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いつも誤字脱字のご指摘ありがとうございます。
11月も今日で最後ですね。今年のケーキはどうするか。グレードを下げると苺が一気に減ってクリームばっかりになるんですよねぇ…
とうとう来た。参の祭り、屏風覗きVS黒曜(の分身体)戦。緊張と責任の重圧感が重なりすぎて、腹のチクチク感が外側からか内側からなのかも分からない。
ここまで二戦二勝。ひなわ嬢もとばり殿も全力で勝利を勝ち取った。この流れで白が三縦を食らわせるか、赤が一矢報いるかで外野の賭け商売は大賑わいのようだ。
「最初の倍率に胴元の戸惑いがありやすね。思ったより拮抗してましたぜ」
ちょろっと偵察、と言って胴元連中に睨みを利かせに行ったひなわ嬢。さも見回りの仕事っぽく言っているが、実際は賭けてきただけのようだ。手にはちゃっかり賭け札が握られている。せめて少しは隠す努力をしなさい。
その趣味のせいで借金背負ってここにいるという事実も、賭場の気配を感じると頭からスポーンと抜けるようだ。君、そのうち本当に叩き売られるぞ。次はマジで助けないからね。
「そんな冷たい事言わんでくださいな。今回は鉄板に賭けますから平気ですって」
ピラピラと見せられた賭け札には『白・屏風』と書かれていた。いや、鉄板どころかベコベコですよこのベニヤ板は。というか賭け事が劇的に弱いこの子に張り込まれるって。うわぁ、戦う前から嫌な太鼓判を押されてしまったぞ。
勝ったら酒の一杯も奢ります、じゃないよ。一気に不安が増したわ。戦う覚悟はしたけど自信があるわけじゃないのに。
見せられた札には倍率は書いていない。代わりに大声を張り上げて倍率を読み上げる胴元たちの頭上には、その倍率を書いた『朱色の水?』が電子掲示板のように浮いていた。
城でそうめんの催しが行われていたときに見た、空中に留まる水のレーンと同じ術だろうか。あれなら紙や墨を無駄にせずに済むな。ただ物的証拠も無くなるので倍率の誤魔化しが心配になる。
現在の判断は屏風やや不利の黒曜有利。ここに賭けられた金の総額で逐一倍率が動くシステムのようだ。一番管理が面倒くさいヤツじゃん、大丈夫なのか。金が掛かるとちょっとしたミスでも荒れるぞ。
「あれらは白の南町で商売している同元ですし、勘定の得意な物たちがいるので大丈夫でしょう」
そう言って後ろからひょこりと現れたのは黒い着物の禿っ子。ひなわ嬢の言葉を補強した夜鳥ちゃんはこちらに雀らしくぴょこぴょこと跳ぶ感じで寄ってくる。なんとこっちの小さな手にも賭け札が握られていた。
「屏風様に張り込んでみました。わたくしが路頭に迷わないように勝ってくださいましね。フヒッ」
いくら賭けたか聞くのが怖い。
夜鳥ちゃんに代わりに賭けてきますよと言われたので、屏風覗きも景気づけに纏まった額を全額突っ込んでおく。どうせ負けたら死ぬからな。まだ馴染まない薄紫の財布には紋銭を6枚残せばいいだろう。端数は手間賃として渡しておく。
観客のどよめきに吊られて仕合場の方を見る。ここまで陣幕に引っ込んで姿を見せなかった最後の戦士、黒曜の分身体が姿を見せた。面倒だから屏風覗きの内面表記は黒曜Bとでもしよう。
階位壱拾五位、裏陣馬山権現、大天狗筆頭、黒曜。その分身体か。見た目ではまったく区別がつかない。審判が彌彦様でなかったら本体とすり替わっている可能性が高すぎて物言いをつけるところだ。本体が外に出てこないし。
まあボロボロの姪たちにかかり切りなのかもしれない。他人には冷酷だが身内にはとても甘いらしい妖怪だ。道理を引っ込めてまで身内を贔屓するこの天狗がいたから、赤ノ国はいよいよおかしくなったというくらいだ。
物事は誰かひとり倒せば全部解決するわけじゃない。それでもこいつの本体がいなければとの思いが繋がりの薄い屏風覗きの頭にも過る。
死体の山、痩せこけた住人、死んだ目の商人。そしてあの子を未だに苦しめている忌まわしい記憶の元凶。
この勝負はまだ王手ではない。だが、これで負けたら勝負の結末さえ見れないところで屏風覗きの物語は終わりだ。それでは尻切れトンボもいいところ。負けるわけにはいかない。
「そろそろだ。屏風、傷は浅いがあまり動き回らず仕留めろ」
わざわざ立花様がお声をかけてくださった。その辺りにこの勝負が『危うい』と感じている己のカンは正しいと実感する。
最後まで追加のポイントは得られなかった。この勝負に自動防御は使えない。これまで『保険』付きの戦いばかりしかしてこなかった屏風にとって、本当の意味で殺し合いになる。
足がすくみそうになる段階はもう終わりだ。ここから先はビビッたら死ぬ。泣いても叫んでも誰も助けてくれない。
「このさい体裁はどうでもええ。盛り上がらんでもええから一発でブチ殺したれ」
ろくろちゃんがらしくない安全優先の発破をかけてくる。やはりまともにやったら勝てないとの判断だろう。それはとても正しい分析だ。
相手の力量が未知数とはいえ、この二妖怪の実力で測ったダイヤグラム。目算でも相当確かだろうな。
「まず勝ちましょうー。それがすべてを通しますー」
勝ては官軍。白雪様があらゆる世界の真理を手向けにくださった。どんな不条理もどんな悪徳も勝った者なら通る。都合の悪い真実は塗り潰し、聞こえ良く歪めて後世に残すことさえできる。
勝利とは暴力なのだ。どれだけ真実を謳い抵抗しようと、時間と暴力のふたつによって世界は流されていく。後世で事実が明らかになっとて何の意味もない。後世の権力者に都合が良ければ修正され、悪ければ隠蔽されるだけなのだ。
屏風はおまえらに都合よく踏みつけられるのは御免だ。だから何が何でも勝たせてもらう。
この戦いには正義も義憤も乗せない。国の面子も私怨も乗せはしない。そんな重いものはこの軽い人生に乗せられやしない。
今この瞬間はただの人と妖怪の生存競争だ。蹴落としてやる。
「両者、入れ!!」
とばり殿によって踏み砕かれた石畳は撤去されたものの、すぐ新しい石材を用意とはいかないようだ。仕合場となった九段峠の四段目は荒れ放題である。このデコボコになった地面はある程度天狗の機動力を削いでくれるだろう。
できれば空を飛んでほしい。
連中は空を飛べるといっても初動には羽と脚力を用いる。早く浮こうとするほど飛び上がるためのタメがあるのでキューブ設置の狙いどころになるだろう。逆にとばり殿のような脚力で地上を駆けられたほうが速くて厄介だ。空を飛んでくれたほうが屏風には都合がいい。
「我が貴様ごときの相手をしてやるのだ、ありがたく首を討たれるがいい」
抵抗すると手や足がもげて辛いぞ。そう言うと黒曜Bは手にしていた豪華な作りの大太刀を鞘から引き抜いた。
現れた刀身の輝きは120センチはあるだろうか。一般的に太刀と呼ばれる刀の長さでさえ80センチ未満である事を考えると、実に5割以上長いことになる。振り回すだけでも相当な技量が必要な代物だろう。
体を守る鎧は見えない。代わりに身を飾る装飾は交渉の場で見た本人とは違う。しかし豪華なのは同じだ。
どれもこれも赤の住人の生き血で出来ていると思うと頭の裏で吐き気がしそうだ。ここに立つ屏風にとっては装飾品というだけだがな。
本人は観戦しないのか、というこちらの質問に黒曜Bは薄く笑うだけで答えなかった。
開始の合図を口にしようとした彌彦様を目で制止する。向こうが抜いたのだ、こちらも抜かせてほしい。
腰に差した一振りの短刀を鞘ごと手にする。この刀の本当の持ち主は戦いを終えてぐっすりと眠っている。起こすのはかわいそうなので、後でこの刀を返すときにでも戦いの話を聞いてもらいたいな。
この刀と見てきた光景は幽世の厳しさ、生きていくことの理不尽を嫌というほど教えてくれた。飢えたら辛い、本当にそれだけの事実がどこまでも重いものだと突き付けられた。
「貴様、何を?」
その場でドカリと座り込む。別に立って戦らなきゃいけないってわけではないのでしょう?
引き抜いた短刀を逆手に、ああ痛いだろうなと思いながら地につけた己の左手に突き立てた。
血がぴゅうと噴き出し、場が騒然とした。敵も味方も観客も、彌彦様さえも驚いた気配がした。白の陣、後ろで騒いでいるのは白雪様だろうか。手から走る脳天に響くような痛みでよく聞こえない。
それでも口元は笑む。たったひとりを見つめて。
「狂ったか」
その一言で片づけるならそれもいい。おまえにとってそれでいいのなら。瞬きしない、視線は外さない、おまえだけを見る。
天狗? こんな情けない天狗がいるのか? お笑い草だ。目を合わせることもできないクセに。今の今まで一度も視線を合わせなかったよな? そんなに恐いのか?
「早く始めよっ!!」
恐くないと言うならこっちを見ろよ。この目を見ろよ。お話しようぜ? 舌戦だ。口上のひとつも垂れてくれ。その間ずっと見ていてやる。眼球の動きも瞳孔の伸縮も瞼の震えもまつ毛の数も、目ヤニだって全部見ていてやる。教えてくれ、どんな生き方をしてきたんだ? どんな気分なんだ? どんな望みがある? どんな願いがある? 何をしてきた? 何をされた? 何を返した? 教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ。教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ教えてくれ。
おまえは誰だ?
はじめぃ!! という言葉が耳に聞こえた。
そして黒曜Bは、たったひとつのキューブに捕らわれた。
痛くて自分で抜けない短刀を立花様に抜いてもらう。体は暴れないようろくろちゃんとひなわ嬢、夜鳥ちゃの総出で押さえ込んでもらった。そのまま治療に移行するためでもある。
白雪様の手で強引にてぬぐいが口へと突っ込まれ、消毒の激痛と針の往復に頭がおかしくなりそうな時間が続く。
「よく頑張りました。もう少しで薬が効いて痛みは取れますよ」
針から糸を切ったリリ様が汗ビッショリの屏風覗きを労ってくれる。耳はなんとか聞こえるが視界が定まらない、顔は情けなく涙と鼻水でグチヤグチャである。よだれも零れたかもしれない。
「何故あのような真似をした」
痛みに暴れる患者の足という、一番抑え込むのが大変な場所を担当したせいで乱れた着物を正し、立花様が当然の疑問を問うてきた。周りも大なり小なり衣服は乱れ血で汚れていて、一張羅を台無しにしてしまったことに申し訳なくなる。特に一番患部近くをガッチリ押さえてくれたひなわ嬢は屏風覗きの出血で血塗れだ。
この子は施術中、何度も何度も大丈夫だ、がんばってくだせえと励ましてくれた。ろくろちゃんは羽交い絞めで耳元に男やろしっかりせえと、夜鳥ちゃんは力がさほど無いので右手を押さえつけるのに必死で、それでも懸命に助けてくれた。
未だ痛みの中だが立花様の言葉に答える。
ヤツに『恐れてほしかった』のだと。
ベチョベチョの顔が白雪様の手で丁寧に拭われ水を飲まされる。てぬぐい越しに叫んだ喉がガラガラで言葉がうまく出ていなかったようだ。
落ち着いて喉の調子を確かめ、改めて伝える。
恐れて、警戒してほしかったのだと。
「言葉が足りん、薬が効いてくるまでで良いから話せ」
つまり初手で何も考えずにバッサリいかれのるが一番困ると思ったのだ。腐っても天狗、おそらく移動も攻撃も速度が尋常ではない。本気で来た天狗の一撃は人間の屏風覗きでは反応さえできないだろう。
審判のヨーイドンの瞬間、首が切り飛ばされてもおかしくない。
この勝負が決まった時からずっと考えていた。最初の立ち上がりがもっとも大きい博打になると。キューブの構築はタップというタイムラグがある。その指一本の動きさえ間に合わないかもしれない。かといって開始前にキューブを敵に使うは反則だ。
グレーな判定として自身をキューブで囲うという案も考えた。だがこれは審判にどう判断されるか不安がある。咎められたら手の内を見せた挙句に仕切り直しだ。そうなれば黒曜Bはいよいよ速攻をかけて目にも留まらぬ速度で殺しに来るだろう。そうなったら詰みだ。
だから立ち上がりを様子見、にらみ合いにしたかった。
「それが何でおどれの手ぇ、ブッ刺すことになんねん?」
陣幕の布地の上で正座したろくろちゃんがなぜか膝枕をしてくれた。女の子の生足の膝枕とは、屏風覗きはいつの間にか人生の確変が訪れたかもしれない。感触に思いを馳せる気力はまったく無いけど。
まあアレだ、恐いと思う理屈を考えたのだ。妖怪や幽霊がなぜ恐いのか。恐ろしいとは何なのか。
人の理屈で言えば、それは『よく分からない』『得体が知れない』『理解できない』ものじゃないだろうか。気味が悪いというやつだ。
刃物だって恐い、暴力を振るう相手だって恐い、津波だって雷だって地震だって恐い。でもそれは気味が悪いとは違う、ある物は対処できなくもないし、災害ならどうにもならないと諦めもつく。正体が分かっているものは判断できる。
では幽霊は? 怪奇現象はなぜ恐い? 妖怪は? これらはなぜ恐れられるのか。
人は理解できないことが恐いのだ、枯れた柳が揺れるだけでも実態を知らねば恐く感じる。のっぺらぼうが主人公に何をしなくても顔を見せただけで恐いと悲鳴を上げられるのは何故か。
それが何なのか、何をしてくるか分からないから恐いのだろう。
それでも一目散に逃げる者ばかりではない。知性のある者は学習するし探求する。逃げることなく立ち向かう者だって現れる。
そんな勇敢で無謀な彼らはきっと調べるだろう。じっくりと時間をかけて。
だから黒曜Bに気味が悪いと思って欲しかったのだ。初手で一気に飛び込まず、様子見してほしかった。
そのために『よく分からない』事をしたかったのだ。『気味の悪い』事をしていると思わせたかった。そのために無い知恵で捻り出した唯一の方法が自傷。
わざわざ仕合開始前に座り、手を突き刺して、笑い、見つめ、問うた。これらにさして意味はない。最初から理論的な答えが出ない行いだ。
唯一意味があるとしたら、刃の貫通した左手を相手に掲げて見せつけて、右手の行方を眩ませた事か。袖のスマホっぽいものを弄るために。こんな素人の視線誘導で騙されてくれてよかったよ。
これらの行動で願った成果はたったひとつ。『得体が知れない』と思わせたかっただけ。わずかでいい、キューブをひとつ使えるだけの時間を躊躇して止まってほしかった。それだけだ。
ジンジンしていた傷の痛みがクラクラに変わってきた。視界がぐにゃぐにゃして着ぐるみでも着たように感じるほど周りの感覚が鈍い。
ああ、これはダメだ。起きていられない感じがする。意識のあるうちに聞かないと。立花様、あのキューブはどうしましょう?
「あの位置では参拝客に迷惑だな。撤去しろ、中身は心配いらん」
薬の影響か震えが止まらない手でなんとかキューブを解除する。睡魔に飲み込まれる耳の端で、立花様のお褒めの言葉が聞こえた気がした。
≪アナウンス 妨害が撤去されましゅた。保留実績を解除しまった≫
<実績解除 村にょ術者 2000ポイント>
<実績解除 町にょ術者 2000ポイント>
<実績解除 国にょ術者 2000ポイント>
<実績解除 砦の主しゃま 5000ポイント>
<実績解除 投下ランものは音に聞け、地下からば寄って目に模様 5000ポイント>
<実績解除 轟きゅ名声 5000ポイント>
<実績解除 妖怪にょりコワイ 5000ポイント>
<実績解除 累積ポイント達成 5000ポイント>
<実績解除 いっぺんぺんに解除 5000ポイント>
<実績解除 最大獲得ポイント達成 5000ポイント>
<10000ポイントで世界が開かれます YES/nウッ>
何度修正してもポイント列が揃わない。どうすりゃいいんだ