きつねやブリーフィング・夏の朝食セット(御代わりあります)
「相手はその場のクジで決めるが、出てくる面子は決まったぞ」
たっぷりのにぼしで出汁を取った味噌汁を啜る立花様によって、祭り賭けの詳細が通達される。
こちらの陣営はとばり殿、ひなわ嬢、そして屏風覗き。それぞれ40位、41位、45位の40番台揃えになっている。晴れの舞台だというのに屏風覗きのドンケツぶりよ。
参加資格の条件として階位35位より下で選べることを考えると、30番台を入れていないことで力不足を指摘されれば妖怪選を任された者として申し開きのしようがない。すべては屏風覗きの人脈の薄さによるものだ。
階位はゲームでいうところのレベルなんかとは違う評価基準とはいえ、民が独自に賭けが行っているとすれば自国であることを差し引いても数字という分かりやすい目安の前では大金張り込むのは冒険だろう。赤のお披露目する階位によってはオッズが偏りそうだ。
だが、弁解でなく本当に最良のメンバーを選んだつもりだ。それだけは万妖怪に豪語させてもらう。とばり殿もひなわ嬢も、間違いなく屏風覗きの知る最高の戦力だ。
「小賢しいっ、ようやるで」
カラカラと音を立て、自分の茶碗に梅干しの種を吐き出したのはろくろちゃん。酸っぱいはずの梅干しが苦いというように聞いた言葉に軽蔑の表情で答える。彼女ほどではなくてもこの場で食事をする者たちは、皆似たような感想を持ったことだろう。
赤の陣営は大渡、唐墨、そして問題は最後に控える黒曜、その分身体。
先の祭り賭けで戦った軍人姉妹のうるさいほう、大渡は36位。舌打ちなど態度が鼻につくほう、唐墨は44位。以前は姉妹共々36位だったらしいが、権女を持つ彌彦様によって前回の不正の仕置きを受け、格落ちされてブービーの44位に降格している。
ここまではいい。問題は最後にぶち上げられた『黒曜の分身体』というヤツだ。そんなのアリなのか?
大天狗黒曜、その階位は30どころか20番台も丸々ぶっちぎって圧倒の15位。屏風覗きがハッキリ知っている白の10番台といえば、現在焼いた鮭の小骨を丁寧に取って刺さらないよう慎重にポリポリ食っている目の前の女侍だけ。いや、そこ食うんかい。カルシウム補給かな。
ともかく白の国の最重鎮であり刀の付喪神、存在自体が武の化身と国の外にさえ呼び声高い階位11位の立花様くらいだ。
「華山の鬼殿が認めた。分身は相応の力に落としてあるそうだが、これは正直なところ予想外だ」
公平性を担保するのがあの彌彦様とはいえ、さすがに不審を感じてしまうジャッジだ。分身の階位は本人と同一ではないのだろうか。作ったその場でふわっと決めてるとかだったら抗議案件だぞ。
立花様はこちらをチラリと見た後、珍しくバツが悪そうにした。どうしたのだろう? 小骨が歯茎の隙間にでも刺さったのかな。あれ地味に痛いんだよね。場所が場所だけに他人と食事中に大口空けて取るのも憚られるというか。特に女性では恥ずかしいだろう。
「おまえの階位の件を突っ込まれてな、これは確かに下手を打ったわ」
全然違った。屏風覗きの妖怪ランキングに関係するらしい。偽妖怪の正体不正疑惑は公然の秘密なのでこれは違うだろうけど。
「あー。屏風様の階位ー、直前まで決められていませんでしたからねー」
米盛り盛りの茶碗同士を合体させたかのような量のごはんをペシペシ盛り付け、白雪様が立花様の言葉を拾う。非常に恐縮しつつ、ニャンコから差し出された茶碗を受け取るとばり殿の手はかすかに震えていた。ガンバレ。
「恐れながら。つまり屏風が黒曜の分身とやらに負けない、階位以上の使い手と彌彦様に思われたという事でしょうか?」
これがぁ? という言葉が後に続きそうだ。貴人の戯れに動揺しつつも、一呼吸置いて落ち着いてから素直な感想を述べるとばり殿。
友人が屏風覗きの実力を正確に掴んでいてくれてとても嬉しいです。いやホント。目の前のポニテ様とか無茶ぶりばっかりで下っ端は大弱りなので。
「手柄っちゅう意味では結構なモンやで? 殺っとる名持ちも指五本を超えとるしな」
最後のきゅうりの漬物を食べ終えて、お箸をパチンと置きつつ『名持ち』とかいう妖怪の名を挙げていくろくろちゃん。
鬼女氏救出のときに相手取った狸や天狗ほか数名、城でろくろちゃんの戦闘に横槍を入れたときに殺した顔色の悪い男など、屏風覗き自身が聞いていなかった名前まで出てきた。
どちらの状況も忙しかったり緊迫していたりで、いちいち確認せずそのままだったなそういえば。
ただそれは待ってほしい。いずれも方やひなわ嬢、方やろくろちゃんとの共闘だ。手柄というなら精々半々といったところ。言うほど活躍はしていない。
「旦那、旦那がどう思うかじゃないんですよ。向こうさんらがどう取るかです」
屏風覗きの後ろから小声でそう一言を入れるひなわ嬢。彼女はこの場で己は明らかに格が下として、自主的に一段下がった位置で食事を取っている。
本来はここで食事を取ることもできないくらい下なのは屏風覗きも一緒だ。今回の朝食は祭り賭けの激励会的な催しなので特別に許されているのだろう。身分の壁は厚いなぁ。なおしゃもじ片手に白い尻尾をふりふりしている猫は見ないものとする。
構図としては上座の最上段に立花様、ろくろちゃん。その下にとばり殿と何故か屏風覗き。後ろにひなわ嬢という席順だ。最後に廊下にいる夜鳥ちゃんが空きっ腹でこちらの食べ終わり待ちとなっている。
さすがにきつねやのスタッフといえど近づけない場面ということで、夜鳥ちゃんが諸々の些事を担当しているのだ。
なお白雪様は茶碗が空いた瞬間インターセプトして飯を盛るという、謎の飯盛り妖怪と化して部屋をマイムマイム風に徘徊している。失敗した、出会ったら終わり系のモンスターだコレ。
ろくろちゃんのように茶碗に梅干しの種を入れるなど、妖怪ごはん猫用のお呪いを施して事前のガードをしていなかった屏風覗きはこれが二敗目、もとい二杯目です。
いやね? 本当に味は最高なの。美味しい、でも量だけなんとかしてほしい。いっそ『下』と書いた直訴状を竹の先に付けて渡してみようか。ダメか、あれって確か訴え出た人は死罪だわ。
「こういった時のために階位無しで飼っているのでは、などと言われてはな」
呆れて物も言えん。誰に言ったでもなくそう呟くと最後の一口を食べ終え、立花様はそのまま箸で蓋をするようにして茶碗を置いた。なるほど、そういう手もあるのか。
この場合の癌は白の言い分を通さずに彌彦様の主観と、実際に損害を受けた赤ノ国の言い分で屏風の実力が計測された可能性があるという事だろう。なんとも迷惑な話だ。
ますます分身の実力が不確定なのが恐い。
黒曜の分身は力を相応に落としていると言うが、それがどういった意味での弱体化なのかもまだ分からない。下手をしたら雑魚妖怪のせいでとんでもない反則札がレギュレーションをすり抜けて場に出てしまったことになる。
「屏風様のせいではないですよー、斜め上に話を解釈する赤がおかしいだけですからねー」
ほにゃりと笑みを向けてくれる白雪様に救われる思いだ。ただ笑顔のその下でオチャワーンカァムヒアッ!! というようにワキワキ蠢く手には恐怖しか感じない。
問題は戦力の質と差だ。勝負の場に立つ前に、まずこれをある程度ハッキリ把握したい。相手戦力の参考になる分析ができそうなのは誰だろう。
候補1.白ノ国の武の象徴、立花様。
候補2.同じ天狗で面識があるらしいとばり殿。
候補3.白ノ国の耳目、夜鳥ちゃん。
候補4.意外と目敏い、という意味でひなわ嬢。
こんなところか。ヤンキー烈風傘とお米のキャッツアイに聞くのは止めとこう。前者は四の五の言わんとブチ殺せばええんじゃとしか言いそうにないし、後者は相談するたびに茶碗を要求されそうだ。恐い。
とばり殿にならい、恐れながらと真面目に前置きしつつそれぞれの敵陣営の感想を聞いてみる。
「んふっ」「っ」「ぐっ」「ぶふっ」
白雪様とろくろちゃんとひなわ嬢と夜鳥ちゃん、恐れながらのところで吹いたやろ君ら。
まったく、とばり殿を見習ってほしいものだ。こっちは下唇を噛んでかつてない変な顔で我慢してくれているぞチクショウ。
こういうときもどっしり構えている立花様が頼もしい。恐くはあっても上司として大変凛々しいお方だ。
「めひゅ、姪の二羽からは階位ほどの力量はかんじゅ、感じないな」
立花様?
全員からの総計として大渡→ゴリラ。唐墨→陰険。黒曜→陰険ゴリラ。という情報が集まった。これはひどい。
もう少し詳しく掘り下げると大渡が姉でフィジカルが長所の体力バカで、術と頭はイマイチ。唐墨は妹で逆に頭と術に秀でるらしい。悪知恵が働くともいう。
どちらも性根が歪んでいるのは一緒。ただ大っぴらな行動は大渡、その裏で悪事を主導しているのが唐墨という図式が天狗山での日常だったらしい。姉は姉で無礼で挑発が酷かったけど、妹は妹で山車に隠れて不正してるようなヤツだものな。
姉もバカだが妹も本質的にはバカ、というのは屏風覗きを始めとして全員の共通認識のようだ。こいつら地元で無茶し続けた結果、世間体というバランス感覚を崩したのか彌彦様の目の前でとばり殿を術で攻撃するなんて暴挙に出ている。
うちのシマじゃアリなどと言い張って、普段から力技で不正を続けていたから世の中の感覚がマヒしていたのだろう。あの場でも自分たちの権威が通用すると浅はかに思い込んだに違いない。
ちなみに立花様がそれとなくあの暴挙の経緯を彌彦様経由で確認したところ、こちらが赤の山車を攻撃したと思って反撃のつもりで術を行使したと唐墨が抗弁していたらしい。
ああ、あれは確かに屏風覗きも驚いた場面だ。気が付いたら追い抜いた赤の山車がクラッシュしていたからな。上空から抜かれて驚いたことでハンドルならぬ山車の紐の操作でも誤ったと思っていた。
「あれって旦那が何かやったんじゃないんですかい? あたいはてっきり例の光る石っコロで躓かせたと思ってやした」
これこれ足を突くんじゃない。まだ平気だがリミットが近いのに。
回答は『何もしていない』だ。高速で展開するレースでいちいちキューブの大きさや色彩まで変えていられない。目立たない色にしてかつ目視せずに的確なルートに設置するなんて、さすがに無理な話だ。
「ひなわ、屏風と私はあいつらとは違う。こちらは尋常に勝負したぞ。愚弄するな」
どうどう。そんな怖い目つきにならずとも。そういう邪推を生むような不自然な転倒だったのは事実だし。まあ決着はすでについている。これを疑うのは審判を務めた黄ノ国とご意見番の彌彦様にケンカを売るようなものだ。
イチャモンに及び腰なのが気に入らなかったのか、フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向かれてしまった。物のついでのように足を突いてきたのはなぜ? ホワイ?
「終わった事はどうでもよい。神前で行う勝負で不正をしたのだ、罰でも落ちたのだろうよ」
話がとっ散らかり出したところで立花様が話の軌道修正をしてくれる。なぜか正座している屏風覗きの足を見ている気がするのは気のせいだろうか?
「カラ、あー、とばり、やったか? こいつはまあええ。どっちと殺っても遅れはとらんやろ。問題はひなわやな」
手を袖に入れて思案顔のろくろちゃんが顎でひなわ嬢を指す。どうもこの子は素のお行儀が悪い。白雪様の素行のベースはたぶんこの子のせい、あるいはこの子のお陰だろう。素敵でお茶目な支配者を育てるコツというものを一度くらい講習してほしいものだ。
思考が漏れてしまったのか、笑顔を張り付けたままの白雪様とろくろちゃんから、ひゅんと座ったままで足が飛んできてペシペシと鞭のように膝を打たれた。いや、どうやってるのソレ!?
「恐れながら、轆轤様のお疑いはごもっとも。わたくしめなど取り上げずぜひ別の剛の者を」
逃げる好機、とばかりにそう言って平伏したひなわ嬢に立花様から乾いた一言が飛んだ。
そうか、100両の充てができたのか。と。
粉骨砕身、この身に代えても勝ちを拾ってお見せいたします。そう絞り出したひなわ嬢はこの一件における何度目かの観念をした。もう本当に時間が無いからこれで最後にしてほしいものだ。
「申し上げます。皆様、そろそろ刻限となりました。御仕度を」
なんとも閉まらない食卓会議を最後に締めたのは夜鳥ちゃんだった。
白雪様、立花様、ろくろちゃんと、偉い方順に退出する。先頭については誰も突っ込む気はない。あと夜鳥ちゃんや、君は君でぼちぼち痺れていた足を周りに見えない角度から的確にうりうり触るのをやめていただきたいっ。