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別視点。ひなわ、壱の祭り

誤字脱字のご指摘、いつもながら呆れるほどの量なのにありがとうございます(感謝)


ガソリン高いですね…、私の使っている車だと五〇〇〇円で満タンにならないです。電気へ移行させるための陰謀のような気さえしてきます。

「それでは皆様方。不詳、火吹き女のひなわが一番手を務めさせて頂きます。いやまあ? すぐに済むと思いやすので残りのお二方はご用意をお願いいたしますぜ。なにせ相手は三下も良いところのお嬢ちゃんだ、頭に殻つけて粗相をしてはしわくちやの叔母ちゃんに頼り切り、ひたすらピィピィ鳴いてる雛一匹に遅れを取る(むじな)なんざ、この幽世広しと言えど一匹だっていやしませんからねぇ。あれは確か、ああそうそう、器のちいせぇちいせぇ小渡とかいう鴉でしたっけ? 名前のわりに頭は餓鬼のまんまで体ばっかりよく大きくなったもんですなぁ。羽を毟れば贅肉のついた団子みてえな体が出てくるんじゃありやせんかねぇ。いやあ残念だ、生憎と白ノ国に来てからうまいもんばっかり食ってるんで。病気持ちの鴉は口に合いそうにありやせん。丸々とでっぷり太っていても嬉しくも何ともありゃしませんわ。うはっ」


 鉄砲で勝負がつけば良し。しかし相手が天狗ではそうも言っていられない。如何な赤の間抜けでも目に見えた銃口で素直に狙わせてはくれないだろう。


 となれば最後は婆のところで仕込んだ奥の手の出番。できればその一歩手前で勝負がつけばまあ良し。こっちはそろそろ種も知られ出している、ここらが見せ札に変える頃合いであろう。手足に仕込んだ短筒は安くない出費だというのに、いつの世も弱い獣が生きるのは大変だ。


「地を這う獣風情が! 生きたまま臓物引き抜いてやるぞ!!」


 間抜け。こちとら開始の前の舌戦はお手の物だ。どんどん怒れ、我を忘れろ、鉄砲前にしてもまっすぐ来ておくれ。さあさあもっと返してこい。客は口の下手なほうにはつかねえぞ?


 ふと苦笑している屏風(あいつ)の顔が見えて、ひなわは一旦口を閉じて不敵に笑った。そう見せる。余裕があるように見せかける。


 九段の峠の四段目。そこに設けられたる竹の輪で、ぐるりと囲った円陣が今日のひなわの戦場(いくさば)だ。


 普段であれば始めの合図で戦うなど真っ平御免。さりとてまあまあ、今回ばかりはしょうがないと割り切ろう。


 屏風(あいつ)には十分吹っ掛けた。それでも、やはり奥の手は見せたくないが。


 ひなわは獣だ。長い時間を経て人の知恵を持つようになった存在。人の世にて経立(ふったち)と呼ばれた妖怪であり、この人の身は人間から剥いだ皮を被った仮初の姿。その中身は足が三本しかない毛むくじゃらの汚い穴熊でしかない。


 過去には己で剥いだ男や老婆の皮も被ったこともある。所詮は素人作りの生皮など酷いもので、とてもじゃないが油断を誘えるようなまともな姿に成れなかった。


 そこで(むじな)は知己の鬼女婆から大枚をはたいて人の皮を買った。その皮の出来たるや素晴らしく、(けだもの)は美しい少女の姿を手に入れた。こうしてひなわはますます人や妖怪を殺めましたとさ。めでたしめでたし。


 これがひなわと名乗る己の、人喰い(むじな)の昔話。どこにでもあるつまらない妖怪談。


「おや旦那、そんなに見ないでおくんなせぇ。こっ恥ずかしい」


 手を胸元で軽く振って笑ってやれば屏風(あいつ)は困ったように笑った。


 お稚児趣味とばかり思っていたが違うのか? あるいは容姿の傾向が単純に趣味に合わないか。これで皮の容姿(なり)にはかなり自信があったのだが。いや、あれの趣味なんてどうでもいいが。


 屏風(あいつ)の隣にいる(うち)(カラス)が真面目にやれとうるせえが、これもひなわの戦法だ。現に効果は覿面、相手はいよいよ頭に血が上ってお仲間の声さえ届いていない。


「盛るな(けだもの)がぁ!!」


 とかく容姿の美しい女の姿は都合がいい。ただし年頃は性欲を持て余したうるさい蠅が集りかねないので面倒、そこで思いついたのがもっと若い子供の皮を被る事。これはこれで歪んだ下郎が引き寄せられることあるが、そういう手合いは簡単に殺せるので楽でいい。手足が短いのは元の己が小さいことを考えれば不便も無い。


 こうして(むじな)のひなわは子供の女の姿を好むようになった。昔は人の肉を、今は頭の悪い三下妖怪の金を奪うために。


 戦法はとても簡単、見た目で油断を誘い鉄砲を必殺の間合いで放つだけ。爪も牙も強くない獣にとって、有無を言わせぬ鉄砲の威力はとても頼りになった。


 あえて不満を言えば、兎にも角にも鉄砲の用意は金が掛かるのが難点だ。


「はじめぃ!!」


 裂帛の気合に満ちた鬼の声が響く。縄で括られていた猪みてえに飛び出した天狗は、やはり速い。得物は錫杖、ただしその切っ先は鋭く磨かれている。杖とは名ばかりの殺すための道具だ。


 鉄砲使いは初弾がすべて。向こうさんもそうだと思って頭に血が上りながらも二度短く横に飛ぶ。だが我慢はもうそれで限界、次でこちらを貫くつもりだろう。


 そんな獲物を見ては昔を思い出す。これ(・・)と同じ思いを何度もしたと。一発では外した後が怖い、鉄砲を知っている者には見せた銃など簡単に当てられぬ。


 そのうちひなわは寸法を切り詰めた鉄砲、短筒も持つようになった。昔はちょっと形が違うだけでも存外馬鹿は騙されたものだ。


 鉄砲の用意は手間が掛かるのも難点だ。


 鉄や煙の臭いは生き物に危機感を呼び起こす。油断を誘うしかない己に合わぬ。そのうちひなわは『皮』の骨を引き抜いて腕の中に短筒を仕込むようになった。ちょっと臭いが消えれば存外馬鹿は騙されたものだ。


 今やひなわの体は武器だらけだ。肩にいつも担いでいるのは見せ札の火縄銃一丁だけだが、その手足に都合四丁の火打ち式の短筒が仕込まれている。この手足の短筒こそ過去のひなわの奥の手だった。 


 ああ本当に、武器の用意は金と手間が掛かる。弱者が生きるのはままならぬ。


 ズドン、という鉄砲の音が峠に鳴り響く。用意していた火縄銃に見せかけた(・・・・・)火打ち式銃が鴉の足先を捉える。火縄にまだ火のついていないはずの銃を、それでも警戒していた鴉は結局騙された。これが最初から火打ち式と知っていればもっと警戒していたろうに。


 馬鹿が騙され、歩法での幻惑を怠った代償は足の中指。


 ちと外れ。だが撃ち出された鉛玉が削いだ足の指こそ『飛ぶ』翼では出せない『跳ぶ』俊敏さの要だ。途端に鴉の動きが鈍る。

 そこで痛みを押して踏み込めないのが馬鹿だというのだ。ひなわの知る(カラス)であれば、傷ついた足でもお構いなしで地を蹴っただろう。


 ひなわは惜しげもなく持っていた銃を投げつける。


 丈夫な(かね)を使う銃はそこらの雑兵が持つ槍よりも重い。痛みで飛び退けず錫杖で受けた鴉の顔がさらに歪む。伝わった衝撃で思わず踏ん張ったせいで足の痛みが襲ったのだろう。


「うはっ」


 やがて(むじな)は銃の通用せぬ獲物に向けて火薬を投げつける事を覚えた。同時に火薬、炮烙玉は容易に調達できないことも知った。


 何より誰かに用意させたらそれで仕掛けの種が割れてしまうかもしれないと考えると、油断させることを大前提とする(むじな)の戦いに合わぬ。


 ひなわは盗み取った人の知識で自ら火薬を調合するようになった。失敗で死にかけたこともあるが、この頃には妖怪となって久しい経立の体は思ったよりも丈夫になり、どうにか生き延びた。


 手製の炮烙玉は爆発だけではない。煙玉、閃光玉、轟音玉、火炎玉と多岐にわたり習得した。中には悪臭玉と名付けた鼻の利く獣にとっては最悪の代物もある。これらもまたひなわの奥の手だ。生憎とこれらは被害が大きすぎて、さすがにこのような場では使い難いが。


 だから今日使うのはただの油だ。こんな野卑な己が今まで赤子を抱くようにして後生大事に腹に抱え、膨らみでバレないよう今まで腹をへこませて抱えてきた代物。高価な油がたっぷりと詰まった特製の瓶を動きの止まった鴉に投げつける。


 脆く簡単に割れた瓶から零れた臭いに、敵が味方が観客が凍り付く。そしてひなわの手には頭から毟り取った後髪。


「さてお立合い」


 喉から手が出るという言葉がある。ある日のひなわは皮の口から本体である己の手を使って、腹の中から銃口を突き出す裏技を考えた。


 裏技に使う銃は口だけが異様に大きく作られた短筒。獣の体ではまともに狙いをつけられないため、とにかく弾となる物が当たるよう広く飛び散る形に仕込んだ特性の一丁。これが少し前までのひなわの本当の奥の手だった。


 たっぷりと仕込んだ塩の塊で激痛を与える戦法は思いのほか当たった。海塩を用いた清めの塩は魔や幽霊にもよく効く。清めが効かぬ輩でも塩を傷口に刷り込まれれば生者は呻いた。


 ただこの奥の手は難点だらけだ。まず本物の清めの塩は高価で調達も難しい。皮の口から銃口を突き出すので皮が痛む。間合いが短く狙いもつけ難い。


 そして何より、生身を外に晒しかねない。汚く卑しい、毛むくじゃらの穴熊の身を。


 ひなわがそれをとても嫌と感じるようになったのはいつの頃からか。それでも必要であれば割り切って使った。羞恥程度の事で躊躇って死にたくはない。


 それなのに。


 この身を晒すのが本当に嫌と感じるようになったのはいつの頃か。たとえ死んでも嫌だと思うようになったのは。


 遠い昔の気もするし、ごく最近の気もした。


 理由はない。なんとなくだと、ひなわは己にそう言い聞かせた。日陰で生きてきた己の晴れ舞台を見守る、お人良しの人間の事など何の関係もない。


 突き出した左の手の平。その荒い縫い目の奥に仕込まれたのは、かの大口の短筒。獣が腹の中で持っていたひなわの奥の手。


 口の大きいその銃は、鉛玉といわず銃口の大きさに合う限りなんでも入る。金属の欠片、石ころ、砂利や木片、塩の塊を飛ばすは常とう手段だ。


 ひなわの編まれた後ろの付け髪が解ける。道具一式を失ったさいに非常用の導火線(火縄)として使うため、たっぷりの硝石を浸み込ませている後ろ髪を毟って銃口に込める。


 その銃の奥には、初めから小さく砕いた火打石。


 はたして鴉は(むじな)のしていることが理解できたか? ただ危ういとだけは本能で悟っていただろう。だから飛んだ、思わず知恵を忘れて飛び立った。


 鴉として、天狗として、空に頼った。獣が何をしようとも届かぬ場所へ。


 鳥の身なら一瞬であったろう。たが、今の鴉は人の身。必死に羽ばたき、やっと宙に浮かぶ姿は止まって見えるほどに無様。


「うはっ」


 かつての(むじな)であれば絶望する光景であったかもしれない。己を狙う黒い影が大きくなる、それは死が近づいてくる証拠。捕食者の爪が食い込む前触れ。それは生きたがりの獣には何より恐ろしい事。


 そう、それはかつてはの話。地を無様に這い、空に届かぬ爪と牙に歯噛みした昔の話。


 バスン。一射目より遥かに乾いた音が響く。


 そして大渡と呼ばれる鴉の視界は火に包まれた。発射された火打石がぶつかり合い、硝石を沁み込ませた髪に引火する。


 いくつもの火種が、油に濡れた天狗に着火した。


 地に落ちた鴉から女らしい悲鳴が上がる。周りからも悲鳴が上がる。あらゆる思考を完全に放棄して、死に物狂いで転げ回る大渡を無様と呼ぶ者はいないだろう。


 火だ、何もかも焼き滅ぼす火。獣の本能が、焼けていく肉の痛みが、焦げる臭いが、誰にも耐えようの無い恐怖を呼び起こすのだから。


 たとえ冷静に見れば死ぬほどの火でなくとも、思うよりもずっと早く消える火であろうとも。火は生者の心に強烈な衝撃をもたらしてしまう。


 だが、この火計さえひなわの本命ではない。


 獣がすかさず拾い上げたのは己が捨てた鉄砲。ただし、弾は込めない。その使用法は極めて野蛮で、確実な方法。


 滅多打ち。


 火を消そうと必死に転げ回り、頭が真っ白になった無防備な鴉を滅多打ち。火薬を炸裂させる鉄砲は頑丈で重い。力の限り振り下ろせば、それこそ雑兵の持つ槍よりも硬くて重い鈍器となる。


 誰もが言葉を失う。幾度めかに肉が潰れる音に混じり、骨の砕けた音がした。


「そこまで!! 勝者、ひなわ!!」


 静まり返る会場に片腕の鬼が勝者を告げる。その声が響いても誰も歓声は上げない。それほどに凄惨な勝ち星だった。誰もが目の前で血に濡れた勝者を称えることを躊躇するほどに。


 所詮、自分はこんなもの。誰にも褒めてはもらえない。知っていることを突き付けられてもひなわの心は動かない。やるべきことをやっただけだ。不満など無い、一手間違えばここに転がっているのは自分だったろうがゆえに。


 ぱちぱちと、強く手を叩く音がした。何度も何度も。そちらを見なくても誰かは分かる。それでもつい見てしまう。都合の良い幻聴と思いたくなくて。


 たったひとりで万雷の拍手をせんと手を叩き続けるのはやっぱり屏風(あいつ)。空しく響く乾いた音。けれど、その拍手は隣におわす恐ろしい化け傘に引き継がれる。音は伝わるように伝播していく。


 (カラス)に、雀に、猫に、太刀に、鬼に、そして世界が浮いていくように会場に。


 いよ、日本一! そんな精一杯な合いの手を入れた屏風(お節介)に、人生を腐ってきた(むじな)はこいつやはり馬鹿だなと呆れる。世の不条理に凍えてきた弱い獣の心はこんな事では動かない。


 口元が持ち上がったのは、たぶん気のせい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 強いものに弱い天狗が下に見てるんだから、ひなわさんと天狗とでは圧倒的にひなわさんが不利なんだろうな。 そりゃ、やりすぎなくらいやらないと駄目だよな。 2度目のチャンスなんてこないだろうし。
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