調理法を人で想像すると残酷過ぎで引く
誤字脱字のご指摘、いつもありがとうございます。カクヨムで誤字脱字というレベルじゃないやらかしをしました…
カクヨムのほうの投稿で手酷い失敗をしてしまい、読んでくださっている方から報告を頂けました。さらになろうのほうに来て読んでくださったそうで、不定期のほうなのでこちらで先にお礼申し上げます。大変ありがとうございました。
ちょっと上の空状態できつねやに設けられた特別な一室にお邪魔している。明日の催しのために城から移送されたお三方の一角、偉大なる赤の大首領閣下こと猩々緋様の座敷牢だ。入室を固辞した夜鳥ちゃんは廊下で待つとのこと。
攫われた当初のだんまりから今ではすっかり太々しくなり、とにかく誰かれ構わずキャンキャンうるさい。
例によって例の如く、この立て込んでいるときにコイツうぜえ何とかしろ、おまえは忙しいのは明日だろうと。他の者よりは暇人認定されている屏風覗きが自身の夕食兼、ご機嫌伺いに参った次第。という訳で突撃、隣が晩御飯。
「ねえ、私が閉じ込められてるのに、あんたはお祭りなんて良い身分ね?」
なぜこうもこの子はケンカ腰なのか。囚われているのだから当然だろうに。仲居さんが部屋の前でこの子のイライラが恐くて近づけずに困っていたぞ。仲居さんからお膳を預かってカチャカチャと音を立てて食事を持ってきた屏風覗きさえ、さも当然のように格子越しから睨みつけてくる。
一流旅館の従業員に恐いと言われるとか相当だ。赤の頭領という身分のネームバリューって恐いな。ご本人はネギが嫌いな普通のおクソガキ様だというのに。
まあ店を困らせているのは屏風覗きも同じか。客にお膳を取り上げられたせいで仲居さんはアワアワしていた。大変申し訳ない。客に仕事をさせたりするのはどんな職業でも恥だし、こういうお店のお皿とかクソ高いのだろうから素人に持たせたら割りかねないと、気が気ではなかったのだろう。
でもこの子はごはんが冷めてるとさらにうるさいと思うので、すべてはこっちの都合なのだ。客たっての望みと思って諦めてほしい。いや、ホントうるさいのよ、こいつ。
「聞こえてるわよクソ屏風!!」
こんな感じに人生が滞るので知らん相手までいちいち威嚇しないの。お店は黙って金額分楽しく利用すればいいのだ。しかも今回はタダだぞ、やったね猩ちゃん。こめかみに青筋が浮かんでプルプルしているけど屏風覗きは気にしないぞ?
今回のお膳はカリカリに揚げられたブリの竜田揚げをメインに、焼き物としてニジマスの燻製、岩魚の姿造りと魚尽くし。特に岩魚は鮮度が命の刺身にしてあるのが驚きだ。
皿の上でわずかにピクリと動いた姿に残酷という感想が漏れないではない。人はおいしさを追求するあまり恐ろしい調理法を思いついてしまったものだ。
サイドを固めるのは蒸したきのこと根野菜、そして甲羅付きのカニを甘い味噌で和えたもの、胡麻豆腐、小茄子の漬物、汁物はしいたけの出汁の香り立つすいとん。トータルだと結構なガッツリ系だ。飯とすいとんで炭水化物が被っている。嫌いじゃないけど。
さっそく食事を出し入れする開閉口から猩々緋様に渡して、屏風覗きも対面で食べることにする。覚えとけとか、必ず後悔させるとか呪詛が聞こえてきたが気にしない。
「ねえ、明日が勝負なのよね? 問いの答えは分かったわけ?」
そう言いつつ三つ目のブリの竜田揚げをザクザクと良い音を立てて食べる猩々緋様。彼女は最初のうち湯気の立つ食事に妙な戸惑いを持っていた。
冷めるという屏風覗きの言葉で箸を持ち一口食べたとき、熱い、というまるで懐かしさを感じたようなじんわりとした言葉を漏らしたのが印象的だった。その後は結構な勢いでパクパク食べている。幽世の住人は健啖家が多いな。
素直に答えると彼女の言葉への回答はNOだ。赤の頭首の猩々緋、赤しゃぐま、赤いチワワ、おクソガキ様。このくらいしか思いつかない。
「決めた。あんた絶対に殺さないよう磔にして、生きたまま釜茹でにしてやる」
新しい調理法を開発しないでほしい。というかそれはほぼおでんのタコか牛スジあたりでは? 心配してくれてるのは嬉しいが賽は投げられたのだ、後はみっともなくあがくだけである。
心配してるんじゃないと騒いでいるキャンキャン犬をよそに、箸休めとして静かに鎮座する胡麻豆腐を味わう。うん、やはり白ノ国で胡麻関係は鉄板だ。風味豊かな胡麻の味わいが豆腐に甘みさえ与えている。焼プリン食いてえ。
十問において無条件で問えるのはひとつだけ。後の質問権は戦って勝ち取るしかない。試合の順番や対戦相手はまだ不明なので黙っているが、条件によっては屏風覗ぎが三連戦するつもりだ。90発もあれば何とかなるだろう。
あのふたりには頭数合わせとなじられるかもしれない。侮辱したと嫌われるかもしれない。けれど、これは死合い、殺し合いなのだ。相手によってはみすみす殺されると分かっている状況となるかもしれない。そんな場所にあの子たちを送り出せるほど、屏風覗きは士道な考え方はできない。
やることやって、誰も死ななければいい。屏風がひとりぼっちに戻るだけですむならそれでいいのだ。
泣いてる子は少ないほうがいい。
勝負に勝てたら猩々緋はどうなるのだろう。用済みと殺されてしまうのか、ガチガチに条件をつけた後にでも解放されるのか。負けたら負けでどうなるのだろう。文言に入っていないのだから引き渡しはないだろうが、これからもこんな風に長く閉じ込めるとしたら良い事じゃない。
一個人が選び取れる未来は多くない。無限の可能性など嘘っぱちだ。誰もがその日の選択で精一杯で、その先に続く世界なんて分からない。
こんな無能の手の平でも、せめて知っている子の近い未来だけは何とかできないだろうか。他の誰を犠牲にしてでも。
いやダメだ、これは危険思想だな。天狗どもと変わらない。
薄くていい。ベストを望まず、まずはベターに。身の程を弁えて。人が人生で賭けられるものなど、さして価値のない身がひとつだけ。見返りを望むなら賭けたもの相応であるべきだ。
「ねえ、冷めるって言ったのはあんたでしょ」
ああ、手が止まっていたか。これは恥ずかしい。食べている最中に寝てしまう幼児と一緒だ。味わって食べるのが最低限の作法なのに。
もう食べ終わっている彼女を待たせるのは心苦しいので、先に買っておいた飴細工を渡しておく。白と赤の映える美しい鯉を象った飴細工だ。少しは祭りの雰囲気を感じてくれるといいのだが。
食事を終えて部屋を出る。満腹になって落ち着いた猩々緋様は、飴を眺めつつ静かに見送ってくれた。それはそれで寂しい気がするから普段やかましい子は困るな。
さて、きつねやらしからぬ暗い廊下に夜鳥ちゃんもどきが出待ちしていた。
「申し訳ありません。落とし物をしてしまいました、一緒に探していただけませんか?」
これはどういう態度で対処すべきだろう。何処の誰か知らないが、随分と馬鹿にしてくれたものだ。確かに彼女は怪しい雰囲気の持ち主だ、けれどそこまで露骨な欲は見せてこないぞ?
本物はどこだ?
あの子に何かしていたらおまえの勢力なんて関係ない、白だろうと黄だろうとバラバラにしてやる。赤なら本当に遠慮はいらないし、藍なら良い脅しになる。血も肉片もひとつ残らず食べちまえばバレないとでも思ったか?
さあ何を考えての事か教えてくれよ、やったことは戻らないぞ。結果は、現実は、どこまでもどこまでも追いかけてくるんだからな?
わずかに沈黙。そして明かりの届かぬ暗がりに佇んでいたもどきからガスが抜けるような奇声がすると、こちらにびゅるりと象の鼻のような肉の筒が伸びてきた。
残り89発。
足元でビタビタとのたうつ肉筒は蛇腹のような構造のようだ。血を吹きながら亀の頭が出たり縮んだりするかの如く、しぶとくもにゅるにゅる伸縮している。
目の前に作った半透明の白いキューブの中では足と顔、どちらを押さえればいいのか分からないというように悶え転がる着物姿のナニか。ついさっきまで夜鳥ちゃんもどきだった、細身で人型のタコのような頭部をした生き物がいた。
キューブの下にはこいつの両足が同じく汚い赤黒い血を吹いている。床を切断するよりいいだろうと考えての配置だったが、これだけ汚れたのではどちらが良かったか断ずる自信がない。掃除の方、ホントごめん。
キューブを解除。残88発、20ポイント分の無駄な出費をさせてくれたこいつは誰だ? 暗殺にしてはお粗末だ。
近付かずに問う。おまえは誰だと。
妖怪によっては切り刻まれても生きていられるだろう。でも、そうでないなら聞いたことに答えてくれ。痛いという感覚が嫌であるならば。
夜鳥はどこだ? おまえが下手くそ極まる造形で模した子はどこだ? 難しいことなんて聞いてない。手はどこだ? 足は? 首は? 板前に捌かれるタコみたいにブツ切りになるまで黙ってるか。痛いじゃ分からない、奇声じゃ分からない、あの子はどこだ?
「屏風様っ、ここに! 夜鳥はここにおります! お静まりを!!」
タックルに近い勢いで夜鳥ちゃんが腰に組み付いてきた。ああ、なんだ、コイツにどうこうされたわけではないのか。
「申し訳ありません!別の不埒ものに分断されておりました」
言い訳になってしまいますが、そう言って頭を叩きつけるように平伏した彼女をすぐ引き起こす。
そういうのはいい、無事ならいいんだ。
落ち着くと疑問がまた強くなる。本当にこの『タコ?』なんだ? 結局何もしゃべらないし出血が多すぎたのか、もはや虫の息だ。
夜鳥ちゃんの見たところ『肉吸い』という妖怪との事だった。夜陰に女の姿で現れ、嘘で人の持つ明かりを騙し取って消してしまう。そして暗闇の中で生き物の肉を吸い食って殺してしまう食人妖怪らしい。
分断されていたということは夜鳥ちゃんも襲われたということ。平気なのかと焦ったが、彼女のほうに現れた方はすでに夜鳥ちゃんの手によって捕縛されていた。いや、聞きたいのは怪我が無いかどうかなのだ。治療は初期こそ肝心なのだから。
コイツの食事方法を聞く限り血を出さずにしわくちゃにしてしまうような攻撃かもしれない。見えるところは平気そうだが本当に大丈夫か心配になったのだ。深手を負っているのにその場では気丈に平気と言って、後でパタリとかやめてくれよ?
「フヒッ、指一本触れさせておりません。お疑いなら確かめますか? ならば身を清めてからお部屋に参りますね」
夜鳥ちゃん、拳骨というツッコミをご存じか? 無事ならいいんだ。となると後は店への報告か。これは長引くと金毛様たちのところへ行くのは憚られる時刻になってしまうな。
御前お気に入りのきつねやで刃傷沙汰。ああ、どう言い訳しよう。器物損壊のほうがマシだったか?
そう考えていると襖の向こうから呼んでいる声に気が付いた。猩々緋様か? 結構な声量だ。
「ねえ! ねえってば!! あんた大丈夫なの!?」
襖を開けると格子のギリギリまで近づいて声を張り上げる猩々緋様がいた。これは大変お騒がせしてしまった。まったりした食後に襖ひとつ向こうで悲鳴や剣呑な雰囲気を出されたらさぞ迷惑だったろう。
そう言って謝ると何故かさらに大きな声で怒鳴られた。
「あんたが無事かって聞いてんの!! 耳おかしいわけ!?」
それなら何の問題もない。何なら確かめてみます? 身を清めてきますね。などど言いつつクネクネしてみる。
いよいよ大きい声で怒鳴られた。見たか夜鳥ちゃん、これが世間から見た君の所業だ。と、身を切って教えを授けたつもりなのだが何故だろう、とても残念な生き物を見る目で見られた。転がっている死にかけ妖怪の対処が冷たいからか?
なら諦めてほしい。
屏風はさ、事が終わったら敵だろうと善人面で治療してやるような殊勝な偽妖怪じゃないんだ。それにこちらも余裕はなかった。
残り882ポイント。雑魚人間の頼みの綱、自動防御が使えない。