえたかと思うと、一段峠側の坂からはためく二本の旗が登ってきた。白地に金糸刺繍の縁取りをした豪華な布に力強い黒で『必勝祈願』『真・強弾丸号』の文字。前者はともかく後者はなんのこっちゃ、と思いを馳せたあたりでその全容が露になる。


 リヤカーじゃん。

 痛リヤカー。一言で表すとそう評するしかない。繋がっているパイプ状の持ち手、スポーク輝くゴムタイヤ、屋台の屋根の代わりに和紙と竹で作ったとおぼしきデフォルメされた白いきつね型の人形。まるでねぶた祭の如し。なお旗はリヤカー両側後方に突き刺さっている。全体が驚くほど緻密に美しい白で塗られているので安っぽさはないものの、どう見ても原型はリヤカーだ。


 ただ注目すべきはそこではないかもしれない。


「白ノ国で作りましたー、新しい山車でごさいますー。お届けに上がりましたー」


 引っ張っているのが白雪様であることに比べれば。


 昨日と同じ仲居姿に朱色の漆塗りの草履でリアカーを引っ張る白雪様。その横を手を出そうとしては引っ込める、微妙にオロオロした立花様が追従している。おそらく手伝うなと言い含められたのだろう。


 あー重かったー、そう言って赤ノ国の山車の横にリアカーを置くと、ひとしきりこちらを激励したのち一般客用の席に歩いて行った。いや貴方そっち駄目でしょ、人外のなかに人型がひとりって目立って仕方ない。


 周りの妖怪が自身の形状ごとに可能な限りの敬意を持って平伏している。四つ足の獣系はともかく、浮かんでいる提灯が地に伏せて中身の蝋燭を見せている姿はシュールだ。釣られてさらに外周も平伏するから白雪様を中心にドミノ倒しのようになってしまった。最後は立花様の音頭の下にそれぞれ座り直していく。大丈夫? 本当に大丈夫? 無礼じゃない? 全員がそんな視線で周りをチラチラ見ていて、無関係のこっちがいたたまれない気分になってしまう。


 騒ぎがひとまず収まり、辺りに再び時間が流れるのは先ほどの山伏軍人Aの叫びが上がってからになる。

 

 あれはなんだ山車じゃないと喚くAに答えられる者はいない。当方は事情がさっぱり、とばり殿は自軍の新しい山車と白雪様からの激励ですっかり興奮状態になっており、そもそも白雪様のフリーダムムーブに慣れているのでたぶんAの話など聞こえてもいない。まして白の面子が知らないことを黄ノ国の狐っ子が知るわけもないだろう。


「山車だが?」


 それとお騒がせした、幾分疲れた顔で一般席から戻った立花様のこの一言で話は終わった。

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― 新着の感想 ―
[一言] (金毛様、これだけいたら一人、家に連れて帰ってもバレへんやろ……) 相も変わらず、白雪さん自由だなーw あと、「山車だが?」の一言で黙らせられる立花さんは圧倒的な武力持ちなんだろうな。
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