別視点。烏、ある重要な疑問を抱く 200話記念
200話記念として1話あげます。
読んで下さる方がいる、そのおかげでここまで続けてこれました。ありがとうございます。
時間は少し遡り、赤との祭りの前の何てことは無い、ある日のお話。
気のせいかもしれんが、屏風のやつは私を女子と思っていない節がある。
それを強く感じるようになったのは何時の頃からか。出会ってからかなり初めのほうだった気もするし、つい最近のような気もする。具体的にどう、というわけではないのだが、時折こちらを男子のように扱うというか、女子への気遣いに欠けた事や物言いをすることがあるのだ。
こちらの着物を下手糞に褒めたりしてくるので、よもやとは思うのだが。あいつ、内心では私を男と思っていないか?
普段であれば疑問に思った端から問い詰めるだけだ。しかし、この問題は面と向かって聞くのもおかしいというか、こんなことで気を煩わせられることに腹が立つ。それにもし本当に男と思われていたらどうすればいいのだろう。
訂正するのは当然として、こんなとき私はどんな態度であればいいのやら。怒ればいいのか、悲しめばいいのか、笑っておけばいいのか。
そもそも何故だ? 男と思われる理由が分からん。
一人で蜷局を巻いていても答えは出そうにない。ひとまず知り合いに相談でもしてみようか。
同僚。守衛隊、鎧の助言
「とばり様は大変に凛々しい方ですから。良い意味で女々しさがないというか、女子特有のやり取りに疎いじゃないですか? そこが私としては大変すばらしいと思うのです。部屋の隅の小さな埃をこれみよがしに眺めたり、何人かで固まってヒソヒソするような、底意地の悪い姑めいたことをするとばり様なんて考えられません。男子女子など小さく考えずに、あなた様は堂々となさればよいのです」
部下。守衛隊、雀の助言。
「やはり容姿が幼い事が大きいかと。隊長のお姿は人の男女の分かれる間際あたりですから。獣たちと違い人は鼻も利きませぬし、見た目だけではどちらか少々分かり辛いのもありましょう。ほかにも女言葉を使われませんし、女物の着物もあまり着られないではないですか。ですので、これを機会にお召し物を変えてはいかがでしょう? 動き難いというのであれば、ぜひ洋服を。わたくしめが責任を持って動きやすいお召し物を見繕いましょう。フヒヒッ」
問題児。見回り、貉の助言。
「そりゃしょうがねえよ。何かというと旦那の頭を拳骨でボコボコボコボコ殴ってるんだ。女の普通は平手なんだぜ? 身に着けてる物だって良くない、袖から腰から、振った端から物騒な暗器がゴロゴロ出てくる女なんているもんかい。女の武器は簪とか守り刀とかさ。ああ、薙刀もあったな。あげくに褌の中にまで得物を突っ込んでるんじゃあ勘違いもされるだろうよ。もっこり膨らんでる下履き見た日にゃあ、これはご立派と思われても無理は、痛い痛い痛いっ!」
上役。太刀様のお言葉。
「幽世は男子が少ないからな。同性の知り合いがいてほしいという願望で目が曇っているのやもしれん。あれはどうも見た目に騙される性質のようだ。そんなに嫌であれば日頃から女子の姿を取ったらどうだ。与えた役目を問題なくこなし、無様な恰好で無いなら何を着ても我はかまわん。もちろん公の場では正装をさせるが他は関知せん」
上役。お傍衆次席、金糸白頭巾猫様のお言葉。
「古来より男子は大なり小なり唐変木であると聞きます。屏風殿は男子としてはよく気が付かれるほうだと思いますが、やはり女子から見ると機微に疎いところはあるでしょう。おまえには業腹でしょうが、いきなり詰め寄って恥をかかせるのはお互い蟠りが残るやもしれぬゆえ、問い正すに見合う機を見るべきであろう。無論かの者が大事という話なら、ですが」
上役。化け傘様の暴言。
「人の男女の違いなんて知らんがな。下が付いとるのが男で、上が付いとるのが女やろ? おどれは、あー、まあ上はしゃあないから股座でも見せたればええねん。他のどの部分より誤魔化しが効かんのやから証になるやろ。あれで思ったより人気がありよるけぇ、恥ずかしいだなんだと言うてると掻っ攫われるで? 獲物を狙う鳶の影が、鳥か獣か物かまでは知らんがな?」
知り合い。下女、犬の妄言。
「私はにおいで区別しているからでしょうか、男女が分からないというのが分かりませぬ。あ、盛る臭いくらいになれば人でも気が付くのでは? 番うのであれば布団を用意いたしますのでお申し付けを。気が散るというのであれば、私は邪魔にならぬようしばし恩婆のところに参りま、な、なんでそんな恐い顔をされるのですか!?」
尊きお方。お米大好き様(自己申告名)。
「ごはんを炊きましょうー。白米は至上ですがー、伝統としてお赤飯にすべきですかねー。ごはんを作って食べさせていればー、そのうち五臓六腑が女人であると分かりますー。男子は女子の炊いたごはんを食べるからなつくんですよー。いっぱいごはんを食べさせていればー、いずれ貴方を女子と知るでしょうー。胃の袋を掴むのですー」
概ね現状維持を提案された気がする。とんでもない助言をされる方やとんでもない私欲で口を開いた雀もいたが、とばりにはいずれも難事である。服を女物に変えるというくらいは検討してもいいが、それだって今更という気がしないでもない。
そもそも屏風覗きが今こちらをどう見ているのかが肝であって、服などは後の話ではないのか?
あるいは遠回しに男と思われていると言われたのだろうか。物言いがひとりあからさまに露骨なお方もいたが。
どこから相談が漏れたのか、思わぬお方にまでに呼び止められてお言葉を頂けたのはありがたいかぎりだ。とばりにはその深いお話の欠片も理解できなかったが、それは無学な己が悪いことだ。
他の上役の方々もこんな目下の自分を思ったよりずっと気を使ってくだされて、相応に助言を頂けたのかも知れぬ。
となれば後は当人に直接聞いたほうがいいだろう。助言の通り場所を選んで、強く問い正すような態度を慎めばよかろうて。
最近流行りの北町で行われる大道芸とやらを屏風と見に行った。随分と評判なので、北にしては賑やかな出し物が出来てよかったなと思っている。
ここは他の町に比べてどうにも暗いからな。催しのひとつもあれば増になるだろう。
しかし、わざわざ人も金も少ない北でやる理由が分からん。大抵の芸人は金の流れる西や南で興行を行う。後は町役に頼まれるなどして祭事などの出し物で東に出張るくらいだ。
賊が監視の目がゆるい北に小金持ちの道楽者を誘導するために噂でも流したか?
そう随分と訝しんでいたらなんのことはない、私の隣に立っている屏風が作った光の柱を使った軽業芸であった。
なるほど、柱のあるここでないと出来ないからか。そういえばチラホラ噂は聞いていたわ。命知らずの馬鹿やお調子者が度胸試しに上り下りしていると。それが長じて軽業の芸になったというわけか。
屏風のあの術はとにかく頑丈だ。どれだけ叩こうが火に巻こうが、牛が乗ろうが馬が乗ろうが決して破れない。さらには自前で火も焚いておらぬのに爛々と輝いている。道端で行う大衆芸の舞台としてなら確かにこれほど映えるものは他に無いだろう。派手が命の軽業師たちからすれば、輝く舞台は垂涎の的になるのも無理はない。
しかし同時に、舞台を駆け回る彼らの心の声も聞こえてくるようだ。これが客の多い西や南にあったらなと。
悪いがそれは大事なお役目のために屏風のやつが作ったものだ。おまえたちの商売道具ではない。我らが御前の目に留まり、見栄えがよいからと残されているに過ぎぬ。尊き御方に娯楽を頂いたことを感謝こそすれ、文句など言ったら罰が当たるわ。むしろ私が当ててくれる。
それにしても存外つまらない。さして高く上がりもしないし速く駆けたりもしないとは。私が駆け上がったときは城より高く上がったぞ。高空でふたつの柱を行き来したり、滑り降りたりしたものだ。
いや、私は終わった事などどうでもいいのだ。けど横にいる屏風のやつが何とも懐かしそうに語るので、まあこれも付き合いと考えもう少し見ていこうかと思った。
その矢先、ここで滔々と技を語っていた講釈師が調子を変えた。
「これよりお見せいたしまするは誰もがご存じのかのお方っ、鷹さえ平伏す我らが守衛の白烏、音に聞こえる武勇は天を突き、その名は四国轟く大妖怪とばり様!! その御業にございまするぅぅぅぅぅっ!!」
立っていただけなのに引っ繰り返りそうなった。
なんだそれは!? 大口を叩くのが講釈師とはいえ、私が大妖怪とは吹かしが過ぎる。横の馬鹿が笑いを堪えているのを感じて猛烈な羞恥を感じた。
うるさい、もう少し見ていようじゃないっ!! ニヤつくな!!
「屏風様の拵えた右の御柱を駆け上がりっ、天に逃げた赤の鴉を追い詰めん!! とばり様、その身、命、躊躇わず空中へぇ!!」
やめろぉっ!! なんだ、なんなんだこれは!? いつから公演していたのだ!? こんな、こんな恥ずかしい出し物を!!
「このまま落ちるか!? 諸共落ちてしまうのか!? そこに現れたるは新たな光!! 左の御柱!! とばり様、これにえいやと跳び移るぅっ!!」
申し訳程度に技を披露して右の柱から左に移る三下の軽業師。このヘボめっ! 翼を使うなっ、私は使わなかったぞ!
「滑り降りるは一直線!! 手を広げて迎えるは屏風覗き様ぁぁぁっ!!」
「やめんかぁぁぁぁっっっ!!!」
疲れた。講釈師や軽業師どもには想像以上に抵抗されるわ、見物客たちから本物を見せてくれと強請られるわ。散々だわ。それもこれも日和見に、まあまあなどと言って流した馬鹿者のせいだ。押さえつけても不満が出るからなどと、知った風な事を抜かしよって!
北に新しい収入源ができるから、などと言われたら守衛として物が言い難いではないか。
事実に妙な解釈は入れない事、技を今よりも磨く事を申し付けるくらいしかできなかったわ。
疲れた。あの後も『私の活躍』の評判を嬉しそうに語る屏風に呆れて物が言えなかった。あれはおまえの活躍でもあると言っても聞いちゃいない。まったく、屏風の中では私はどう映っているのやら。
何か大事なことを忘れている気がするが、今日は本当に疲れたので明日にしよう。大事な事なら日を跨いでもすぐ思い出すだろう。