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わりとイラストで見た人は多い妖怪

 腰を上げるだけで威圧感のある立花様を前に、最初に嫌味を言ったほうの山伏軍人が目を逸らしてひとまず場が収まる。もう片方は最初から目を合わせてもいない。いじめをしようとしたら現場を恐い教師に見咎められたって感じだ。


「それではお集まりの皆様、早速本日この場にて車勝負の取り決めをいたしましょう。約定の見届け人はわたくし、黄ノ国の稲荷大社禰宜(いなりたいしゃ ねぎ)、階位弐拾位金毛が務めさせて頂きます」


 硬い空気のなか双方の間に黄ノ国の狐っ子がするりと入り、(いさか)いはそれまでとばかりに手を叩く。なるほど、赤ノ国と白ノ国の勝負事にさいして第三国の黄ノ国が審判兼仲裁役に呼ばれたといった構図か。しかし白玉御前様の側近らしい立花様が出迎えるということは、この赤ノ国の連中はそこそこの地位にあるのだろうか。どうも山伏軍人に関しては小物臭がしてならない。


「その前に、こいつは誰だ」


 先ほど面白くなさそうに目を逸らしたあたりで、たまたまこちらを見てからずっと凝視していた『山伏軍人A(仮称)』が顎をしゃくる。行儀悪いなコイツ、もう片方は腕組みしているし。


「こちらはきつねやのお客人、今回の勝負に名乗り出た白ノ国の『屏風覗き』殿だ」


 一瞬、場に言いようのない空気が漂った。山伏軍人AB、大女、童女、狐っ子、とばり殿までも。それぞれが、はっ? と言いそうな呆けた顔になる。遠くの出店の喧騒が聞こえてくるほど場が静まり返っていた。いいなぁ、たこ焼きとかあるかな。和食続きでぼちぼちソースとかマヨとか食べたくなってきた。無いか。


 屏風覗き。屏風の向こうから男女の情事を覗く、する事はただそれだけ。名前の通りのスケベ妖怪で屏風の付喪神ではないかと言われている。たしか妖怪絵巻で有名な鳥山石燕が描いたんだっけ? ちなみに明確なやり取りが紹介された話だと女の妖怪として書かれている。


「いや人間だろ此奴(こいつ)!?」


 いち早く再起動した山伏軍人Aがこちらを指さし、勢い任せの粗いツッコミを入れてきた。その気持ち、とてもよく分かります。そこで全体の空気も解凍されたのか人間? という困惑した呟きが幾人からか漏れた。


「屏風覗きだ。間違えるな」


 何度かのやり取りが続くが立花様は屏風覗きと言って譲らない。狼狽えたAは他の仲間や黄ノ国の狐っ子にも同意を求めるが反応は悪かった。皆の視線はひとえに女侍の腰に向かっている。抜いてもいない太刀の柄を視界に入れるだけでなぜこんなに寒気がするのだろう。


 そのまま立花様が押し切って話は有耶無耶のまま勝負事についてに移った。なお、ここまで屏風覗きは一切口を開いておりません。昨夜も人間であることは問題があるような様子だったし、ここは黙って流れに乗っておこうと思った次第だ。さすがに加牟波理入道や垢舐めと言われていたら激しく抗議していたが。


 変になった空気にめげずに狐っ子の進行で話が再開される。立花様を除く全員からチラチラ見られて居心地が悪くて仕方ない。何といっても座っているのが当方、『屏風覗き(仮称)』だけということが大きい。話の途中でまた山伏軍人Aから、なんでコイツは座っているんだ無礼だうんぬんと文句が来たのもしかたないことだ。これについてはもっともだと思う。


 それでも平然と足の具合が悪いんだから配慮しろと、しれっと言ってのける立花様の恫喝めいた迫力に山伏軍人Aは口をわずかにモゴモゴさせたものの、後ろから童女がボソリと何か呟くと押し黙った。向こうの力関係の構図が段々分かってきたやり取りだった。


 さて車勝負と言うからてっきり貴族の女性が牛車の外見を競う、おじゃるで陰険、もとい雅な勝負かと予想したのだがこれはハズレ。大まかに言って勝負の内容はレースのようだ。


 ルールは車とその引き手、そして車に乗り込む乗員をワンセットとして五段峠の大鳥居前からスタート。九段で折り返しそこから一段まで走り抜け再び折り返し、最後は五段峠の大鳥居通過でゴールとなる。もちろん早いほうの勝ちというシンプルなルールだ。


 コースは高低差こそあるがほぼ直線のみで引き手のパワーと持久力がモノを言う、マッシブでストロングなコースのようだ。注意点として各峠の鳥居は必ず潜る必要がある。あと飛行は禁止とされた。


「そちらは飛べんのだから関係なかろうな」


 さも誰に聞かせるわけでもない嫌味な感じで山伏軍人Aが呟き、とばり殿に向けて侮辱を込めた視線を送ってくる。つまり今回勝負するのはとばり殿ということか。というかなんかコイツ嫌い。先ほどからこいつひとりで騒いでいる印象だ。

 盤外戦術としてあえて嫌われ役をやっているというなら大したものだが何がしたいのやら。当のとばり殿はうっとおしい羽虫でも見るように冷ややかだ。相手にする気はないらしい。


 本日の対戦は赤ノ国より山伏軍人コンビ。自己紹介は無かったので知らん。迎え撃つ白ノ国から引き手とばり殿と乗員屏風覗き。ええ、はい先ほど勝負に名乗り出たと紹介されたのでこうなるとは思っていた。


 なお乗員は引き手が怪我をするなどのアクシデントに備えた交代要員らしい。この時点で白ノ国は結構なハンデを背負っているわけだが、立花様は何をお考えなのだろう。どうも接待行事という雰囲気でもない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公の名前が、屏風覗きの屏風と確定した瞬間。 しかし屏風覗きって、ただ覗いてる変態じゃんかw そんな昔から変態がおったんやなー。 妖怪として扱われてるってことは、捕まえようとすると忽然と…
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