きつねやの(灰汁が強くて)愉快な面々+1
誤字脱字のご指摘、今回は特にありがとうございます。画面をスクロールするほどの数を指摘されている書き手って、私くらいじゃないでしょうか…
祭りの朝が来た。賭けに勝っても負けても世界は続いていくが、こちらが勝てば相手には死が待っている。こちらも敗北すれば屏風覗きだって只では済まない。
発案者であり、参加者でもあるのだ。これだけお膳立てをしてもらって敗北すれば誰も庇ってはくれないだろう。
死ぬのが怖い。痛いのも嫌だ。怒鳴られるのも貶されるのも苦しくなる。それなのに何でこうなってしまうのか。
ほとんど眠れなかった。
外の喧騒が大きければ大きいほど塞ぎ込みたくなる。期待が怖い、責任が怖い、今からでも逃げ出したい。万事その場の反射で生きてるような人間だから、嫌でも怖くても今その瞬間の感情で動いてしまうだけなのだ。屏風は。
手にした輝く板っ切れをもう何度見たことか。いくら見ても残高は882ポイント。
自動防御は使えない。刃が食い込めば血が出る、殴られれば骨も折れるだろう。火で炙られるかもしれないし、目や鼻を抉り取られるかもしれない。
戦うとは残酷な行為が吹き荒れ肯定される世界。それらを己の身で受け止めることが戦いだ。ちょっと痣が出来て頬から血が伝って、でも次回にはきれいに治ってるようなそんなお奇麗なものじゃない。生き残っても後々死ぬこともある、障害に苦しむ、どこまでいってもお先真っ暗の蛮行だ。
よくやるよ、こんな馬鹿なこと。ケンカ、格闘技、殺し合い、戦争。馬鹿じゃねえの?
分かってる。これは全部屏風の招いた事だ。心の痛みをすべて吐き出したあの子が言った言葉が身に染みる。
過去が追いかけてきただけ。
これが偽妖怪の選び取った未来だ。たった118ポイント、眠れなかったなんて悲壮なフリして愚痴ってないで、夜通し下界に行って歩いてくりゃよかっただけだろ。この臆病者が。
下界で落とした妙な砦。あの世界の連中は屏風を血眼になって探しているかもしれない。かなり偉そうな格好のヤツもいたからな。国か組織か、どんな相手か知らないが面子にかけて報復を考えているだろう。
怖い。
あれは強力な味方がいたから何とかなっただけ。屏風だけではどうなっていたか分からない。チート野郎なんてその程度でしかない。
ひとりで行くのが、怖かったんだ。
下界で手枷を見た、縄を見た、首を繋ぐ鎖、足に繋げる錘。人を人として見ずに獣のように捕まえて引き回す道具を見た。鎧の男に使われそうになった事を思い出すと、今も身が竦んでしまう。それを己に付けようとする誰かの悪意が確実にある、そう思っただけで行くことができなかった。
立ち向かう努力を放棄した過去。それが882ポイントの未来に追いついただけ。
これが今のおまえの値段だ。そう、誰かに言われた気がした。
「屏風様、起きていらっしゃいますか?」
否応なく世界は進む。
時間は巻き戻らない。巻き戻してはいけない。それは今この瞬間まで努力している他人に失礼な行為だ。やり直せたら、なんて馬鹿の思うことだ、馬鹿の行為に他人を付き合わせるな。ここまで来ておいて後悔するな。
汚くても情けなくてもみっともなくても、手に入れてきたカードで生きていくしかないんだ。
祭り賭けはお天道様が上り、太鼓の号令にて開催の宣言と共に始まる。
白が主導なので時刻はある程度こちらの自由にできるとはいえ、さすがに遅すぎては見物客や他国に不満が出るだろう。
すでに会場となる峠は妖怪だかりで埋め尽くされ、顔を洗いに外の水場に来た人間の屏風覗きの目でも山の緑と階段の白が妖怪垣で侵食されているのが確認できるくらいだ。
あちこちの雀と情報を共有できる夜鳥ちゃんの話では、夜通しで遊んでそのままいる者や場所取りで居座った者が少なくなかったらしい。この暇妖怪どもめ。イベントの前日並びは禁止でしょうに。
花火や花見で塗装スプレーで道路や芝生にスペースを主張すヤツら、テメーらモラルってもんが無いのかバカチンめ。ああもう、ダウナーだと嫌な記憶が。
「まずは飯や。にいやんのために言うて、朝っぱらからホンマ腕によりをかけとるんやからのう。感謝しいや?」
それはありがたい。落ちた気分を振り払って顔を洗っているときに嬉しい事を言ってくれる。打ちあわびとか勝栗とか、昔の縁起物が出てくるのだろうか。
差し出されたてぬぐいを受け取り、ガシガシと顔を拭いていてちょっと違和感を感じる。明確な言葉が出てこないので何とも言えない。なんと言えばいいんだこの違和感。
「いかがいたしました? フヒッ」
「朝は忙しいんやからチャッチャッとしい」
いつの間にかろくろちゃんがいた。留守番組かと思っていたのに。
今日は人型で腰に手をやって、いかにも朝テキパキ働いて寝ぼけた家族に発破をかける『おかん』という風体。見た目は子供だけど溢れ出す貫禄は完全に関西のおかんだ。
彼女の着物は最後に見た地味な番傘色から、雪のような白色に墨でダイナミックにガマズミ柄と背中に漢字で大きく『轆轤』と描いた特攻服、もといお洒落な着物になっていた。どうしてその色を選んでしまったのか。白ノ国だからですよね、分かります。
「なあ、にいやん、飯食ったらちぃっと顔貸せや。ええな?」
うわぁ。ヤンキーに目をつけられたぞ。便所か校舎裏かに呼び出されてしまった。
連れ立って歩いていくのは離れ。屏風覗きが顔を洗っているちに布団は片されて換気もされて、夏の朝の清涼な空気が部屋を爽やかに抜けていく。
こういうのいいね、暗く籠った空気の中では死んだ目で菓子パンをモソモソ食ってるようなイメージがある。せっかくのおいしいごはんも不味くなるというもの。
物を食べるときは清潔で明るい場所で。食事はこういう環境作りこそ最高の隠し味と言っていいだろう。
勝手知ったるという感じに座布団を持ち出して寝転がるろくろちゃん。それとは対照的に襖の外で正座して待つ夜鳥ちゃん。つい口を挟みたくなるが身分的なものだと分かっているのでどうにも歯痒い。
「おう雀、あとは誰や?」
「とばり様と、ひなわ殿になります。お食事前には揃うかと」
ほーん、と鼻で息をするような返事をしたろくろちゃん。その目がまるでこちらを探るような遠慮のない目つきになり、ジロジロと見てきてなんとも居心地が悪い。
「烏のほうはええやろ。けど貉のほうは悪名しか知らんなぁ」
とばりとひなわと夜鳥だ。
ろくろちゃん。とばり、ひなわ、夜鳥だ。正体がどうあれ名を持っている相手にその物言いは失礼だ。まして味方なのだから、上下はともかく礼節は持ってほしい。
つい大人げなく彼女のクリクリの目を見てそう言ってしまう。化け傘はキョトンとした後、いやらしい目つきでひひひと笑った。変なことを言ったつもりはないぞ。
「せやな。こりゃ悪かった」
寝ころんだままひひひと小さく笑い続けるろくろちゃんの顔に、そっと座布団を乗せてみる。なんでやねん、というツッコミがきてすぐ払われてしまった。ちょっとイラッときたからですが何か? 妙な邪推は止めていただきたい。
乗せては払われを繰り返しているうちに夜鳥ちゃんから二妖怪が到着したと伝えられる。屏風覗きとろくろちゃんのやり取りがおもしろかったのか、笑いを堪えられないというように肩が震えていた。意外と笑いの沸点の低い子なのかもしれない。
「四方隊が東、第八守衛隊、隊長を務めさせていただいております。とばりですお見知りおきを」
「南町裏町夜、見回り組のひなわであります。どうぞお見知りおきを」
「おう、ろくろや。そう畏まらんでええで」
知っている子がそれぞれにガチガチで畏まって挨拶していることに吹きそうになる。特にひなわ嬢。両手をグーの形でついて武士のように口上を述べる姿は違和感ありまくりだ。
堪えろ、下唇を噛んで堪えるんだ。たまの機会に真面目にやってるんだから。
チラリとこちらを見た目には批難がある。吹きかけているとバレているようだ。だがしかし、君も帰参の挨拶でこちらを笑っていたからこれでおあいこである。屏風覗きは小さいわだかまりをいつまでも忘れない小者なのだよ。
しかしちょっと意外だな。どちらも相手の顔は知っているが正式に面と向かって挨拶をするのはこれが初めてらしい。大きい会社では違う部署の社員は一応面識はあってもほぼ知らないってのはわりとあるけどね。逆に小さい会社は全社員が他社員の家族構成まで知ってたりして、部外者は薄ら寒くなったりもする。当人たちはプライバシーなんて麻痺して平気なんだろうなぁ。
「おっ、はようございまーすーっ」
パァン!! というふすまの開閉音にその場の全員が飛び跳ねる。ひなわ嬢は退避、とばり殿は苦無を構え、ろくろちゃんは防御の構え。開いた襖の隅から屏風覗きへ『この方は止められねえ、すまん』という感じに手でこちらを拝んでいる夜鳥ちゃんが見えた。
「あほぉ! びっくりしたわ!!」
すぱぁん! という軽快な音を立ててモコモコの白い闖入者の頭が平手で叩かれて、いよいよその場の全員がびっくりする。例外は実際に叩いたろくろちゃんと叩かれたモコモコくらいだろう。
「いたーいー」
前回に続ききつねやの姦しい『仲居さん?』ムーブを続けていらっしゃる白雪様が、ふわふわのボリュームある白い髪に包まれた頭を押さえている。猫らしいピコピコした耳がヘンニョリしていて不覚にもかわいい。
だが騙されん、騙されんぞ。二本ある細い尻尾の動きはイタズラして反省してない猫のそれだ。
やはりろくろちゃんは相当に偉く、かつ信頼されているんだろうなぁ。この方の頭を叩けるとか。ひなわ嬢もとばり殿もどうしたらいいか分からないって顔をしている。なお夜鳥ちゃんは『無』になっている。
能力的にどうしても色々な事を見聞きする彼女は、知らなくていい事はああして流しているんだろう。
「貴様ら、膳を運ぶのを手伝え。数が多い」
夜鳥ちゃんの後ろからにゅっとやってきたのは立花様。その手にはちょっと危なっかしい感じでお膳が握られている。これはまたなんて贅沢な給仕さんだろう。その女侍の顔もまた『無』。たぶんお膳を運ぶ運ばせないで揉めたんだろうなぁ。
その後は全員でゾロゾロときつねやを横断して自分のお膳を持ってきた。途中で何人も他の宿泊客の気配がしたのだが、さすがに誰一人として姿は現すことはなかった。
まあね、この面子の前に立てるヤツがいたとしたら、それはたぶん自殺志願者だ。ここにはおひつを我が子のように抱える白毛玉と、それを守る親猫のように殺気立った5体の妖怪が目を光らせているのだから。