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吾輩たちは業務過多である(本当)

いつも誤字脱字のご指摘ありがとうゴザイマス。


髪はいつのまにか伸びますね。耳の横が気になって切りに行こうとしたらやたら混んでいて、その場しのぎに自分で切ったらえらいことに…

 何気ない感じに努めて冷静に天幕のひとつに入る。ここは今、精神を鎮めて己を律しなければ視線ひとつでヒンシュクを買うだけでは済まない状況である。


 天幕内は忙しなく頭巾の猫たちが行きかう戦場と化していた。なにせ白ノ国は急遽決まったお祭りの開催で人手が足りず、ほとんどの役職持ちの妖怪()たちはフル可動状態なのだ。


 マンパワーの過剰は経費の無駄と捉えられがちだが、こういったとき普段がギリギリの業務形態というのは厳しい。


 もちろん臨時のバイトを雇って対処できる業務もあろう。しかし、どうしても内部で処理しないといけない業務というのはあるのが悩ましい。


 うっかり下っ端に託したら機密が漏れてしまいかねない。そのため人手がいてもある程度信用のおける妖怪材(人材)で回さざるを得ないのだ。そうなるとやっぱり手が足りないというブラック体制特有の八方塞がりが発生してしまう。


 その結果としてのこの光景。信用度抜群の頭巾猫たちはいつも以上に大忙しな訳ですな。可愛いとか言ってられない。この状況で変な視線を向けたりしたら全員からオァ゛ーという感じに低い声で威嚇されそうだ。


 城下に残った妖怪員(人員)もそうだが、陣頭指揮を執る立花様たちもこれとは別に普段の仕事を抱えている。城下と往復させる連絡や報告だけでもいちいち墨をこね回して文を書いたりせねばならず、つまり事務仕事とは一枚申し送りが増えるだけでクソ忙しいのである。


 こういったときに便利な術もあるにはあるそうだが、扱える力に個人差があるので結局は万人が扱える電子媒体やコピー機の無い幽世において、確かな証拠として残すには紙や木簡、あるいは竹簡といった物体として作成するしかないらしい。


 版画技術はあるので雑でもいいポスター的なものは大量生産可能らしいけどね。もちろん書類はアウト。書面のひな形くらいは規格統一して作り置きしてもよさそうなものだがどうなんだろう。書く妖怪物(人物)によっていちいち見るべき場所が変わっては読み解く方も大変だろうに。


 そうして只でさえ忙しい中でトラブルでも起きれば新たな地獄が確定する。解決するための妖怪員(人員)を送り出さねばならないのでますます業務が滞るのだ。タスケテ。


 もはやここは誰かがミスをしたら殺意を向けられかねないデスマーチ状態。極力気配を消して用を済ませ、済んだらサッと掃けるのが最低限にして最高の礼儀だろう。


「これはこれは良いところに」


 その気遣いが漏れたのか、いつの間にか近くに来ていた一番顔見知りの頭巾猫(灰色)が小さな体で行く手を阻んできた。その肉球踊る前足には使い込まれて玉が黒ずんだ算盤と、ひたすら分厚い紙の束が吸い付いている。


「屏風殿。算盤は扱えますか? 扱えますよね? こちらを少々見て頂いて、次にこの数字を全部出しておいてください」


 タスケテ!!





 会場の下見が終わったと報告するだけだったのに半日くらい拘束された。途中でデカいおにぎりを食った気がするが具さえ覚えていない。屏風覗きには重要なものは回って来ていないとはいえ、あまり遅いと次の妖怪()の仕事が詰まるのでタイムリミットありの作業は久々なのもあってキツかったよ。


 同じく巻き込まれた夜鳥ちゃんはこういった作業も慣れた物のようで、屏風覗きが1枚処理する間に3枚は片づける速さで段取りよくこなしていた。これが性能差、悲しいけど旧式はいずれ必ず淘汰されてしまうのだな。実年齢的には向こうが上っぽいが。


 猫たちの戦場はまだまだ続くようだが明日に響いては本末転倒ということで、屏風覗きは切りがいいところで解放された。もう外は日が落ちる間際、炭の火が消えるように赤色が黒になっていくのが見える。

 その下には多くの灯があってまだまだ祭りの前夜は終わらないようだ。これである者は夜通し、またある者は連チャンで明日も騒ぐというのだから妖怪バイタリティ、いやさ陽キャの体力は凄い。


 あいつら徹夜で遊んだり飲んだりしても次の日に平気な顔で仕事してる猛者もいるからな。どういう体をしているのか。


「では参りましょうか。急ぎませんと夕餉に遅れます」


 そう言ってぽっくり下駄を鳴らす夜鳥ちゃんに連れられて、担ぎ手が6人もいる籠より大型の上パーツを取っ払った土台だけの『神輿?』のような物に乗る。夜鳥ちゃんが手で合図をすると、顔が猪の屈強な男たちは掛け声と共に結構な速度で走り出した。

 ああ、どこかで見たと思ったらこの妖怪()たちって、初めて城下に入ったときに籠の前で跪いていた猪の経立か。腐乱犬(フランケン)氏が用意していた籠屋、いわゆる昔のタクシーだ。


 えいしょっ、おいしょっ、とムサい掛け声を掛けつつノンストップで峠を下る。


 下りで速度も出ているのに揺れは少ないという、思ったよりずっと快適な乗り心地だ。きつねやから出た時に乗った籠も揺れ的には酷くなかったはずなのだけど、あの時は揺れの質が合わなかったのか吐きそうなほど酔ったものだ。


 他の違いとして籠のような壁が無いのも大きい。完全開放型の『神輿?』なので景色も見えるし、風を受けるから気持ちがいいということもある。オープンカー以上にオープンカー状態なのだ。雨の日は傘でもさすのだろうか?


 あと座る場所に捕まる場所が無いので速度と傾斜で普通に怖いのもある。人は恐怖を感じている間は乗り物酔いなんて感じる暇がない。生存本能が刺激されてそれどころではないのだろう。大抵の人は絶叫マシンでは酔わないものだ。


「フ、ヒ、ヒヒ、も、申し訳ありません、お手数を」


 今回は同乗者の存在もある。屏風覗きの体を座席代わりに身を預けている夜鳥ちゃんがしがみついているのだ。無様は晒せない。


 雀の化生の分身、というややこしい正体を持つこの子は雀らしくあまり夜目が利かない。そんな状態で他人任せの移動はかなり怖いのだろう。自分で運転するより他人任せのほうが怖いというのは腕の良いドライバーあるあるらしいね。橋の上にふわりと乗れるような身軽な彼女からすると、この乱暴な移動法は慣れないものらしい。


 それもこれも妖怪に比べて足が遅く、とても徒歩では今日中にきつねやに帰れない屏風覗きのせいだ。安全バーの役割くらいいくらでも果たそう。


 途中、揺れのせいか夜鳥ちゃんが鼻血を出したので心配したが、甘いものを食べ過ぎただけだと言うので『神輿?』で介抱しつつそのまま走ってもらった。


 かくゆう屏風覗きも子供の頃にチョコ菓子を食べて鼻血を出した経験がある。現在では迷信のように言われることもあるが、実際に鼻血を出して恥ずかしい思いをした者としては何らかの因果関係があると勝手に思っている。今は関係ないけど学校でポタポタしたときのあの気恥ずかしさはなんなんだろうね。


 悪さをするのは血行を促進するカフェインとポリフェノールの疑いが濃厚だ。ただ今日食べた飴にカフェインは含まれていないと思う。ピタミンでも何でも健康補助と称して叩きこむ現代の食品と違って純粋なキャンディだったはずだ。


 とはいえ人とは違う生き物であるこの子、糖分を過剰に摂取すると粘膜にダメージがくる可能性はゼロではない。猫があわびを食べると炎症を起こして最悪耳が腐り落ちるように、生きとし生けるもの皆思わぬ食材が毒になる危険性がある。


 かように動物によって摂取できる栄養素も許容量も違うのだ。まあ後者は体格が影響していることが多いので、人間サイズになったら多少であれば食べられる物も出てくると思う。人間だって銀杏を食い過ぎたら中毒になるのだから。


 彼女は血を拭いた鼻の通りを確認しているのか、先程から何度も鼻をフンフン鳴らしている。それが災いしてまた鼻血が出るを繰り返すので、顎を持ってクイッと顔を上に向けて固定してやる。

 鼻血を出したばかりの顔を間近で見られるのが恥ずかしいだろうけど、こういうのは怪我や病気と一緒だ。周りの目なんて気にせず安静にしていなさい。


 目を閉じた夜鳥ちゃんは雛の頃でも思い出したのか、唇を軽くアヒルみたいにしていてちょっと微笑ましかった。





 とっぷりと暮れた世界に提灯と灯篭、そして篝火(ががりび)で照らされた老舗の湯治場きつねやが映える。猪印の超特急で戻ってきたきつねやは祭り目当ての宿泊客でごった返して大繁盛のようだ。


 白玉御前が逗留していた時とは違い、かなりの頻度で他の客とエンカウントするので気が抜けない。主に正気度的に。


 意図的に視界をぼやかしておかないと人間が見てはいけない感じの形状を目撃してしまう。手の平に目玉があるお爺さん程度はかわいいもので、全身に目玉のついている上に気持ち悪い感じに毛の生えた肉塊とか、人や獣の首が何個も集まった物体が浮遊していたりとか、彼らに目線を向けられただけでゾワッとくる。特に急に心臓がバクバク鳴り出したら要注意だ。


 恐らくはこちらを良くない(・・・・)意味で見ている、と矮小な人間らしい弱い肉体が訴えている証拠である。


「離れないでくださいませ」


 小声で言われなくてもこの場では夜鳥ちゃんだけが生命線だ。ビビり散らして刃傷沙汰にでもしてしまったらきつねやを贔屓にしている御前の顔に泥を塗ってしまう。


 きつねや側もその辺りはよく分かっているようで、忙しい中にあっても従業員が飛んできてくれた。こういう文字にしていないサービスが行き届いていることも一流の証だろう。元の払う額の桁が違うお店とは、些事にサービス料金など設定していないものだ。


 従業員の片方の前足の無いイタチに案内されたのはきつねやの奥。宿泊中に他の客と会わないで済む配慮がされた、いわゆる離れの一室。どうも屏風(これ)は離れに縁があるらしい。


 前回のやたら豪華な一室と違って落ち着いた雰囲気で非常に好感が持てる。調度品ひとつ取っても金銀のギラギラな色は無く、どれも値段の割に品が良さげなTHE・量産品っぽい地味な代物ばかり。いいね、お値段以上な感じで心にくいの一言だ。


 小市民はこういうのでいいんだよ、こういうので。調度品の知識なんてさっぱりだけど、この質素な感じの壺とか訳が分からん値段がついてたりしないよね?


「それではまた後程。絶対にひとりでは出歩かれませんように」


『神輿?』で疲れたのか鼻血を出し過ぎたのか。ちょっとヘロヘロの夜鳥ちゃんが心配だ。当人は平気だと言い張っていたので彼女なりの矜持と思って見送っておく。造血にはレバー、は幽世では御法度っぽいのでしばらく朝は納豆でも食べてほしい。


 このきつねやには様々な国の偉い方が宿泊している。明日のためにも面倒事は起こさないよう、スマホっぽいものでも見て大人しくしていよう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夜鳥ちゃん、それキス顔だよね? だが、残念!屏風は気付かなかった! いや気付かれたら、「おませさんだなーこの子(苦笑)」っていう顔されて撃沈くさいから残念ではないかw しかも成功したら武…
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