別視点。立花、部下の後始末
毎回毎回、誤字脱字すみません。ご報告いつもありがとうございます。
前々から気になっていたロー〇ンの黒い肉まんを食べてみました。食べているときはそう辛くないのに、持続してずっと辛いという耐久型でした。個人的嗜好としては辛さはキツめでしたが味は好み。
「見分けがつかんのぉ。ほんまに分身かいな?」
半眼で睨みつける轆轤が訝しむ。真贋を定めるには大陸の分身術はあまりにもよく出来ている。
何せ見た目は当人と瓜二つだ。かの術が記載された文献には『違い無し』とまで書かれている代物、術に疎い我では判断はできぬ。
「これは本当に分かりませぬな。力量も気配を静められると伝わってきませぬ」
金糸白頭巾のリリでもか。ではこの場の誰も分からぬな。他は強いてあげるならば雀の、夜鳥と名乗るようになったこやつくらいか。同じく大陸の術で『身を分けた』者、百一羽雀はどう見るか。
目を向けると雀は神妙に頷き、己の見解を述べた。
「力量を落とし片方だけ『分ける』など無理です。何かしら力を封じる呪物でも身に着けるくらいでしょう。即ち、あれはいつでも本物になれる影。あるいは影の振りをした本物かと」
やはりか、思い切ったな黒曜。己を二人にしても勝ちたいか。
あの術は分かれた分身が死んでさえ残り続ける。本人までもが己という存在に不安を抱き懊悩することになる外法。
己がもうひとりいる、他の己の記憶が流れ込み続ける状況に耐えられる者はそういない。多くはじわじわと狂い、やがて分身同士でひとりになるまで殺し合う代物だぞ。
過去にあれを行ってまだ生きているのはこの雀と、黄ノ国の金毛くらいなものだ。
もはや任せられる者がいないのであろうな。力の有る無しに関わらず身内ばかりを重用し、他者を排斥していったことでやっと周りが無能ばかりと気が付きよったか。
「立花ー、轆轤ー」
「はっ」「おうっ」
鈴を鳴らした御方の下で畏まると、頭を撫でられて立つように促された。屏風はもう祭り場の中だが不意にこちらを向くとも限らない。立って姿勢を正し、お言葉を待つ。
「もし屏風の負けが決まったらー、決して死なせぬようにー」
ご命令とあれば。
しかし黒曜はともかくお山殿が難事だな。決着前に飛び込んだらあの鬼は神事を汚した部外者として、誰であろうと排除にかかるだろう。
あの拳は轆轤でも受けきれるか怪しい。我でも受け損ねたら刀身を折られかねん。
とっとと勝負ありと言ってくれればよいのだが、あの古鬼は勝負事を死ぬと分かるまでやらせるから人間の屏風では手遅れになる。
屏風は参ったと言わないだろう。あれで存外義理堅い。普段は命を惜しむ小物であるのに、どういうわけか責任を持つと粘り腰がきくようになる。
「うちが受ける。その間にねえやんがかっさらえ」
力が落ちたりとはいえ轆轤ならば三合は持つだろう。すぐリリに渡し我が戻れば凌げるか。過去には鬼も切ったが、華山の悪鬼頭はそれらとは比べ物にならんだろうな。
人の物語では切られた腕を取り戻すために右往左往した様子など書かれているが、あれはそんな玉ではない。階位壱位様と弐位様が認めた怪物が人に調伏できるものかよ。
我は黒曜でも屏風でもなく、厄介な鬼ばかりを見ていた。その場の空気が変わるまでは。
「おい待てや、何を?」
悲鳴が上がった。他ならぬ御方から火がついたような悲鳴が上がり、祭り場から人の血の匂いが流れてくる。轆轤が倒れかけた御前を受け止めるも、やつも我もこの場の誰もが混乱している。
何を思ったか、屏風が己の左手を短刀で貫いていた。脈々と吹き出る血は散々に飛び散り、全員が混乱するなかで無常にも鬼は開始の合図を飛ばす。
そして祭り場にひとつの白い『きうぶ』が現れた。片栗粉を溶かしたように白く濁った『きうぶ』中には暴れる黒曜がいる。
誰もが何が起こったか、すぐには理解できなかったろう。我もまた、その光景を呆けて見てしまっていた。
「屏風様っ!」「旦那っ!」
後ろから抜けようとした影に我に返る。飛び出していこうとする雀と貉をすんでのところで止めた。
まだ決着はついておらぬ。ここで陣を出たら屏風の策が台無しになりかねん。
「にいやんっ! 手は上や! 上に上げときっ!!」
御方を抱えながらしきりに声をかける轆轤の声にも焦りがある。致命傷の場所ではないとはいえ、流れ落ちた血はそのまま生き物の命数。太い管を傷つければ死に至る。
ただ我が見た限りそこまで深刻な傷ではない。腹よりも大事になりそうだが血を止めてしっかり縫えば死にはせんだろう。おまえたちは大げさよ。
「お山殿! 勝負の決着は如何に!?」
やや声が大きくなったしまった。このような大声でなくとも鬼であれば聞こえるであろうに。まあ、何せ場がうるさいでな。
「決着などついておらぬ!!」
赤の陣から誰彼か、名前も覚えられん程度の木っ端どもが声を上げてきよった。他にも客連中の赤ノ国所縁の者どもが頻りに勝負の継続を望みよる。白でも黒曜に賭けた馬鹿者たちが弱い声で続く。この不忠者どもめっ、顔は覚えたぞ。
「赤のっ! 三十数える間に破って見せぃ! 出られねば赤の負けとする!!」
鬼の長い数えが始まった。屏風から聞く限りあの『きうぶ』の中に声は届かぬようだが、見え辛い中でも黒曜は術から出れなければ負けると感づいたようだ。必死に術を破ろうと内部で苦闘しているのが分かる。
刃、通らぬ。術、破れぬ、叩く、蹴る。まるで破れぬ。
業を煮やし怒りに震えた黒曜は、術によって内部を荒れ狂う木の葉で満たした。
くだらん、目隠しか。ならば次に行うことは知れている。
「轆轤、あれが出てきたら我らで殺すぞ。お山殿もよろしいな?」
己を封じていた呪物を外し、本来の大天狗としての力を出すつもりであろう。
妖怪が『約束』を破るのだな? それも神事で。
見えていなければ通用するとでも思っているのか。この助太刀を認めぬというなら悪鬼、貴様も我らの敵ぞ。神事を汚した者として赤の下衆共々根絶やしにしてくれる。
気を張ったところで拍子抜けにも悪鬼は頷いた。いかんな、我もちと冷静さを欠いている。それというのも屏風が悪い、御方に声を上げさせるなど馬鹿な事をしおって。気丈にもお立ちになったが心を痛められたのは間違いない。事と次第によっては拳骨では済まさん。
「にじゅうー! にじゅういちぃー!」
雀と貉が焦れている。屏風は手を上げたまま動かないでいるが、流れる血はまだ止まっていない。すでに白い着物はその半分が吸った血潮で赤黒く変色し、足元は血溜まりが出来ている。
いかんな、かなり太い管を傷つけたようだ。
「時間の無駄ですよっ、旦那のあれは破れやしません」
吐き捨てた貉は手元の銃を構え、どさくさで屏風に向かってきそうな気配を出す赤の客共を牽制している。轆轤に至っては祭り場の境界を示す竹の囲いの直前で仁王立ちしていた。
血糊傘と謳われた背中が、この先を踏んだら誰であろうと殺すと語っている。
「にじゅうしちぃーっ! にじゅうはちぃー!っ」
後ろでは早くー早くーと祈る御方の悲痛な声。お傍で支える雀と共にこの時間が一刻も早く過ぎるのを祈っている。『きうぶ』の破れる気配は未だない。阿羅漢共や隠れ者たちが総じて生半可な術ではない、と報告を上げてきた事がようやっと実感できたわ。
これほどか。大天狗筆頭の、性根はよろしくないが力はある大妖にさえ破れんのか。たったひとりで張ったこの術が。屏風に張り付いて観察した轆轤や、以前から危険視しているみるくの『危うい』という物言いも理解できる。
もっと丁寧に囲うべきかもしれん。屏風は責任を持たせれば存外と真面目にやる。権力から遠ざけるのが最良と考えていたが、何かしら役目をでっち上げて手下でもつけてやったほうがよいかもしれん。
「にじゅうきゅうぅー! さん、じゅうっ!! そこまで! 勝者、白の屏風!!」
薬で眠った屏風を轆轤がとばりの横に寝かせてやる。かわいそうだが十問いの夜には起こさなければならない、今のうちは存分に寝かせてやろう。後始末は戦わなかった者の仕事よ。
祭り場では怒髪天の悪鬼に踏みつけられ、あきらめ悪くもがいて血を吐いている黒曜の姿。その周りには捕縛された他の天狗と、何を思い違ったか己の顔で場を治めようとした赤の愚かな客数人。決着前に勝負を諦め見切りをつけた客も他の場所でほぼ捕らえたと報告があった。残りも時間の問題であろう。
この場はもはや草刈り場よ。雑草ども、行儀の良いこちらを嘗め腐り、わざわざ敵地に物見遊山しに来たこと後悔してももう遅いわ。
「恐れながら。城下の雀より、赤の軍を跳ね返したと」
そうくると思っていた。姿を見せんもう一方の黒曜は、やはり軍と合流して手薄になった白ノ国を責めたようだ。祭りの間は軍を動かしてはならぬとは決めていないからな。そう言い訳するつもりであったのだろう。
「はっ!! 舐め腐りよって。うちらがおらんでも赤の立ち腐れどもに白の障子一枚抜けるかいっ」
考えたつもりなのであろうな。祭りで赤が勝っても八方塞がりのまま、ならば最後の戦力をかき集めて手薄の白ノ国を急襲することで逆転できると。
どのみち夢物語よ。どころか己が屏風覗きに負けるとは夢にも思っていなかっただろうな。こちらは夢でも悪夢と言ったところか。
覚めればそれ以上の過酷な現実が待っているぞ、黒曜。
轆轤がもう言ったが、我も同じ気分だ。舐めるなよ下郎、我らが備えておらぬとでも思ったか。
「可笑し月対策もうまくいったとのことです」
「まずは良しー」
あの月の対策は御前自らのものだ。掛けられてからでは出来ぬが、掛ける前であれば防げるとのことで、日夜お一人で秘術を行使されていた。具体的な事は知らされておらぬが、御方のお命を削るようなものでないなら何でもかまわぬ。
「お、恐れながら。ここまで来て祭りを続けるんですか?」
屏風の血で酔ったか、やや言葉が荒い貉を睨む。途端に畏まった獣を見つつ質問に答えてやることにした。
これは神事だ。相手がどうあれ取り止めることはできんと。
神前で賭け事を奉納すると『約束』したのだ。これを破るのは妖怪として許されん。もう赤の天狗共はどうとでもできるが、それとこれは別の事よ。
屏風がどんな答えを口にしようと天狗山の命数は決まった。傷もあるのだし、さっと終わらせてしまおうではないか。
だが、今は休んで良い。
「屏風、良くやった」