旅先で引き留められても好意とは限らない
狐っ子に案内されて赤ノ国の面々が貴賓席に向かうため退室する。一緒に行動しても面倒事にしかならないのはお互い分かっていることなのだろう、片方が留まってわざわざ間を空ける程度には。こちらに最後まで胡乱げな目つきを向けていた山伏軍人Bの退室際の舌打ちがとても汚く響いた。
「しばしお人払い致しますので、ご自由に」
入れ替わりで姿形が金毛殿そっくりな狐っ子が扉の前にピョコリと現れ、立花様に向けて深い礼をして去っていった。双子なのか分身的な何かなのか気になるところだ。
さて、と強めのタメを作ってこちらに向き直った立花様に思わず座布団の上で畏まる。立っていたとばり殿もその場に正座して静かに拝聴の姿勢を取った。小さい子が板間で正座しているところに座布団敷きでいる事に微妙な罪悪感を感じる。
「まず言っておくが、幽世に人が居てはならない決まりがある」
この第一声から始まった話はそこそこ長かった。逸話の起こりなど微妙に脱線してとっ散らかったので頭に入れるべき内容だけ抜粋すると
1.人が連続して居て良い時間は一日だけ。まれに現世から意図せずに迷い込む者もいるので、温情として一日以内に退去するなら罪に問われない。『正しい手順』を取って入ってくる者は手続きの内容による。我に話が来てないからオメーは違う。
2.一日を過ぎても退去しない、出来ない人間は幼児を除き誰であっても食い殺してもよいとの決まりがある。オマエあと半日そこらで一日だぞ震えろ。
3.ただし今回はこっちの落ち度があるので言い訳を作ってやった。他国との勝負事がある日に超面倒だわ。変に隠すとバレたとき責任問題なのであえてお披露目して全員共犯にする。えーあのとき会ったよね、人間と見抜けなかったのダッセェ。とでも言っておけば妖怪も面子が大事だから誰も文句は言えない。やったね。
4.白玉御前様がおまえを勝負に推挙したからやれ。理由は知らんいいからやれ。ハイかYES。
もっと小難しい言い方だったが、おおよそこんな感じだと思う。次にお許しを得て質問をしてみた。
まず『正しい手順』というのがポイント利用のことを指すのかについては、我は知らんと言われて質問をバッサリ切られた。ただ人間が幽世の宿に寝泊まりするのは非常に珍しいとも言われた。
だいたいの場合、妖怪が好む対価を持っていないので泊まれないのが普通なのだそうな。これは納得できる点がある。違う世界では手持ちのお金が使えまい。紙幣はせいぜい工芸品、硬貨は不純物の多い『クズ鉄(金属の総称として)』でしかない。
金属が貴重な時代と土地柄ならそれでも一定の価値がありそうだが、最近は電子マネーの普及で硬貨自体を、量という意味であまり持っていない人も多いしな。素人考えだと現世との行き来ができるなら現代の物品購入に現世のお金を得るのも悪くないと思うのだが。おそらく何かしらダメな理由があるのだろう。なるべく人と関わりたくないのかもしれない。
例外として民家であれば煙草や酒を対価に一泊させた話は何度か上がっているとのこと。なお、その人たちが現世に帰れたかのかどうかについては聞かないでおこうと思う。
次に屏風覗きって酷くないですかとやんわり抗議してみた。残念ながらまったく聞き入れてもらえなかった。他に適当なスケベ妖怪がいないのだから仕方ないだろうと言われる始末。なぜスケベに拘る。男はだいたいスケベだろう、でこの質問も打ち切り。納得できない。納得できなくても偉い人に黙れと言われたらつい黙ってしまう、悲しき庶民根性よ。
さらに次、本当に妖怪で通るのか。これについてはまったく心配していないとの事。赤ノ国の面々がこの場で折れ、黄ノ国の金毛も流した時点で妖怪屏風覗きで確定なのだそうな。たとえ今回場にいない藍ノ国が指摘してきたとしても、これで赤と黄が国の面目にかけて同調してくれるらしい。恐い、白でも黒になる国の面子恐いな。
最後に一番聞きたいこと、なぜ余所者の人間を勝負に参加させるのか。これは要領を得なかった。立花様にも分からないらしい。答えても答えなくても断頭台のようにバッサバッサと質問を断っていく女侍が珍しく言い淀んだ。
ずいぶんお諫めしたのだが、苦虫を噛んだ顔でそう言われて終了。コンビを組むとばり殿に話を振っても御前の命ならばと、すべての文句を飲み込む決意が伝わってくるのみだ。ブラックかな。
とはいえ、強権を振るうトップダウン制の権力体制では下の者の意思など一切通らないのが当たり前だ。それでも下が上を信用している、信用に値する実績を作っているならさして文句は無いのだろう。聞こえのいい美辞麗句を並べたクセに何一つ達成できない輩より、強引でも益のある政策を打てる権力者のほうが頼りになるし、ひとまず黙って従おうという気になる。
ごくごく当たり前の話として、実の無い理想より得のある現実が庶民には一番ありがたいし信用に値するのだから。