お犬山の九段神社
毎度毎度のこの流れ。いつも誤字脱字のご指摘、誠にありがとうございます。
〇入りました!〇間くんという漫画が好きで購読しております。正体を隠して頑張るストーリーが大好きです。決して主人公が女装するからではありません。
※今回はほぼ舞台の神社の由来を書いたものです。興味が無い方は『九段の狐は黄由来』『助けられた山賊犬は赤由来』とだけ知っていれば読み飛ばしても問題ありません。
飴ちゃん買って向かうは白の陣地。九段神社を挟む形で赤の陣地も対面にある。祭りの様相を挺しているとはいえ、命賭けの争いを神聖な場所に持ち込むようで若干バチ当たりな気がしないでもない。
「そこはお犬山ですから。多少血生臭くても多めに見てもらえるかと思います」
変わらず屏風覗きの横にピッタリついてくる夜鳥ちゃんの解説によると、このお犬山と命名された山には九段神社建立と連動したちょっとした物語があるのだという。
物語をざっくりダイジェストすると『狐に助けられたヤベー犬がお礼をした話』。なお幽世の話なので登場するのはみんな妖怪である。
※九段の狐と賊の犬
昔むかし、まだこの山に神社なんてないただの山だった頃。ある日、山に住んでいたお気楽な狐は死にかけた犬を見つけた。
狐はたまたまその日の気分でかわいそうに思い、薬草を運んで傷を癒したり、水や食い物を分けてやり助けてやったのだそうな。
そうして介抱した甲斐もあって動けるようになった犬は、それはもう大層感謝して必ず礼をすると言って去っていった。
またある日の事、狐の下に幾人もの殺気だった妖怪たちが来て犬を見ていないかと聞いてきた。特徴を聞く限り助けてやった犬のことで間違いない。
狐が恐る恐るどういった犬なのかを聞いたところ、なんとこの犬は近隣を散々に荒らしまわったとんでもない山賊の頭だった。彼らは犬を追い詰めた役人たちで、どうにか深手を負わせたものの逃げられてしまったという。
苛ついている目の前の役人に、もし自分が犬を助けて逃がしてやったと知られたら。
震え上がった狐は知らないフリをするしかなかった。
やがて月日がたち、犬の事も忘れかけたある日のこと。件の犬が突然に大勢の手下を連れてやってきたからびっくり仰天。しかし犬は驚くほど礼儀正しく狐に礼を言い、手下たちの手によって沢山の食い物や山のような金品を感謝の印として持ってきた。
けれど犬の正体を知る狐からすると気が気ではない。これら全部、他者から奪ってきた物だと知っているからだ。
狐は恐ろしくて受け取りを固辞したが、どうにか礼をしたいと粘る犬が怖くて断るうまい言い訳が思いつかず、その場の思いつきで己は稲荷を崇める狐だから神仏に捧げたいと言ってしまった。山賊相手に神も仏もあるものかと思い出したが、口に出してはもう遅い。
だが、これを聞いた犬は怒るどころかとても感心した。そしてあれよあれよという間に手下を使って立派な神社を建ててしまった。
そして神社の鳥居が見える場所は恩人である狐の縄張りとして、その一帯では仕事をしないと宣言したという。
これが九段神社の起こり。らしい
そしてそれ以来、九段神社の鳥居は事ある事に大きくして建てられるようになった。この神社に縁のある鳥居が見える場所では賊に襲われる心配がない、という言い伝えが生まれたことで近隣の住人や豪族まで寄付や手伝いをしてくれたからである。
嘘が嘘を呼んで人々が幸福になったことで、狐は観念して本当の神職として働くことになる。余談として宇迦之御魂大神など知りもしなかったこのお気楽狐、嘘を真にするためにその日から必死に勉学に励んだらしい。
九段は稲荷神社なのに狛狐を置かず狛犬を置いているのは、その山賊の犬も祭っているからだそうな。この犬は手下共々山賊を死ぬまでやめなかったが、約束通り鳥居の見える場所ではやはり手下共々、決して罪を犯すことはなかったという。
そして季節の移り変わりや年始参りはもちろん、豊作だから、凶作だからと、何かと理由をつけては神社に訪れお金や食べ物を置いて行ったと伝えられている。
当然それらは遠方とはいえ賊仕事の成果の一部であり、使うのも憚られて狐は扱いにとても困った、とも伝わっている。
最終的にはそれらを『金や食い物に色は無い』としてボランティアに充て、困っている貧民に分け与えたことから九段神社は真の救いの神社として有名になりましたとさ。めでたしめでたし?
「という逸話がありまして、ちょっとそっと流血くらいは屁でもないかと」
女の子がみだりにお尻を突き出して屁とか言っちゃいけません。
屁はともかくマッチポンプというか、マネーロンダリングというか訳が分からない状況だな。ご利益ならぬご利厄である。狐もさぞ意味不明だっただろう。賊が賽銭盗むどころかお布施していくのだ。奪った金で。
三国志に仏教徒として似たようなことした人物がいる。名は竹融(正確な字は竹ではない模様)という、他者を殺して奪った金でお寺を建てたり少なくない寄付をしていたという大変アレな人だ。たぶん当人の中ではセーフアウトの基準があったのだろうけど、傍から見たらさぞ異様だったろうな。仏教の祖シッダルーダ様も白目を剥いて呆れたことだろう。
そんないろいろな意味で痛々しい逸話を持つこの九段神社は今でこそ白の領地になっているが、昔は色分け前の黄ノ国や赤ノ国に近い勢力の領地だったらしい。夜鳥ちゃん曰く、話の登場妖怪物も狐は黄、犬は赤辺りの出身と言われているそうな。
白の領地、言わばアウェーでの祭り賭け開催に赤が同意したのも、赤にも良い因縁があると感じて開催地に九段神社を相応しいと考えたのかも。前回は白が勝ったけどな。
「あの、勝負の取り決めは交互取りだったようですので、それは違うかと」
考えすぎだった。単に、勝負を仕掛けたのが白→じゃあ勝負内容は赤が決める→なら白の開催地でやりたい! という感じに交互に条件を取っていった結果らしい。訳知り顔で恥ずかしい分析をしてしまった。
いやはや、それもそうか。赤がどう考えようと白ノ国は真っ当に戦うだけでいい。ズル賢い赤連中を正攻法で叩き潰してこそ世間に白ノ国の強さと正当性をアピールできるものね。横綱相撲で正面から相手取って、もはや天狗に力は無いと大衆に知らしめる事こそ白玉御前の望みなのだろう。
なお、その横綱相撲を要求された一角がクソ弱い偽妖怪であることは考えないものとする。何度覚悟しても不安だぞチクショウ。
屏風覗きは強者に弱い者が工夫して勝つ物語がスカッとして好きだが、それは強者側が悪党の場合だけだ。正々堂々戦う真っ当な強者が、ズル賢く立ち回る弱者に翻弄される展開はむしろイラっとくる。特に裏で人質取ってなぶり殺しとか最悪のストーリーだと思う。そういう場合、結局は人質も殺されるか既に殺されているのだ。
悪意は強さに勝る。これはどうしようもないほど事実なのだ。歴史に書かれた英雄たちは戦場ではなく政治に殺される結末多すぎである。冤罪をかけられ直接処刑されたり、軍団運営に干渉されて足引っ張られまくったせいで戦に負けたり散々な目に遭わされる。
古代ギリシアならエパミノンダス。古代ローマならスピキオ。中世ヨーロッパならヴァレンシュタイン辺りが特に有名だろうか。まあ英雄と奸雄がごっちゃな人物も多かったんだろうけど。
そこまで大規模じゃなくても賭け試合で八百長を要求されたりして、思い通り戦えず苦しむことは現代でもチラホラ出てくる問題だ。どこまで行っても暗躍する悪意のほうが表の武力より強いのが現実。気が付いたら四面楚歌という状態に持っていかれてしまう。
屏風覗きは見た目通り弱いので相手が面倒な手順を踏んでこないのが救いだ。ぜひ今後とも敵対者は舐め腐ってほしい。
しかし前回もレースでズルをしていた天狗たちのように、舐めているからこそ卑怯な手段に出る輩もいるのが難しいところだ。
会談で会った感触から懲りてないと感じているが、はたして今回はどう出るか。もし彌彦様にバレなきゃいいと考えているなら、こちらも何かひとつくらいダーティな手段を講じる必要があるかもしれない。前回は使わなくても白が勝ったけどなっ。
「あのときの隊長の早駆けは勇ましゅうございました」
ほう、と胸に満ちる想いを溜息にして零した夜鳥ちゃんに深く同意する。屏風覗きもあのイケメンだけは妬めない。そりゃあ部下にも町人たちにも慕われるというものだ。あの子と歩いているとやたらと声が掛かるのも頷ける。半分は食い物関連の店なのはご愛敬。
今だから笑って思い返せるが、最初のうちは道行く誰からも事案発生的な目でジロジロ見られたものだ。誰もが『オレが守らねばならぬ』的な気分だったのだろう。だが安心してほしい、屏風覗きはノーショタノータッチの精神を貫いている。というかそっちの趣味はありません。
今朝? あれはそういうハグじゃなかったんです、信じてください親分さん。
架空の十手持ちにしょっ引かれそうになったが本当にそっちの嗜好はない。たまに見ていると変な気分になるだけだ。
ともかくあの子には幸せになってほしいな、余計なお世話だろうけど。そういえば幽世における妖怪の婚姻についてはよく知らないのだけど、偽妖怪の寿命のうちに彼が良い家庭を築く姿は見れるだろうか。おそらく結婚適齢期の振り幅は人間の比ではないだろうから、ちょっと難しいだろうけど。種族ごとでもかなり変わってきそうだ。
「願えばすぐだと思いますが?」
なんだろう、急に隣で飴を咥えている子の印象が冷たくなった。あれか、イケメンの隣にいるのが夜鳥ちゃん以外を想像して腹が立ったのか? 確かにこの子の属性としては主流ヒロインではないかもしれない。さすがに口に出せないな。
しかしハーレム系は誰ともくっ付かない期間こそ本領と言えるジャンル。無自覚主人公のように好意の波をすり抜けていく、その思わせ振りな様子を長く見てみたいとも思う。ヒロインからすると冗談じゃないだろうけど。
「わたくしが間に挟まるには、もっと発破をかけないと無理そうですね」
それはいけない。最初から二番手を狙うは相手にも失礼だ。いや、幽世の時代感からすると妾とか普通なのかな? 現代の感覚を持ち込まれては迷惑か。
ともかく屏風覗きが見る限り性格も顔立ちも下地は悪くないと思う。あの子の足りないものを持っている感じの夜鳥ちゃんは十分候補だと思うので頑張ってほしいところ。
そう締めくくった時の夜鳥ちゃんの目つきが氷点下を下回った気がした。やはり妖怪の恋路に口を挟むものではないと実感した道中でした。