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祭りの前日

いつも誤字脱字のご指摘ありがとうございます。


寒いのにアイスが食べたい病を発症して買いに行き、戻ってくると手に持っているのは中華まんの包み紙ということが何度かありました。あれは外で食べるとおいしいのが悪いッ

 想像を超えた規模で祭りが行われようとしている。妖怪()だかりだけでも前回の九段神社のレースとは比べ物にならない。立ち上るのぼりの数は軽く見回すだけでも百以上あり、全体を見下ろせば2千を超えるかもしれない。峠だけでは収まり切らずに山の入口付近も店だらけだもの。


 ここ九段神社の建立された『御犬山』は空前絶後の百鬼夜行状態だ。百どころか万以上は確実にいるだろう。ちょっと訳が分からないくらい妖怪たちが蠢いていて、逆に注目ポイントを見つけられず恐くないくらいだ。


 露店や屋台の規模も比較にならない数が立ち並んでいる。特に食べ物の香りは甘い物と香ばしい物の濃淡まで混じり合い過ぎて、まさにごった返しているという言葉が相応しい。


 残念ながらソースのにおいはやっぱりしない。自作するには材料のアテがないし、あっても地味に労力が辛いので個人で作るのは厳しい。煮詰める作業はとにかく時間と忍耐が要求されるからな。

 なんちゃってソースとして山椒と醤油と、あとは甘柿の甘味とヌルヌル感でそれっぽく出来ないだろうか。


 祭り賭けはいよいよ明日に迫っている。今日はいわゆる前夜祭的な状況だ、まだ昼だけどな。方々から物見遊山の観光客はもちろんのこと、この機を逃すなと言わんばかりに的屋のみなさんも各地からスッ飛んできているのだ。実際にちょっと見ているだけでもあらゆる店の商品がおもしろいほど売れている。


 物売りの宿命として付きまとう両替や仕込みのための一時的な店番も、トラブルが起きないように専門の組合から妖怪手(人手)が大量に駆り出されているらしい。頑丈そうな金庫背負ったケモが引っ切り無しに行きかっているのが可愛い。当人たちは大変だろうけど。


 的屋と言えばあの捕り物の夜に捕縛した牛の経立は『お咎め無し』として少し前に釈放されたそうな。


 彼は組合に出入りしていた複数いるまとめ役のひとりで、普段はいたって温厚な妖怪物(人物)らしい。あの騒ぎはテロ首謀者が逃亡するために、不運にもたまたま立ち寄っていた彼にお薬を盛ってエキサイトさせたせいであり、情状酌量の余地があると判断されたようだ。


 殺さなくてよかった。あの時は判断に瞬発力のいる状況だったが、やはり事情があることもある。操られているような状態の者を殺したとあっては、後でかなり気まずかったろう。


 今は唐突に決定したこの祭りを仕切るため、短い準備期間にもめげずに駆けまわっているそうな。店も客も実質たった一日でこの賑わいである。


 たぶん現代の情報発信技術と交通機能を駆使しても普通はここまでいくまい。幽世のネットワークが思ったより発展しているのは知っているが、何より妖怪たちのフットワークの軽さに脱帽する。

 稼げるからとか、おもしろそうだからというだけで術や馬を使わず数十キロ先からでも徒歩でくる健脚だらけである。秘境から学校に通う子供を題材にした特番みたいな環境の方がゴロゴロいるのだろう。


 こういった僻地で問題になりそうな宿泊施設については主に白の手配で配慮がされている。金持ちは屏風覗きにもお馴染みのきつねやが担当し、懐の寒い者たちには天幕を張っただけの簡素な宿が格安で提供される手筈だ。


 中には術によって一夜限りの宿泊施設を作れる方もいるそうで、小遣い稼ぎとばかりにこれまた各地から術者たちが出張ってきているという。


 屏風覗きもスマホっぽいものを使えばその術に近いことができるが、紹介できる宿泊施設の詳細が不明な上に付喪神以外は行き帰りだけで脳がやられかねないというデンジャーな移動方法なので副業に出来そうにない。

 元より不特定多数に話すことでもないしね。すっかり寂しくなった財布を暖めるには別の方法を模索するしかなさそうだ。


 空を見上げれば飛行や浮遊ができる妖怪たち。もうすっかり見慣れた羽で飛ぶ者もいれば、自在に動く雲の塊に乗っているとてもロマン溢れる飛び方の方もいらっしゃる。さすがにかの有名な天竺

に行った石猿様ではないだろうけど。一度くらい間近で見てみたいな、触れる雲というのはどんな感覚なのか。


 その中にあってピロピロと波打つ(ふんどし)みたいな布は一反木綿だろうか。各国へ向けて掲げられた歓迎の垂れ幕も同じくピロピロと揺らめいている。一応、本当に一応という感じで赤へ向けた歓迎の垂れ幕もあった。


『歓迎 赤ノ国』という文字の後ろに文字との関連不明は不明だが、お茶漬けらしきイラストが描かれているのがとてもシュールだ。


 いやまあ、お茶漬けの種類は間違いなく『ぶぶ漬け』だろうけど。でも関連はやっぱり不明なのだ。建前として。


 主催と言える白ノ国の住人はもちろんとして、黄ノ国や藍ノ国からも物見遊山にお金を使える比較的裕福な層が見物に大勢訪れている。赤からもちょっとはいるのかな? 国の体制が富の極集中型だから他よりやたらお大臣なヤツがいたら、それはたぶん赤ノ国の偉いヤツだろう。


 中にはさして裕福には見えない身なりの者や、ちょっと目付きの悪い手合いもチラホラ見える。しかし今回は素人の屏風覗き如きが心配するようなことはまずないだろう。


 というのも、ここ数日は入国管理職を預かる記帳門の(いぬ)こと腐乱犬(フランケン)氏が、普段では考えられない規模で多数の依代を用いて直々に審査しているらしいのだ。


 前回のテロを防ぎ切れなかったことや、それを反省したばかりのところに金毛様たちの密入国まで重なってしまい、それはもう役人としてのプライドがズタズタで、犬らしい半開きの口から瘴気が零れるほどピリピリしているらしい。


 あの怨霊の塊が執念さえ感じる勢いで全身くまなく調べるのだ、ここにいるのは脛に傷を持ってそうでも入国できる程度にはお行儀が良いと判断された連中なのだろう。


 うん。当面は彼に近寄らんとこ。テロの件も密入国の件もまったくの無関係とは言えない立場だ。坊主憎けりゃの理論で怨霊に睨まれたら真夜中にトイレに行けなくなってしまう。


 こんな風にお祭りを眺めていられる平和な時間を。次こそは誰かと過ごしてみたいものだ。





 とばり殿と大切な約束を交わした朝方、そのまま立花様に祭りの人員を決めたことを報告に上がった。忙しい中でもすぐに会ってくれた女侍様は、そうか、の一言で屏風覗きには特に感想らしい感想は出して頂けなかったよ。


 代わりに鋼鉄の置物のようにガチガチで平伏したふたり。とばり殿と、昨夜はそのまま休憩所に泊まっていったらしいひなわ嬢がこの祭りの意義について滔々と脅され、もとい語られていた。


 ふたりはお目通りが終わった後はお役目に休みを入れてもらい、それぞれで別行動をしている。とばり殿は部下に引き継ぎの後は祭り賭けで使う武具の手入れや調達を。ひなわ嬢は鬼女氏の荷物持ちに引っ張られていった。


 残念ながら鬼女氏は祭りに興味が無いようで今日そのまま帰るそうな。ひなわ嬢を引っ張っていかれると困ると伝えたところ、その当人が鬼女氏の家に用があるとかで、明日の賭けには間に合わせると言って狐の社にふたりで消えていった。


 ちょっと不安がないではない。四方八方から色々言われている子で、屏風覗きもダメなところを借金という形で目撃してしまった。まあそれでも『約束』したことは妖怪として守るだろう。


 破ったら鬼女氏が自ら身ぐるみ剥いで中身(・・)だけ引き摺ってきてやるとまで言ってくれているのだから。


 守銭奴と言われる彼女がボランティアでそこまでするとは、鬼とつく妖怪は約束破りが大嫌いのようだ。と思っていたら、礼金をたんまり用意しときなと先回りされた。やはり鬼女氏は鬼女氏だった。


「こちらにおいででしたか」


 声をかけてきたのは夜鳥ちゃん。実は山に来るちょっと前からピョコピョコ付いて来ているのが見え隠れしていた。隠れるようにしていたのでこちらから声は掛けなかったが、どうやら彼女なりのエンカウント条件が整ったらしい。


 赤い服の他の禿(かむろ)っ子と違って、ひとり墨色の着物を着るようになったので遠目でも見分け易くなった。それ以前も顔つきが同じというだけで、目の奥に感じる暗黒属性の気配のせいで同じ服でもこの子だけはすぐ見分けられたけどな。


 逃げないように立花様あたりに監視でも命令されたか? 嘘つきだらけの人間の約束なんて、彼女たち妖怪とは比べることもおこがましい薄っぺらいものだろうしね。


 ふたりで軽く談笑しつつ店を冷やかしていく。その間しきりに隊長、とばり殿の事を聞いてきたのは彼女も心配していたからだろう。不用意な言葉で友人に急な決断を迫ってしまったことは申し訳なく思っている。


「已む得ないことです。どうあっても赤の天狗の命運に変わりはありません」


 屏風覗きが伝えようと伝えまいと、とばり殿が参戦しようとしまいと、この賭けは行われる。仮にそれ以外の方法で責任を取らせたとしても大天狗、つまり黒曜は生かしておけないのだから同じ事。そう言って夜鳥ちゃんはひとつ咳払いした。


「後は屏風様が隊長を受け止めれば、それで大団円でごさいます。フヒッ」


 これだけの妖怪()だかりだと土埃が立つのか、どうも喉がいがらっぽくなるようなので近くの飴屋で飴細工など買ってみた。ちょっと幸薄そうな女性のお店だが並んでいる飴はどれもきれいだ。


 白い飴の他にも女主人と同様にわずかに透けているカラフルな飴もある。半透明な妖怪、ちょっと覚えがないけど妖怪だろうたぶんおそらくお願い。


 震えそうになる手でお金を渡し、刺してある一本から白い鶴の飴細工を手に取る。まずはいきなり口にせず細工菓子の作法として軽くひと眺め。


 食紅で鶴の肉瘤(にくりゅう)、頭の赤いところも食紅でちゃんと表現されている力作だ。あれは鶏のとさかと同じで血の色からくる赤さらしいね。間近で見たことがあれば分かるが、あの赤は体毛の色ではないのだ。


「鶴も悪くありませんが、雀も作ってほしいです」


 ふくら雀に代表されるように雀は豊かさの象徴。どっかの国では短慮なトップの一声で害鳥として駆除しまくった結果、とてつもない虫害が発生して大飢饉になった記録がある。

 偉い人の言葉は手柄欲しさに取り巻きが忖度するので、浅い思考で発言しないほうがいいという教訓である。


 口にすると香料など一切入っていない純粋な水あめ系の甘さがやってくる。飴の起源はかなり古く文献で登場するのは日本では奈良時代、物的証拠を追いかける限り平安時代には確実にあったようだ。

 昔は喉の薬として水あめが重宝されたそうだけど、その飴を舐め過ぎて逆に唾が追い付かずに喉がしんどくなった経験がある人もいるのではないだろうか。ほぼ糖の塊だから水気が足りないと喉が乾くというか粘つくんだよね。


 夜鳥ちゃんの無茶振りに答えて目の前で雀が作られていく。黄色のかかった茶色部分は昔ながらの水あめの色だ。重ねた白との色合いに思ったより苦戦したせいで、ちょっとデブい雀が出来上がる。うーんおデブ。


 不満そうな雀っ子を宥めて屏風覗きの奢りにしておく。賭けの前の祭りでピリピリすることはない。


 おみやげとしていくつか購入、さらに普通の飴も買うことにする。決め手は飴同士がくっ付かないようにひとつひとつろう紙にいれてくれたことだ。こういう気遣いをしてくれる店こそ贔屓にしたい。


 今日は祭りということで飴細工を押しているが、普段はもっぱらべっこう飴を売っているそうで見かけたらまたよろしくと言われた。この時うっすらと彼女から冷気とも違う肌寒さのようなものを感じた謎が溶けた、いや解けた。たぶん雪女さんだ。


「昼間に出るとは、中々強い霊でしたね」


 ソーリー、耳にチョコバナナが入って聞こえないよ? 売ってないけど。

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― 新着の感想 ―
[一言] 題名を忘れたけど、母親の幽霊が自分の赤ちゃんに乳の代わりアメを舐めさせるために、アメを買う怪談があったような? その関連の幽霊かな?
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