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解説『それでは映像で振り返ってみましょう』

誤字脱字のご指摘いつもありがとうございます。


とうとう車のガラスに霜がビッシリの季節となりました。天気予報で今年は豪雪の予想がされているそうで今から憂鬱です。雪かきはしんどい…

 とばり殿、お疲れ様。ゆっくり休んでほしい。


 急に眠ってしまったので頭でも打ったのかと焦ったよ。診察したリリ様曰く、酷く疲労しているが大事無いとのことだった。それだけ緊迫した戦いだったのだろう。


 素人目線での解釈だが、とばり殿と唐墨の戦いは技巧戦の様相を呈していた。唐墨は術を、とばり殿は技をと、使った得物こそ違っていても、さながら詰将棋のような一手の間違いも許さない緊張感を感じた。


 私情を抜いて言えば、まず初手で唐墨が飛んだのは正直うまいと思った。


 とばり殿は空を飛べない。仕合場という制約の中で上空は唯一大きく距離を取れる方法だ。相手の間合いの外から攻撃する戦術は極めて正しい。


 唐墨(ヤツ)から受けた印象として、止む無くプランBを選択した感じだったけどな。


 たぶんだが、初戦のひなわ嬢VS大渡(おおわたり)の焼き直しをしたかったんじゃないだろうか。朝から意気込み過ぎだったとばり殿は、唐墨と対峙してますます意気込んでいた。それこそ開始の合図の前に突撃しかねないほどに。


 幸いすんでのところで冷静さを取り戻したとばり殿は、相手の挑発に攻撃ではなく挑発を返すくらい落ち着きを取り戻した。それを感じた唐墨は不用意な突撃からカウンターを取ることを諦め、数手分の安全を優先して空に逃げた(・・・)のだろう。


 とばり殿は投擲が得意だ。戦いの主力と言っていいくらいよく使う。これはこの子を知っている者なら大抵は知っている事だと思う。当然、対戦相手の唐墨も事前に調べていたはずだし、この情報は簡単に出てきたはずだ。なら対処のひとつもすぐ講じた事だろう。


 だから空に逃げたのだ。


 いくらとばり殿が弾丸めいた勢いの手裏剣を飛ばせても、それは表現上の比喩でしかない。元より初動の分かりやすい投擲武器。遠間で横から、という条件なら屏風覗きでさえなんとか視認できる。加えて重力でパワーを奪われる上空への投擲では威力も速度もすぐ落ちてしまう。


 屏風覗き如きが見える(・・・)攻撃なら、あの場の誰でも見えたろうな。それだけ地面から空への攻撃は不利を背負うものだ。距離があればあるほどに。


 相手の得意分野に対処したい唐墨からすれば、空こそ一番安全だったわけだ。さらに集中したかひらめいたかは知らないが、弾避けの術みたいものでも掛けていたらしい。躱す素振りも見せない唐墨への命中コースだった手裏剣が、何度も不自然に反れていた。


 躱し易く威力が減衰する空へ逃げ、かつもしも(・・・)に備えて防御の術もかけておく。二重三重に保険をかける徹底した守り。攻めっ気の強い姉と違い、妹は防御も考えるタイプだったようだ。


 だが、その守りの成果に欲張って攻撃に転じたのが転機だ。


 空気の塊か何かを撃ち出す術で攻撃した唐墨だが、素早いとばり殿に翻弄されていた。大砲では当たらないと判断したのか、次に撃ち下す弾丸のような石の雨を降らせたが、それさえ躱され逆に石をぶつけられている。


 急に防御の術が消えたのは攻撃に転じたからだろうか? すぐに掛け直せる類の物でもなかったらしく、さらに高所に退避した唐墨の判断はなかなか迅速だ。


 しかし悪手でもあった。


 いや、これは唐墨のミスというよりひなわ嬢のナイスアシストと言うべきかな。彼女の野次に触発されて、最初からとばり殿寄りが多いギャラリーから赤に猛烈なブーイングが飛んだのだから。この辺がホーム強み。とばり殿の人徳も乗った成果だ。


 彌彦(いやひこ)様からも正式に『場外判定として空はグレーだから、10秒以内にそこそこの高さに戻れ』的な通告をされた唐墨はもう戻ってくるしかない。


 だがそこは『陰険』と評された唐墨。突撃と見せて目潰しの術で再び保険をかけてきている。あの徹底ぶりは慎重というより性格が悪いが故だろうな。


 間抜けにもこの目潰しを屏風覗きもちょっとばかり食らってしまったので、ここからは視界が悪くなり憶測が混じる。


 とばり殿はどこからか(おもり)付きの細い鎖を取り出して、急降下してくる唐墨に投げつけたようだ。この鎖に引っかかったことでうまく飛べなくなったヤツは派手に地面に激突している。


 空気の半端に抜けたボールをぶつけたみたいにドバンッ、という感じでヘタった音をさせつつ石畳をバウンドしていた。人間ならあの時点で瀕死だったろう。


 だがヤツは元気に飛び退けるくらいピンピンしていた。術か何かを使ってギリギリ防御したのかもしれない。


 そして唐墨はここに来て舌戦を始めようとした。ダメージを受けて休憩を欲したのか、悪い流れを変えたかったのか、理由はちょっと分からない。

 だがこれに乗るとばり殿ではなかった。痛烈な皮肉で相手を怒らせ、そのまま消耗戦に持ち込んでいく。


 このあたりで屏風覗きの視力も完全に回復して、二妖怪(ふたり)の最後の応酬を見ることが出来た。


 今思えば、とばり殿はもうこの時点でフィニッシュまでのコンビネーションを構築していたのだろう。


 決まり手は空中で分離した大きな手裏剣。しかし、そのトドメの手裏剣に辿り着くまでの小さい手裏剣による積み上げこそあの大技を決めた。


 とばり殿は様々な角度から正確に、自在に手裏剣を投げることができる。さらに最終局面で使っていたのは星形の手裏剣。あの武器は一部を変形させて反り(・・)を加えることで変化球めいたことができるのだ。


 やろうと思えば真っすぐと思わせて手足などの末端を狙ったり、逆に大外しの大暴投から胴体なんてこともできる。

 過去に雑談の流れでお遊び程度に見せてもらったことがあるが、あの子はカーブもシュートもスライダーも、フォークのような急に落ちる軌道や、逆に浮き上がる軌道さえ自由自在なのだ。


 なのに、それだけできるとばり殿が放っていたのはストライクオンリー。ボール玉を散らさず全て正中線(・・・)を狙って投げていた。それが顔か喉か胸か腹かの違いはあっても、真ん中に。


 それこそが撒き餌。


 唐墨は高速飛来する手裏剣をなんとか錫杖を使って捌いていた。捌いていると思わせられていた(・・・・・・・)。必ず中心のどこか(・・・・・・)にくる手裏剣を楽に弾くために、徐々に徐々に錫杖を()に構えるようになっていた。


 無意識に。


 とばり殿は誘導していたのだ。横や斜めに錫杖を構えられては運よく弾かれる可能性もある。だから縦に構えるよう誘導した。あの分離手裏剣のどちらかでも必ず当たる様に。


 結果はどちらも命中。あの子の努力は最高の形で実った。


 致命傷ではない。だが両方の腕の腱を金属の刃に断たれた唐墨に勝ち目はもう無く、当人もその自覚があったのだろう。血を吐くような声でギブアップを宣言していた。


 それでおしまいだったら良かったのだけど。


 仕合終了後にとばり殿の雰囲気がどうも怪しかったので強制で連れ帰った。恨み骨髄という話は聞いているがこれは『仕合』という取り決め、すなわち『約束』をこの子に破らせるわけにはいかない。


 せっかくの勝利にみっともなくて悪いけど、無理やり抱きかかえさせてもらった。


 些細な問題として戦闘直後で気が立ってるところに迂闊な接近をしたため、うっかり死にかけてしまったがチクッとしただけだから問題ない。


 あと石から守ってくれたろくろちゃんにここで感謝を述べたい。


「あほ言っとらんと早よ傷見せっ!? 血ぃ出とるやないかい!」


 動物は後ろから近づいたらいけない、それは鳥類でも同じ事らしいです。





 何針か縫われたのち布を当てられ、さらにその上からさらしをキツく巻かれた。傷は小さく筋肉で止まっているので命に別状はないそうな。これは日常が筋肉頼みの幽世生活の賜物だわ。

 どちらかと言えば傷自体より、縫われる痛みと立花様が口に含んだアルコール消毒代わりの焼酎を吹き付けられたのが痛かったよ。


 治療を終えて着物を直しているとき、赤の陣で大きな悲鳴が上がった。口に物を含んだ感じの籠った声にも拘わらず、痛ましすぎて耳を塞ぎたくなるような絶叫である。


「向こうさんのはでっかい返し(・・)がありやすからねぇ。ありゃあ抜くのは大変でしょうよ。傷の前に痛みで死ぬかもしれやせんねぇ?」


 ひなわ嬢がなんとも意地の悪い顔でニヤニヤしている。あの大きな手裏剣には(やじり)のような返しがあったからか。あれでは矢のように折って貫通させたりもできず、治療するには引き抜くしかない。それも二本。


 敵の事とはいえ、なんともぞっとする話だ。赤の天狗たちはゲームでよくある魔法で一発とか、薬で一瞬にとはいかないらしい。


 過去にとばり殿とひなわ嬢を治療してくれた御前お抱えの医者というのは、実はものすごくレアな妖怪物(人物)なのかな? 国宝級の鬼女氏の事といい、白ノ国は多方面に妖怪材(人材)が厚いな。


「おお、この(・・)帯抜きよったんか。恐ろしい(おっそろしい)のぉ」


 この耐え難い悲鳴も妖怪たちにはそよ風程度のものなのか。誰も動揺した風ではないのがちょっとショックだ。知り合いの悪い面を見てしまった気分。


 善悪のイメージで言えば(イビル)寄りのひなわ嬢やろくろちゃんは順当として、中立・秩序の立花様も完全に無視している。

 中立・悪寄りの印象がある夜鳥ちゃんも特に気にした素振りを見せない。こっちは寝ているとばり殿の世話に夢中なだけかもしれないが。


 白雪様は(ロウ)寄り混沌(カオス)というところかな。ひとりだけ『運が悪かったね』という感じに片手で赤陣営の方を拝んでいた。なお尻尾の動きを見る限り『うるさいからチラッと見たけど、ほとんど興味無い』猫のそれである。


 いずれも屏風覗きの勝手な印象なので聞かれたら怒られそう。


 こういった割り切ってる感じは妖怪だからなのか、厳しい時代を生きてきた長命者だからなのか。どこか外国人とのやり取りで感じる違和感のような、ズレたものを感じることがあるな。もちろん幽世(ここ)でズレているのはこちら側だ。


「御前が特別に鍛え上げさせた業物だ。(まじな)い無しでもちゃちな鎧なら簡単に抜ける鋭さよ。織部の帯でも止めるのは無理だろう」


 ろくろちゃんの疑問に応えた立花様の仰るには、今回のために急きょ用意されたこれらの衣装は、白の呉服を扱う織部ころも、きぬ様のしつらえた殊更丈夫なものらしい。矢も槍もまず通らないそうな。


 うちのボスはどれだけ立派な御方なのだろう。戦いに赴く者たちのために、こういう形で無言のままに援護してくれていたのか。


 御前(・・)のご尊顔はまだ(・・)拝見したことはないが、きっと身も心も炊き立て白米のように輝く美しい方に違いない。


 チリンと鳴る音の悪い鈴は、今日もあの方の手首と尻尾を行ったり来たりしている。

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― 新着の感想 ―
[一言] 立花さんがやった、時代劇でたまに見かける酒を口に含んでから傷に吹き付けるのって衛生的にどうなんだろうな? 立花さんならともかく、屏風にやられたら訴訟不可避だわ。
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