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それは烏。大空を舞う、誇り高き太陽の使者

いつも誤字脱字のご指摘ありがどうございます。


よく咽喉風邪をひくため昔からうがい薬を使っております。ご存じの通りヨウ素系の血みたいな色のお薬なわけですが、今朝うがい中にむせてしまい凄惨な事件の後、みたいな事になりました。

薄めとはいえ、それがますます『血を洗った後』みたい…

 ではそろそろ出発と、ろくろちゃんのお悩み相談から呼び戻しに来た夜鳥ちゃんに連れられて、きつねやの玄関に来た屏風覗きは今度はとばり殿にインターセプトされた。


「やはりまだ着替えていなかったか馬鹿屏風っ、手のかかるやつめ!」


 ちっちゃい守衛さんの肩に担がれていた葛籠(つづら)がポンと押し付けられ、さっさと来いといつぞや治療で入ったことのある見知った一室にグイグイと押し込まれてしまった。閉じられる襖の向こうで置いてけぼりの夜鳥ちゃんが、ハブられたのになぜが嬉しそうに見えたのは見間違いだろうか?


「今少し時間を稼いでおきます。ごゆるりと」


 襖がピシャリと閉じる間際、そう言ってお辞儀をした夜鳥ちゃん。一見すると気遣いに溢れているはずなのに、君はどうしてそう、ねちっこいというか腐った目ができるのか。密室でこの子とふたりでも何も起きやしえよっ! ノーショタ、ノー衆道。OK!? 


 青臭い薬品の刺激臭がする部屋で急かされるままに服を着替える。ここでこの子に湿布を張られたのが随分と昔に感じられて懐かしいくらいだ。あれからまだひと月と経っていないのに。


 過ごした内容が新鮮なうえに濃すぎて、ここ最近だけで今までの人生の10年分は経験した気がするなぁ。


 それだけ以前の人生がペラペラのセロハンテープみたいなものだった、ってだけか。しかも貼る前にクルンと丸まって粘着面がくっ付いてしまったやつ。一度ついちゃうと剥がしても粘着が弱るし剥がした跡が見っとも無いので結局捨てるしかないんだよね。


 起きて仕事して寝る。起きて仕事して寝る。起きて仕事して寝る。まさに丸まったセロテープみたいな生活。何周したかも覚えてない日常。いっそメビウス状にでもなってしまえば裏が見えておもしろかったかもしれない。


 何もないそれが一番尊いのだと、分かっているけれど。


「帯が甘い。ちゃんと整えつつ締めろ。後から直すとしわが出来て見てくれが悪くなる」


 もう時間がない、手を上げてろ。そう言ってもたつく屏風覗きの手から帯をかっさらい、とばり殿の手でキュキュっと美しく帯が締められていく。これでもひとりで着れるよう手順は覚えたしやっていたつもりなのだけど、やはり日常動作の質は経験値がモノをいうなぁ。


 初めは着物の着方なんてさっぱりで、やはりこうしてとばり殿に着付けてもらったものだ。あの頃はとばり殿も口調がお客様対応でよそよそしかったのを覚えている。


 初対面では合間合間に下郎とか下賤とか侮蔑の言葉も挟まっていたな。そして今もたまに馬鹿屏風とか言われております。こっちは反論のしようがない。


「なんだ? 変な目で見るな」


 尻に足をかけられてギリギリと帯締めされてしまった。いやいやそこまで太ってない、はず。それに変な意味で見たわけではないのに。


 こんな人でなしの人生に、いつの間にかとても楽しい思い出が出来ていたんだなと思って、ついノスタルジックになってしまっただけだ。


 これはいけない、ろくろちゃんのときもそうだったけど、どうも朝から過去の映像を思い出すというか死亡フラグっぽいものを立ててしまう。


 楽しい今このままで死にたいとか、時が止まればいいなんて鼻につくセリフを吐けるキザな人間にはなれそうもないな。自重自重。祭りが終わった後のご褒美で誰かと甘いものを食べる計画でも考えているほうがお似合いだ。


 いやまあ、それも死亡フラグっぽいけどさ。それでも夢見てしまうのだ。


 例えば仕上げとばかりに全体のバランスを見て、仏頂面で屏風覗きの周囲をクルクル回っているこの子と一緒に。また食べ歩きでもしてみたい。


 顔は動かなくても気遣ってくれる気持ちはとても伝わってくる。そのやさしさに感謝。


「よし」


 こんなところだろう、とお墨付きが出たのでお礼を言う。そして誰にも渡せないふたつ以外で預けていた持ち物の中から、とばり殿の好意で貸してもらっている短刀を差し出す。


 真剣な戦いの場に赴くのだ、使い慣れた得物が一番だろう。


「いい、おまえが持っていろ」


 これはうっかり、ちゃんと手入れをされていたか怪しい物をこんな土壇場で渡されても困るか。戦闘中にボッキリいったら悪夢だものな。そしてわずかでも不安があると無意識にブレーキがかかって全力を出し切れないのが土壇場のあるあるだ。命のやり取りの前だというのに、何とも気の抜けた恥ずかしい行為だった。


「屏風、おまえ何か妙な勘違いをしているだろう?」


 ひとりで納得していたこちらを下から睨みつけてくるちっちゃい守衛さん。おぉん!? という感じでとてもヤンキー。ろくろちゃん発症のものだとすれば感染源に猛抗議しておきたい。真面目な警察官と真面目なヤ〇ザはどちらも表面上は礼儀正しいが、それらは似て非なるものです。


「おまえがまともに刃物を使えんのは分かっている。それはお守り代わりだ」


 どんな術を使えようが得物をひとつは持て。目に見えるそれが世におまえの覚悟を示してくれる。


 まるで出来の悪い弟分に言い聞かせるように、友は誇らしげに笑った。


 それこそこの子の生き方の狼煙。他者に示す自身の起点。出生、身分、派閥、能力、思考。すべてを示したこの位置に、剥き出しの私がいますと。その笑顔が堂々と伝えている。


 それは覚悟。覚え、悟った、心の宣言。


 武器を持つという事、それは理不尽に奪う力があると伝える事。


 武器を持つという事、それは抗う牙があると伝える事。


 理不尽に奪いに来るなら迎え撃つと示す事。武器は振るうから武器なのではない。『持っているだけで武器』なのだ。この子は守衛、武器とは守るための力。


 勝手に踏みつけられてたまるか。勝手に守られてたまるか。戦うのは他の誰でもない、武器を持つ己自身だ。


 その克己心こそ一羽の誇り高いカラス、とばりという白ノ国の守妖怪(守人)が武器を手にする己に問うた資格。


 どこまでも、抗う覚悟。


 言葉にせずとも伝わる、分かる。それが幽世で初めての友人、とばりが武器を持つ意味なのだと。


 手から離れることなく再び腰に戻ってきた短刀を想う。屏風覗きにこの子のような立派な考えは無い、やけくそに振り回して必死に身を守るくらいしか思いつかない。時にそれ以上のことを敵にしてまで確実な安心を得たいと考える、どうしようもない下種でしかない。


 おぼえてろ、なんてセリフを吐かせるくらいなら片っ端から殺してしまうような最悪の臆病者。それが屏風(これ)


 それでも友から預けられたこの誇り高い短刀は、屏風(これ)を許してくれるだろうか?





 屏風覗きに用意された今回の着物は白装束に見えるほどの、煌びやかな白銀色の着物。それこそ時代劇の若様が着こなしていそうな、モノトーンなのにこれ以上なく歌舞(かぶ)いているという攻め過ぎカラーである。そのうえ背中にはデカデカと黒字で『屏風』。


 ダイナミック過ぎる。悪代官と御家人屋敷でチャンバラしてるより、獰猛で不敵な笑みを浮かべて破けた長いマフラーを靡かせなきゃいけない気分だ。


「馬子にも衣裳、というやつだな」


 とばり殿、着付けた当人が仰るか。顔を背けて堪えつつ言うあたり、気遣ってくれているのだろう。しかし、似合わないのは着用者が一番よく分かっているので好きに笑ってくれていいよチクショウ。高い反物の無駄遣いもいいところだ、布の生産者やお針子さんに申し訳ない。


 そこでとばり殿の衣装も普段とは違うことに気が付いた。山伏ルック自体は一緒だけど生地の質感が明らかに違う。おそらく屏風覗きの着物と同じ布と思われる。艶のある白地はまるでプラチナを糸に錬成したかのようにキラキラと輝いている。


「分かるか? わたしの衣装も御前が用意してくだされたものだ」


 むふん、という鼻息を吹きそうなほど嬉しそうな気配を出したとばり殿は手を広げて新品の衣装を見せつけてくる。背中には『帳』の文字。


 ああ、これとばり(・・・)と読むのか。由来はたぶん『夜の(とばり)』だ。この子はカラスの化生。何かしら黒に関連する名前として、夜に紐付けたこの名を使われたのだろう。


 白い衣装を着る黒いカラス。いや、余分だ。そんな比喩的な話はどうでもいい。


 とても、美しい。そう感じた。


「そういう、そういう事を言うな恥ずかしいやつめ」


 本心だから仕方ないでしょう。こちらは馬子にも衣裳だけど、とばり殿の姿は間違いなく美しい。これは外を練り歩いたら若い妖怪が正体を無くしてしまうかもしれない。夜鳥ちゃんもさぞチュンチュンしたことだろう。


「おまえだってそう悪くない、じゃないっ、何を言ってるんだ私はっ」


 最近気が付いたことだが、この仏頂面のイケメンさんは感情がある一点を超えると仏頂面堤防が決壊して、気配だけじゃなく顔にも表情が出るようになる。今の感情は羞恥と嬉だ。いいじゃない、誰だって褒められたら嬉しいものだ。素直に受け取っておけばいいのに。


 そう思っていたら嬉のトーンが急に悲のオーラを纏った。根の深い不安も感じる。


「こんなの、この姿でだけの話だ。私が人化したらどんなへちゃむくれになるか分かったもんじゃない」


 へちゃむくれとはまた古い言い方を。まあ人の定規で測れば実際古い妖怪()か。


 個人的な印象として、少なくともむくれ顔にはならないだろうと思う。仮にとばり殿がカラスの面影を残して人に化けたとしたら顔つきはスマートでクールな感じだと予想する。フレームの細い眼鏡とかクイッとする仕草が似合いそう。


 うん、断言しよう。どう転んでも容姿は確実にいい。いっそ今より良いまであると。可愛い系か凛々しい系かの違いだけだ。大丈夫大丈夫。


「何を根拠に言っているんだおまえは」


 いやいや、そんなマジなトーンで陰気な気配出さずとも。根拠と言うには証明材料にならないかもだけど、なんとなくそんな気がするのだ。この子は化けても絶対見た目が良くなると。


 だって、こんなに優しい素敵な子なのだから。どちらも容姿に関係ない? そんなことは重要じゃないのだ。輝く魅力は誰かとの繋がりで初めて美しい光に見える。ならこの子を見る者はみんなこう言うだろう。


 あのカラス()は美しいと。


 これでブサイクに化けてしまったらそりゃ教えた師匠が悪い。下手が教えると下手が移るってやつに違いない。きっとその師は美的センスが根こそぎ削り取られた類まれなるブサイクだろう。美醜以前に学ぶなら師事する相手は選びましょうって話である。


 思えばとばり殿が術が苦手というのも、案外教えたやつがダメ教師だったせいかもしれない。こんな真面目な子なのに。


 屏風覗きの不用意な発言で思ったよりモチベーションを下げてしまった罪悪感もあって、いつも以上に褒め続けたら『もう大丈夫だから勘弁してくれ』とギブアップ宣言をされてしまった。

 正体が鳥系のためか、この子は本当に照れると首とかすごい角度で曲がるので、そういうところでも『顔に出なくても分かりやすい』と言われるのだろうね。


「山にいた頃は真面目とはいえなかったし、その、そんな褒められるようなことは本当に無いんだ」


 それがどうしたのか。生徒のやる気を出してやるのもまた教師の力量だ。ほんとのクソガキや家庭環境が荒れすぎている子はしょうがないが、学ぶ姿勢を教えることだって大事なのだから。


 結論、とばり殿は悪くない。みんな天狗山の馬鹿天狗どもが悪い。とばり殿はがんばってきた。無罪。


 わかった、わかったからと逃げ腰になった友の手を強引に引いて部屋を出る。視界が広く感じる、この気分で戦えば屏風覗きもとばり殿も、たとえどんな相手でも五分以上で挑めるだろう。


「遅い」


 ただし、静かに怒る上司は無理。

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[一言] とばり殿は無罪。 だが貴様は有罪だ。イチャイチャ罪で死刑。 上告は認めない。
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