Q.知り合いが高額借金持ちの場合の最良の対応を答えよ。模範解答例.FO(フェードアウト)
誤字脱字のご指摘、いつもありがとうございます。本当に毎回お世話になっておりまして、最近いよいよ感覚が麻痺しつつあります(反省)
登場させる場所だからと江戸時代などの花街の資料を漁ったのですが、鬱になりそうな代物が多く途中でギブアップしました。書き物中の女郎さんたちは酷いところでも人間の境遇よりずっとマシな待遇です。
「阿呆だ阿呆だと思っちゃいたけど。こりゃひどいもんだっ」
ひぇっひぇっひぇっ、という遠慮のない引き笑いを受けて当の笑われたひなわ嬢が白粉をつけた顔を歪めて犬歯を剥く。が、今回ばかりは自覚があるようでそのままガクッと項垂れた。そりゃそうだ。ホント何してるのキミ。
原因は賭博の借金のようだが額がおかしい。100両(現代換算で約8000万?)って。バカじゃねぇの? 鬼じゃなくても笑うわ。
店の案内兼女郎とおぼしき女から呼ばれて奥から出てきたのは、強面の用心棒でもいやらしい顔のおっさんでもなく妙齢の女主人。商売下手なのか、はたまたこちらを客と見てくれていないのか。客商売にあるまじきレベルで『とても迷惑しています』と顔に書いてある。
前回に続いてこれはまた時代劇の流れかと、袖の中でスマホっぽいものを手に取る。
あのテの作品って毎回成敗していたら人がいなくなるんじゃないのと思ったりするのは無粋だろうか。特に国の悪代官とかのほうは務めた人が次々と謎の死を遂げるのだから怖いだろうな。屏風覗きの視聴した限り勘定奉行あたりが死亡率トップである。正義側も毎回偉い方のヤンチャを隠ぺいして体面を整えるのが大変だろう。
しかし話を伺うのも早々、主人は持ってきた証文をこちらに見せて捨て鉢気味にひなわ嬢を1両でいいから引き取ってくれと言ってきた。
こいつがあるからお上に文句を言われる筋合いはない、ではなく? 向こうさんはこれがあるからこそ困ってるという。
「あー、稼ぎは店と当人で折半。期日わぁー、当人が金百両稼ぐまでぇ? なんだいこりゃあ?」
いつのまにか店に上がり込んで酒を飲んでいた鬼女氏が横から証文を覗き、アルコール臭い息と共にまるで前衛過ぎるアート作品でも見たような感想を漏らした。こんな緩い証文で括られた女郎なんぞ見たことないと。それ店のお酒ですよね?
女郎の雇用形態などさっぱりなので屏風覗きには分からないが、その証文にペタンと突かれた印鑑と名前には憶えがある。
立花様の印だコレ。
本物か? たとえ違法な店であってもあの武の権化を騙る勇気があるだろうか? むしろそっち界隈のほうが危機感を持って、絶対に関わるなと末端にも厳命していそうな気がする。捕縛どころか初手で切り殺される未来しか見えないもの。
「ご本人が持ってこられた物ですよ。うちじゃもう何がなんだか」
死体みたいな顔色の貉を引き摺ってきたかと思えば、突然のお偉い方の登場に固まる店の主人たちに構わず、その証文とひなわ嬢を置いてさっさと立ち去ったらしい。細かいことはこの者に聞けとだけ言って。
当のひなわ嬢に事情を聞いたらびっくり仰天。国はここが違法スレスレなのは知っている、どうとでも難癖つけられるぞ。処刑されたくなかったら自由に働かせろなんて言われてしまったからさあ大変。
店からすれば意味不明ってレベルではない。摘発されて捜査されるのならまだ分かるが、国から派遣された女をフリーの従業員として働かせろとは何なのか。しかも随分とひなわ嬢に有利な条件で。
要は最初から証文を丸め終わった、引退女郎のような扱いをしろというのだから。
「こいつが来たのは昨日なんですがね、客取るどころか寄せひとつしやしねえ。そのクセ寄場に陣取りやがるから迷惑で迷惑で」
これが単なる生意気な新米なら先輩の姐さんや強面の従業員が躾けるところ。しかし相手は国の、あの立花様が連れてきた者。恐ろしくて下手な事はできない。しかもひなわ嬢の方がそれを分かっていて好き勝手するから始末が悪い。まさに商売上がったり。
だからこのとおり頼んます、と店の妖怪に拝まれてしまった。そんな切実に手を合わされても100両なんて持ってないぞ。
「いえ、うちは立て替えた布団代と衣装と香の代金で、負けて1両も頂けりゃあ十分。もう後はそっちの臭くて貧相な貉さえ引き取ってくれたらかまいやせん。そもそもこいつの借金はうちのもんじゃありやせんから」
えーと、つまり。
ひなわ嬢100両の借金をこさえる→立花様に金を借りる→返済計画で不信を抱かれ強制労働コース→なぜかお水の世界へ。
こんな感じか? 女郎姿の知り合いの少女という、非常にインパクト強めの絵図に混乱して意識と話がとっ散らかったが、順序立てて整理すると店のほうが素行の悪い従業員を押し付けられた側、なのかな?
「二言余計だろうがっ!! 誰が臭くて貧相だぁっ!!」
心無い正直な評価に目を剥いて怒り出したひなわ嬢と、鬱憤からかそれ以上の怒りを込めて言い返す主人によって喧々諤々の罵り合いが始まってしまった。あげくに店の奥から加勢に来た他の女郎たちからまでも罵られている。得意の喋りで応戦するもこれは多勢に無勢。わずか一日でどれだけ嫌われてるんだこの子。
収拾が尽きそうにない。双方がいよいよ剣呑な気配を出し始めた辺りでレフリーストップ。懐に忍ばせていた淡い紫色の財布から2両を取り出し、店の主人前に示した後チラシみたいにぞんざいな扱いで転がっている証文に目を向ける。
すぐ得心した女主人は証文を手に取ると営業スマイルを浮かべてこちらに差し出してきた。罵り合いの途中で大きく裂け出した口元もするすると元通りになっていく。
人型で特徴の無かった店の主人の口がぐわっと付け根まで裂けて、まるで鬼女の面のような狂相になっていたので正直恐かったです。その本職の鬼女氏の口は裂けていないし。あるいはこの女主人と同じく怒ったら変わるのだろうか。怒る婆さんとか、下手すると若い女の人より恐いかも。何してくるか分からない。
ともかく迷惑料込みで2両。これでお互い構い無しということで『約束』して決着させてもらう。
自業自得で困ってるダメ人間を助け出して仲間にするパターン、昔から様々な媒体で結構あるよね。これがゲームの話だったら助けなくてもシナリオ進むタイプは助けないんだけどさ、さすがに知り合いが娼婦落ちしていたら居た堪れないわ。
あーあ、やってしまった。勢いで下っ端が勝手なことをしてしまったぞ。これって立花様へのお伺いはどうしたもんか。
「終わったんなら行くよ。ひなわ、さっさと着替えてきな」
この場に居たけどまったく関わってこなかった鬼女氏が店から持ち出していたとっくりと、その代金らしい小銭を置いて腰を上げる。そういうシステムの店じゃないと思うが相手もこれ以上面倒臭いのは御免なのか何も言わなかった。
屏風覗きも玄関に置いていた荷物を持ち直し、同じく遅れたら置いていく雰囲気を出してひなわ嬢を急かすと彼女は慌てて着替えのために引っ込んでいった。
ついでに塗りたくった白粉と口紅も落としてきなさい。言っちゃなんだがほぼマロだから。声聞かなきゃ君と分からなかったよ。
店を後にしてすぐ鬼女氏の要求で白猫城に向かう。彼女が荷物持ちに預けず肌身離さず持っている手持ち金庫サイズの木箱、これには彼女の『皮』職人としての商売道具が入っていて、今回は城の上客の依頼で『皮』のメンテナンスをするために持ってきたものだという。
ひなわ嬢も上客ついでにやるつもりだったのに、今は借金こさえて無一文。途端に商売人として興味が無くなったようで彼女に目もくれない有様である。鬼女の妖怪関係のスタンスは金の切れ目が縁の切れ目。実にドライのようだ。
まあ借金の金額を聞けば薄情と言えない。個人で負債8000万とか付き合いを変えられて当然のレベルだ。薄情な屏風覗きだって当然他人顔になるぞ。
いつもの短パンに金太郎みたいな姿に戻った元マロちゃんは、首や胸元の落とし切れていない白粉の粉が気になるのか、歩きながらもしきりに手でゴシゴシ拭っている。てぬぐい貸すからそれで拭きなさい、女の子がハンカチひとつ持ってないとか見っともないな。
そして道中に改めて容疑者の尋問を行う。言い訳があるならキリキリ吐け。浮気と借金は不治の病だぞ。
「旦那ぁ、言っときますがね? あたいがこんな目にあってんのは旦那のせいでもあるんですからね!?」
店のおしぼりを使って無茶苦茶をする非常識なおっさんみたいに、貸したてぬぐいで服の隙間からゴシゴシやっていたひなわ嬢から、心外だというように恨みがましい声が上がった。
関係ないが、喫茶店のおしぼりで顔どころか脇まで拭ってた見知らぬリーマンのおっさん、現世で今日もしぶとく生きてるんだろうなぁ。ああいった空気の読めなさや厚かましさはたぶん天性のものなんだろう。他人の目なんて生涯気にならないんだろうなぁ、真似はしたくないけどちょっと羨ましい。
「聞いてますかい!? 屏風の旦那!」
グイグイ迫ってくるひなわ嬢を宥めつつ、事の発端らしい出来事を思い浮かべる。
それは御前による労いの催しでそうめんを振舞って頂けた時のこと。あのとき途中で疲労と睡眠不足からダウンしたひなわ嬢を夜鳥ちゃんと一緒に休憩所で休ませた。起きたら自分で帰るだろうと、後はそのまま放っておいて。
しかしこのとき、屏風覗きは大きな手違いを犯していたらしい。
そうめん参加者に贈られた菓子折りだ。アレはひなわ嬢にも屏風覗きにも見た目が同じ物が贈られていたので、気付けば運ぶ途中でごっちゃになってしまい深く考えず片方を置いて行ったのだ。
だが実はこの菓子折り、中身がそれぞれ違っていたらしい。最中かまんじゅうか、こしあんか粒あんかなんてかわいい話ではなく、いや後者は人によってはだいぶ闘争発生だけど。
目を覚ましたひなわ嬢が空腹から開けた菓子折り、その最中の下から一塊10両の包みが実に20個。金200両(現代円で1億6千万?)がガッツリ入っていたのだ。
「はぁっ!?」
前を歩いていた鬼女氏が素っ頓狂な声を出して振り返るのも無理はない。興味なさそうでも一応聞いていたのかな?
しかしまあ裕福な国とは知っているけど、屏風覗きの常識からすると一回で個人に渡すお礼金の域を遥かに超えている。それこそドラマで国と共謀して税金を貪る悪党へのちょっとした報酬みたいな金額だ。
過去の日本では一般人の生涯年収と言われている金額の半分である。低賃金者は日本では一般人とは呼ばないのだろう。
「まさか取り違えられてるとは思いもしやせんでしたよ!」
腹立ち紛れに白粉のついたてぬぐいを乱暴にこちらに投げ返してくるひなわ嬢。なまじ前日に命を張って難事をこなしただけに高額な報酬を送られるほど働きが高く評価された、と思い込んでしまったらしい。
彼女は大喜びで各方面の借金を返した後、日頃の垢落としばかりに南町で遊んでいたらしい。しかしそこに急な出頭命令があり嫌な予感を抱えつつ立花様にお目通りしたひなわ嬢は、時間が惜しいから簡潔にと前置きした詰問をされることになる。
簡潔の言葉の裏は、さっさと答えないと不幸な目に遭うぞの脅しだろうな。あの方は今マジで忙しいのだから。
「旦那の菓子折りと何処ですり替えたと責められました! 責められましたぁっ!!」
上目遣いならぬ下からチンピラが、おぉん!? みたいに言われましても。それは確かに屏風覗きが迂闊でした、認めます。
簡潔な言葉を選んだ必死の弁明で屏風覗きのほうの凡ミス、ということで窃盗の疑いは晴れた。しかし、認めてもらってもどうしようもない物もある。使ってしまったお金だ。
今更返した借金を無しとは言えない。腐っても彼女は国で抱えている人員、ここまでくるともう国の恥になってしまう。と言って再び借りようにも返済時に『ちょっとしたおイタ』をしてしまいすぐには貸してくれるとは思えなかった、そうな。うん、何したんだキミ?
しかしそこは公平な立花様。みるみる青くなるひなわ嬢に事情を察したあの方は、これは取り違えた屏風覗きも悪いと折衷案を出してくれた。つまり、『100両はくれてやるから100両は返せ』である。
屏風覗き側には本来のひなわ嬢の取り分となる10両が来ているので実際の差額は90両だが、もう桁が大きくて訂正しようという気分が麻痺してしまうな。
だが、そんな立花様のお慈悲も金遣いの荒いダメ妖怪には無意味だった。この運の無いくクセに賭けが好きな大馬鹿者、呼ばれた時点で100両きれいさっぱり博打に溶かしてしまっていたのである。そりゃ立花様じゃなくても怒るわい!
明日は祝日なので一話前倒しします。