手に残ったものを見つめて
誤字脱字のご指摘、大変ありがとうございます。今回は特に…
一度でもドラマの孤独の〇ルメを見ると、別の作品に登場するあの役者がゴ〇ーちゃんにしか見えなくて「絶対うまそうに飯食ってそう」と思ってしまいます。
役者とってハマり役は功罪併せ持つものなので、実は苦労の種でもあるそうですね。どんな役をしても過去の話を出されてゲンナリしてしまうのだとか。今を見てあげたい、でも〇ローちゃんにしか見えないんだ、すまない…
十問いの終幕。屏風覗きはふたりの子供を殺した。
あれから二日ほど高熱で寝込んだ。たぶん傷口に雑菌でも入ったのだろう、殺菌したといっても焼酎ぶっかけるという乱暴な処置だったし。
幸い鎮痛薬のおかげで眠ることが出来るのでそこまで消耗はしていない。緊急用の強い薬と違って常用できる調節をしているから朝夕飲めますよと言われた時の安心感たるや、思わず主治医のリリ様を拝んでしまったくらいだ。
けれど、起きていられる時間が増えると考えるのは猩々緋と、もうひとりの茜丸のことばかり。
猩々緋、猩ちゃんとは本当は何だったのか? ゲームなんかの横文字を完全に理解し、言動もどこか『現代』のにおいがした彼女。個として『におい』もあれば食事だって取れたのに、檻から影も形も無くなってしまった。
ダメだな、分からない。謎のことはいずれまた彼女が幽世に来た時にでも聞いてみよう。あの子が復讐しに来るとしたらさぞ煩い感じにキャンキャン口上を垂れるだろうし、冥途の土産とでも言えばペラペラ話してくれるだろう。
長生きすると約束したしな。
屏風覗きは己の直感だけで彼女を『薄い側』と判断し、言葉で本体側に移るよう誘導した。それが彼女を消してしまうと薄々感づいていたのに。あの子を本体から分かれた『生霊』、まるで偽物のように扱った。
最低だ。頑張っていた側の子を傷つけて。
親や教師がしばしばやってしまう悪癖を屏風覗きもやってしまった。
真面目な方に、話が早いからと我慢を強いてしまったのだ。無垢な茜丸が相手では誘導は無理と考えて、あの子の真面目さに付け込んだ。
猩々緋をひとつに戻すために、君が消えてくれと、死んでくれと言ったも同然。
あの子は裏切られた気分だったろう。恨んでくれていい、それだけの事をした。
屏風覗きの罪はそれだけじゃない。
最低だ。何も知らない側の子を傷つけて。
また一からやり直し始めた子を、こちらの都合で押し潰した。
記憶を失った茜丸はそれでも経験し、知識を吸収し、再び積み上げ出していた。前とも違う『別の茜丸』へと進んでいたのに。
猩々緋をひとつに戻すために、『過去の旧名・茜丸』で『今の茜丸』を押し潰してしまったのだ。
もしかしたら記憶だけは残る猩ちゃんよりも残酷な行為かもしれない。知らぬ間に殺されたようなものだ。あの子とはお別れさえ言えなかった。
屏風覗きはふたりの子供を殺した。ちっぽけな答えひとつのために、殺してしまった。
抱きしめたからなんだよ、逢えるからなんだよ、最低だよこいつは。
伸ばした手は空を切った。実利だけで言えば屏風覗きも白ノ国も不利益は無いのだろう。味方の誰からも責められはしないだろう。
なのに、なんだよこの喪失感。惜しむ資格なんてありはしないのに。
胸が、きゅっとする。
三日目。薬が効いて熱も下がってきた。どれだけ安静にと諫められてもトイレだけは自力で行ったのは完全に意地だ。部屋の隅に置かれた葛籠におしめが入っていると思うと足に恐怖が力となって伝わってくれる。あれだけは本当に勘弁、特に顔見知りに替えられたら精神的に死ぬ。
朝食後に立花様ら数名のお方が参られた。
先に城下に戻るとのことで、立花様がわざわざ出立前に見舞ってくだされたのだ。祭りの後始末もあってかなり忙しかったでしょうに。手伝えなくてすいません。頭巾猫たちにいたっては、誰も彼もグッタリしてたものなぁ。
他にろくろちゃんと、その手にガッチリと引っ掴まれた白雪様も渋々戻るらしい。
勝ち戦とはいえ戦後処理することは変わらないものね。まったく被害が無かったということもないだろうし、一番偉い方々が姿を見せて勝利宣言する必要もある。この辺をふわっとしてると、思わぬところで余計な争いや不幸ないざこざが起きるものだ。
戦は終わったのに攻め込んで占領したり略奪したりを恥じない国もあるからな。これは現世の人の話だけど、幽世でも似たり寄ったりの事はあるだろう。約束が周知されるタイムラグまでは咎められないのが慣例らしいし。
だからこそ公的にバッチリ宣言する必要があるのだ。もう手を出すんじゃねえぞと。
それに手柄のあった者を直々に褒めたりするのも仕事のうちです。あっちもあっちで急襲されて大変だったのだ。帰る場所を守るという、ある意味一番重要で信用が必要な役目をやり遂げた勇者たちを称えない選択肢は無い。
こういった気遣いこそ実利以上に忠誠を担保するものです。頑張っていただきたい。
「ではついでだ、聞きたいことがあるなら答えてやる。時間が押しているから簡潔にせよ」
急な女侍様の格別のご配慮に驚く。ちらりとリリ様を見ると小さく頷いてくれた。
カウンセリング的な問診のさいに吐き出した、猩々緋様と金毛様の扱いが心配という言葉を伝えてくださったようだ。感謝。
率直にふたりの扱いの聞くと、普段通りのバッサリ竹を割るような回答が頂けた。
釈放。無罪。
「まず猩々緋様について答えよう。此度の騒動は祭りで決着した。軍の行動の首魁は天狗山の黒曜と、その一派でありこれらに責任を取らせる。無論、猩々緋様が主導したものではないとはいえ下の者の不始末に一定の責任はある。それらはこちらの提示した賠償条件を飲むとのことで先日合意した。よって頃合いを見て赤ノ国へとお返しする」
赤ノ国の国人、猩々緋は生還。
知っている子ふたりを殺し、ほとんど知らない子ひとりを生かしたこの結末。人の生はどれだけ皮肉に出来ているのだろう。
「次に金毛殿。厳正な取り調べの結果、関所破りは無かった。よって無罪とする。おまえもそう認知せよ」
「ちょっとした取引がありました。そして何より、間接的にですが屏風殿と共に南の治安に貢献したと解釈しての、御前の温情措置です」
離れて控えていたはずのリリ様の言葉が耳元で聞こえた。思わずそちらを見ると頭巾越しの猫の目を細めて小さく頷いてくれる。このニャンコ、アシスト能力がカンストしていらっしゃる。
どこかでムフーという自慢げな鼻息が聞こえたので、寝ている首だけだがそちらに向けて感謝のイメージで動かしておく。さらにムフーという鼻息が聞こえて、ろくろちゃんから息がくすぐったいわと怒られていた。
黄ノ国の重鎮、金毛様も生還。
友のために地位も金も命も、本当に何もかも放り出して奔走した一匹の狐の物語は大団円で終わった。たったひとつの望みを見事叶えて。それだけが慰めだ。
彼女にとって友とは残った猩々緋、その旧名を知る茜丸のほう。猩ちゃんでも無垢な茜丸でも無かったのだから。
良かったはずなのに、金毛様が今笑っているかと思うと胸がきゅっとする。
あの子たちを別の個人として見ていた者は、幽世に誰もいなかったのかもしれない。この偽善者以外は誰も。
「屏風、此度はよく働いた。傷が落ち着くまでここで養生しておれ。後の事はおいおいとする」
それだけ言うと立花様はろくろちゃんに何か言った後に退室されていった。視線で判断するに恐らく『そのまま白雪様を逃がすな』とでも言ったのだろう。
当の白雪様はお風呂に漬けられて死に体になった観念ニャンコみたいなしおしおの顔をしておられる。最後まで抵抗する猫と途中から諦めた感じになる猫の違いってなんだろうね。
「という訳や。うちらは帰るけど世話に何人か残したるけん、にいやんはゆっくりするとええ。そのくらいの働きはしたと誰もが納得の大手柄やからな」
そう言って、不意にこちらを真面目な顔で見てくる。その視線は天井から吊られている左手に向けられていた。
「身を切る覚悟、見事やった」
わずかに頭まで下げて賞賛してくれたろくろちゃんは、雰囲気をすぐにいつもの調子に戻すと白雪様を文字通り猫の子のようにぶら下げて退室していった。
ぶら下げる方も下げられる方も、とても慣れていらっしゃる。過去に似たような事を何度もしてたんだろうね。
「びょうぶさまー、ごはんはたくさんたべましようねー、げんきだしてくださーいーねー」
廊下に響く白雪様のお気遣いある言葉に感謝する。襖に足をかけて最後までガチで抵抗していたのは見なかったことにしよう。着物がはだけて白い御身足が太ももまで見えてしまった記憶は削除する。じゃないと傘や刀の背で記憶を脳ごと叩き出されそうだ。
あの方にはいつも活力を頂けるな。どれだけ徳を積んだらあのような人格者に育つのだろう。
「さて、熱はもう大丈夫でしょうが血はまだまだ足りませぬ。腹の抜糸はあと五日、手の傷は抜糸まで十二、三日ほどはかかると見ています。余計な事は考えず休まれるがよいでしょう」
それともう一言、お嬢様系イケボ猫はそう言って畳んだ扇子を咎めるようにピタリと突き付けた。
「あなたは十分貢献しました。ですが、なんでもできると思ってはいけませんよ? それはさすがに傲慢です」
己の我儘で勝手に落ち込む患者を諭すと、リリ様も退室していった。去り際に、隣に人を置くので何かあったらすぐ声をかけるようにと言って。
無音になった部屋で、なんとなく隣の誰かさんの気配が分かる気がした。
とばり殿。
呟くと、襖が開いていつもの仏頂面が現れた。衣装は一張羅からいつもの山伏スタイルに戻っている。それはとても普通で、日常で、少し嬉しい。
「どうした?」
その一言に不思議と溢れるような優しさを感じる。ずっと守ってくれていた気さえした。
選んだものがここにある。金毛様が他の何を放り出しても守ったものがあるように、屏風覗きにも手放せなかったものがここにあるのだ。
こぼしたものを嘆くのはいい、けれどずっとはダメだ。
先に進もう、宙を掻いた手のその先に。