信じると思考放棄の隙間で
祝日前倒し分です。
このどうしようもないアンポンタンの話から予想を訂正する点がいくつか。
女郎屋に直接連れてきたのは立花様だが、伝手としては商売全般を取り仕切る牛坊主様の物だったようだ。
悪質とまでは行かないが褒められた物じゃない店をあえて泳がせておき、何か事があったら脅迫して国に協力させるという国営の裏事情である。借金持ちに金を返させる方法として立花様が選ぶとは思えない方法だったのも頷ける。
牛坊主様は素行のイマイチ宜しくない見回り組のケツ持ちをしているだけに、結構ダーティな手段も使われる方のようだ。そういった方が身を持ち崩さず国営に関わってくれていれば今後も白ノ国の経済は安泰だろう。誠実なだけじゃ国は回らないからね。
それでもこんな小さな女の子を娼婦部屋行きとはあんまりだ。いや、頭では見た目通りの年齢ではないと分かっているのだけど。愚かな屏風覗きはどうにも化かされてしまう。
第一冷静に考えて、あの立花様がそんなまどろっこしい事をするだろうか? 悠長に金が溜まるのを待ったりするか? 初日からやる気無し、窓際で蜷局を巻いていたダメ妖怪の本性を見抜けないとでも? 無い無い。
「旦那、何か失礼な事考えていやせんか?」
とばり殿といい幽世の妖怪はみんなさとりの気質でもあるのか。誰も彼も思考を見抜いてくる気がしてならない。これではうっかり素直な感想も出せやしない。
さとりの話は置いといて、これはたぶん馬鹿者に対する脅し程度のものだったんじゃないかと思う。昔は我儘をいう子供をサーカスに売り飛ばすなんて言って親が脅したりしたものだ。
まあひなわ嬢は実際に置いて行かれた悲しいケースだが、たぶん途中から条件をつけて救済する手筈だったんだろう。
例えば、返済の代わりとして『聞いただけで胃が痛くなるような重要な案件』を引き受けさせるためだった、とかな。
候補が集まらなかったら国が用意すると言っていたメンバー。たぶんひとりはひなわ嬢の事だったのろう。図らずも立花様と同じ結論に達していたようだ。
いや、屏風の交友関係から先回りされていたと言うべきか?
この子は階位が41位で荒事にも慣れている。屏風覗きとしては引き受けてもらうためにどう釣るかが問題だった。しかしこれで解決したも同然になったのだ。もしも狙ってやってくれた事だとしたら。いやホントおっかない上司だよ、怖えよ立花様。
上司の用意周到な配慮に恐怖を感じつつ、ここが好機と見て祭り賭けについてひなわ嬢に説明を始める。途端にトイレが近くなったようだが逃がさない。
手始めにすっかり全快した屏風覗きの腕で、ひなわ嬢と楽しくスキップ出来そうなほどガッチリと腕を組ませてもらう。身長差でちょっと腰が辛いが構うものか。今なら鬼女氏も交えてベリーダンスでもしてやるぞ。誰も見たくない絵面に戦慄するがいい。
この子の二の腕は素肌ということもあって、組んだ着物越しの腕に子供の姿に見合う熱い体温が伝わってくる。驚いたのか変な声を出されて罪悪感が募るが、今回ばかりは事案発生とか言っていられないのだ。スルリと躱されないよう追い込めるだけ追い込ませてもらう。
「いや、あの、待って、待ってくだせえ」
案の定、ひなわ嬢は渋りまくった。自分は弱いからとか、もっと強い妖怪を知っているとか、近いとか、ちょっと離してとか、実に往生際が悪い。
しかし、引き受けてくれるなら立花様に口添えして博打で溶かした100両は前払いで報酬として屏風覗きが渡した、という形になるよう交渉すると耳元に囁くと、ふにゃりと力が抜けてちょっと待ってと悩む悩む。これでも悩むんかい。
「いい加減にしな。こりゃもう旦那さんの温情だろう? これで引き受けないんじゃあ金の義理が立たないよ」
最後には見かねた鬼女氏からの語感の強い説教が飛んだ。そしてとうとうひなわ嬢はその場にへたり込み、ペタンと獣がする降参のポーズのように大の字で道に仰向けに倒れた。もういい、煮るなり焼くなり好きにしやがれと絶叫して。
参加者一名、GETだぜ。
ヘソ天で倒れたまま自分で立たず、一向に散歩に行こうとしないズボラなワンコみたいになったひなわ嬢の手を引っ張りつつ城へ向かう。最後の候補も城にいる可能性が高いので、うまくすれば今日中にふたりが集まるだろう。やっぱりやたら重いなキミ?
「厄日だ」
いい加減観念して自分で歩きなさい。それと情報の洪水でつい流してしまったが、この子って200両が手元にあったんだよね? つまり博打で溶かした100両とはまた別に100両分の借金があったってこと?
普通におっかない取り立て屋がくる金額だぞ、どういう生き方してるんだか。
鬼女氏は城の前まで来ると屏風覗きに持たせていた荷物を受け取ってさっさと行ってしまった。一応別れ際にひなわ嬢のメンテナンス代はこちらで持つと話をつけたので、上客とやらの施術が終わり次第こちらもやってくれるだろう。
諸々あって屏風覗きの懐もすっかり冬模様になってしまったな。ここまで来たら必要経費だと割り切るしかない。戦いの前に体調不良にでもなられたら困るのだ。
相変わらず不貞腐れているのか腕を組んだ辺りからすっかりおとなしいひなわ嬢。この期に及んで逃げるとは思わないが、もう少し腕は組んでいよう。確保した犯人は牢屋に入れるまで安心してはいけない。
こちらをチラチラ見ている守衛のみなさんにも周知しておこうか、万が一逃げたら捕まえてくれるように。
厄日だ、という声が何度か聞こえたものの、4000万の代金のうちと考えればこのくらいは我慢してもらわなければ釣り合いが取れないというものだ。炎天下の下でのヒーローショーや着ぐるみのバイトだって、時給のゼロの桁はお寒いものなんですよ? ちょっと恥ずかしいくらい諦めなさい。
待合場所として指定した休憩所に何やらすっかりポンコツと化したひなわ嬢を置いて、屏風覗きは件の最後の候補に面会に向かう。あの様子ではもう逃げまい。覚悟を決めてくれて運命共同体としては嬉しい限り。もう逃がさん。
この後の交渉が手早くいけば今日中に立花様に目通りの申請を出せるだろう。さすがに妖怪の世界とはいえ会うには遅い時間なのでお目通りは明日になるだろうけど。
休憩所を出て向かうのは城で守衛さんたちが詰める場所だ。屏風覗きだけで移動するのは結界の影響が恐いので頭巾の猫ちゃんを呼んでみる。みんな忙しいだろうけどこれはしょうがないこと。しょうがないからしょうがないのだ。
「きたっ」
思わぬエンカウント。廊下の天井から逆さまに、とてとてと歩いてきたのは足長様だった。重力に引かれた髪の毛が普通にたれ下がっているのがなんともリアル。幽霊と違って足の裏で物理的に吸い付いているっぽい。
手を伸ばされたので受け取る姿勢を作ると、にょいんと足が西洋のネズミとネコのドタバタカートゥーンのように伸びてずしっと体に幼児相応の体重がかかってきた。逆さま状態を戻して抱っこの体制にすると楽しかったらしく、また天井に行く、捕まるを繰り返して喜んでいる。昭和のマンションで最後の目撃例を持つという妖怪天井くだりも顔負けである。
一通りやって満足したらしい足長様が抱っこのままになったので、この際ということでお願いして目当ての知り合いがいるであろう場所に案内してもらう。
途中で会った城勤めの方たちにギョッとされつつ向かったのは、城の裏門に一番近い詰所。守衛の守る場所は部隊ごとローテーションで変わるらしく、前回守っていた正門には見当たらなかった。どうやら今回の担当は裏門になっていたようだ。
「何か御用でしょうか」
予想より三段は低い声のトーンにビビる。階位42位の鎧の付喪神、友人と同じ守衛を務める妖怪。素掛脅胴丸、略して胴丸さん。今日は機嫌が悪いのだろうか。
日に焼けた活発そうな肌に気弱そうな顔立ちというアンバランスな容姿で、見た目の年齢はちっちゃい守衛さんより年上の中学生くらいに見える。とても太い三つ編みと胴鎧だけを身に付けた格好がトレードマークだ。
一応明言しておくと鎧の下に服はちゃんと着ている。一年中性欲全開の人類に先んじて裸胴鎧なんて未来を先取りした恰好はしていないのであしからず。
「失礼ながら、屏風様を見損ないました」
こちらが話をする前に初手から強い嫌悪感を示されて困惑する。何か粗相があったようだ。考えられるとすれば守衛としての役目をさせなかった金毛様の件と、もうひとつはのっぺらぼう氏を脅した件だ。両方かもしれない。
「貴方様は誰でも良いのですか?」
思考が停止する。これはどちらの件でもない。むしろどちらよりも深刻な言葉。誰よりも屏風覗きにとって深刻な話。
「とばり様の事も考えて上げてくださいませ」
やはり、その話だったか。言い訳も言い返す言葉も思い浮かばない。彼女の言う通りだ。迫る期日と物事に焦ってこの偽妖怪は何をしようとしていたのか。
あの子は言ったじゃないか、考えさせてと。それなのに空気だけで勝手に解釈して、気を遣っているつもりだったのか? 嘘っぱちだ、この臆病者は拒絶されて傷つきたくないから予防線を張っただけだろう。
誰が誰の友人だって? 本当に笑わせる。信じて待つくらいのことさえ出来ないで、何が大切な友人だ。
心の何処かで思っていたのだ。あの子さえ、とばり殿にさえいつか裏切られるんじゃないかと。あんなに良くしてくれているのに。
本当はその優しさのひとかけらさえ信じていない自分が後ろにいる。
だから耳を塞いで逃げ帰ったのだ! この馬鹿が!!
「あう?」
会わない。足長様の言葉はそういう意味じゃないだろうけど、踏ん切りがついた。
ありがとう胴丸さん。想いの限り深く頭を下げて、踵を返す。もう城の誰にも用は無い。白ノ国にも、他国にも、友人たちにも、どんな不利益になろうがもう構うものか。待つのだ。どんな答えだろうと受け入れよう。
そしてバチバチにやりあってみよう。幽世で初めての友達、君の痛いところまで踏み込ませてくれ。
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