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 半ば放心状態で国興院を後にする。自覚がある、動揺している。


 屏風(これ)が愚かだった。何を根拠にあの子なら二つ返事で引き受けてくれると思ったのか。断る理由なんていくらでもあるだろうに。


 前回の祭りとは比べ物にならない規模の国が関わり、賭けられた物の重要度も比較にならない。負ければ国を追われかねない大きな不名誉となってしまうだろう。よしんばとなったら下界に逃げる誰かさんと違って、そのリスクは甚大だ。


 別の視点として友人の内面の問題もある。とばり殿はそれまでの妖性(人生)から赤の天狗たちに恨みを持っているが、そんなあの子も正体は天狗であるらしい。

 実はそのあたり明言されていないのだけど、一連の言動や周囲の証言からほぼ間違いないだろう。つまり連中とは同族。勝てば同族に処刑の嵐が吹き荒れる結末に性根の優しいあの子が何も思わない訳もない。


 たとえ憎んでいてもだ。そういう子だ。


 屏風これとの関係も実は希薄だ。出会ってまだひと月と経っていないのだから。上からの命令でなし崩しに一度コンビを組んだ程度の相手。その一戦でもさして役には立っていない。一世一代の大勝負でチームを組むには甚だ実力不足、信用ならないと思われていても反論の余地は無い。


 考えれば考えるほど、屏風(これ)は何を自惚れていたのだろう。あの子にあんな辛そうな顔をさせて何が友人か。断られる方が気まずいのと同じくらい断る方だって気まずいのだ。それが優しいお節介焼きともなれば、ちょっと心苦しい程度てはないだろうに。おぶさるだけの人間が友達ヅラとは笑わせる。


 持ち直せ。屏風(これ)にショックを受ける資格などない。


 さしあたって次の候補と連絡を取る必要がある。携帯端末で簡単にとはいかない世界である以上、すぐ会いたいならふたつある足をこき使う必要があるだろう。


 屏風(これ)の当てはあと三妖怪(三人)。次点でもうひとりいるけどこの子は怪我人、無理を押して戦わせるくらいなら屏風(これ)チート(ズル)でも何でも使って二人分こなすべきだ。

 手柄という意味ではせっかくの復権のチャンスを振ってあげられないのは心苦しいが、賭けてあるものが国の利益では個人の憐憫でチャンスを動かすには大き過ぎる。すまない。


 間が悪いことにここで見つかりそうだった候補のもうひとりはいない。いや、これもこれでいいのか。戦いは不得手そうな子だし順番は後回しにしたほうがいい。先の候補を空振りしたら屏風(これ)がまた足を使えばいいだけの話だ。

 それに引き受けてくれた後で別のもっと強そうな候補にお願いしたから話は無し、なんて頼んできた分際で言い出したらそれこそ無礼千万だしな。


 夕飯時を終えてそろそろ夜。向かうのは南の歓楽街だ。目当ての彼女がいるとしたらあの血と煙草と香のにおいの立ち込める、極彩色のドブの中だろう。





 歓楽といえば実に聞こえはいい物言い。つまるところが賭博と色の商売で成り立っている生臭い場所だ。お楽しみの分だけリスクを飲み込むことを求める町。それが南町中周り。


 前に日のあるうちに来た時は感じなかったが、行きかう妖怪()も連なる店も、強い酒を飲んだみたいなふわふわでどろどろで、生き物の弱いところを焼くアルコールみたいなひりひりした空気を感じる。

 こういう場所でこそ求められるのは自制。けどそれを言ったら無粋か。たまの刺激を求めて無聊を慰める分には当人の好きに過ごせばいい。こんな明け透けな場所に来てまでハジけられないのでは来る意味がないのだし。浸かり過ぎて体や人生を痛めるのは本人の勝手だ。


 生憎と屏風(これ)の好みとは合わない。甘い物でも食っていた方がいいかな。


 酒精の入ったろれつの怪しい笑い声。調子の外れたちょんちょんという独特の拍子を鳴らす弦は三味線か。

 視界がうるさくてつい見上げた空の黒板には半端な形の月が浮かんでいる。三日月と半月の中間はなんというのだろう。色は白に近い黄色でやっぱり半端だ。大きくて黄色い満月でも浮かんでいれば少しは世界が映えるのに。


 町はどちらを向いても提灯だらけ。余計な事を考える隙を無くそうとするように、所狭しと灯されている赤黄紫の提灯林が目にうるさい。


 書かれている文字は屋号、宣伝、格言、ゲン担ぎ。ちょっとささくれているせいか福の字を逆さに書いて『福が落ちてくる』というゲン担ぎを見てイラッとくる。それって(幸運)が落ち込むとも取れるだろう、と思ってしまった。


 本当のところ、この誘蛾灯は客と店のどちらのために灯されているのだろう。非日常に酔いたい客のためかなのか、欲に酔わせたい店のためか。


 ダメだ、煮詰まるといつも余計な事ばかり考えてしまう。放っておけばいい事をつらつらと。


 派手な提灯ばかりかと思ったら、見ていて冷静になれそうな青に白に緑も少しはあるか。楽しんでいる者たちからすればノリが悪いヤツと白けるだろうが、誰もが浮き立つ狂乱の外でシラフで眺めるに留める損な役回りも世の中には必要だ。


 ハーメルンの笛で海に飛び込む鼠ばかりでは全滅する。当人たちは楽しく死ねてさぞ満足だろう。後に残された真面目な者たちは良い面の皮だろうが。

 まあアレだ、世の中はいい加減なヤツが楽しみ、真面目なヤツが苦労を背負いこむように出来ているからしょうがないのだ。


 そちらの気質に生まれてしまった損な人よ。事を嘆いて無理やりハジけても、日常で不意に思い出して悶絶する黒歴史になるだけなので止めといたほうがいいぞ。


 しかし真面目な方に申し訳なく思いつつも、屏風(これ)は不真面目な方なので身勝手な楽しみのひとつもないとやっていられない。一通りの難事が片付いたら手に入る材料を買い込んで洋風の料理なり菓子なり作ってみるか。ネックの乳製品も幽世に普及している冷蔵技術を考えれば不可能とは思えない。たぶん探せばどこかにあるだろう。


 洋菓子に必須のバター、という単語を思い浮かべて友人に未だ告げられない心の棘を思い出す。


 北の地に眠っている文字焼きの彼に手向けて、手慰みでクッキーでも作ってみようか。砂糖はある。小麦粉もある。後は牛乳が手に入れば残りは攪拌する気合いだけだ。さすがにハンドミキサーはなさそうだしな。


 幽世で死んだ妖怪はいつか還ってくると猩々緋(しょうじょうひ)様は言っていた。おそらく人間の寿命の内ではないだろうけど、彼なら屏風(これ)よりうまく作るのだろう。


 命のあるうちにまた会えたら、今度こそ味わって食べてみたいものだ。


 そんな鬼が笑うような事を考えながら当ても無く練り歩く。酒を扱っていそうな場所は注意して見ているつもりだが、今のところ腋と横っ腹全開のあの特徴的な姿は無い。代わりに見たのはケモや人型の目付きの悪いのがチラホラくらいだ。


 目付きの悪さはあの子も大概とはいえこうまで嫌な気配ではない。人情とは何気ない事で分かるものだな、あれで人間の屏風(これ)に気を遣ってくれていたのだろう。


 食欲。向けられて初めて分かる、これはかなり嫌なものだ。


 今は赤との勝負の前、ドカ食いの自動防御は当然として無駄弾(キューブ)だって一回も使いたくないのだけど。ああ、猩々緋(しょうじょうひ)様の気持ちが今ちょっと分かった気がする。


 国の威信をかけて戦おうって時に、守っている民は何もしてくれないどころか人をおやつみたいに見てきやがる。


 派閥の長の立場の猩々緋(しょうじょうひ)様と違って、屏風(これ)の場合は別に彼らが頼んできたわけではないし、支持する義理もないだろう。実質関係ない話だと分かってはいる。けれど理不尽な目にあっている気がしてならない。


「おやぁ、やっぱり旦那さんかい? 妙なところで会ったもんだ」


 くさくさした気分で袖のスマホっぽいものに手をやったところで、連なっている屋台の一角から聞き覚えのある掠れた声が聞こえた。


 しわしわで病的な青白い肌、白目が充血したままの目、ガサガサなのに妙に粘っこい声の老婆。


 おでんのがんもをブスリと突き刺した箸をこちらに向け、『皮剥ぎの鬼女』が屋台に座っていた。


 えーと、さすがにお行儀悪いですよ?





「悪いねぇ、タダ(・・)で荷物持ちなんてさせちまって」


 期待はしていなかったがやはりお駄賃は無しのようだ。そこそこの重量がある風呂敷包みを片手にふたつ、計4つを持たされて現在ふたりで南の裏道らしき場所を歩いている。


 城下から北に遠く、開墾未だ未定の土地に住む鬼女氏。高名な『皮職人』として国から『権女』を賜り、戦争中だろうと国を問わず取引できるほどの『妖怪としての格』を持つ妖怪物(人物)だ。


 性格は例の知り合いから聞く限り守銭奴。屏風覗きもそう感じる場面には遭遇しているのだが、思ったよりは融通というか話は通じるタイプに感じている。


 こうして『ひなわ嬢のいそうな場所の心当たり』を荷物持ちの対価に教えてくれる程度には。


 といっても鬼女氏が城下に足を運んだ理由のひとつもまたひなわ嬢であり、物のついでに連れ立って歩いているというだけかもしれない。田舎のばーさんて妙に人使うのうまいよね。


「直した皮の寸法直し放ったらかして何してんだか。そのうち婆みてえに皮がダブついちまうよ」


 ひなわ嬢は城下での裏切者の捕り物中に負傷、正確には被っている『皮を損傷』してしまったことがある。それをこの鬼女氏に依頼してきれいに皮を修復している経緯があり、彼女の救出作戦の折も損傷した腕を直してもらっていた。


 しかし、せっかく大金をかけて修繕した皮だというのに、あの子はメンテナンスを忘れているのか訪ねてこないのだという。


 今更だけど『皮』か。殺した老婆の皮を被って化けた天邪鬼しかり、人を食う妖怪の恐いエピソードのひとつだな。まあ服と似たようなものだ。人間だって皮を使った衣類は普通に使っている。


 初めは思い直して城下に避難してきたのかと思ったら違った。前回会った時は手の離せない仕事を抱えていて避難を拒否されたが、それを終えても当面あそこを離れる気はないらしい。


 今回は城下に諸々の用があって来ただけだという。ひなわ嬢の事は職人としての『ついで』ぐらいの気分で。


「たまに行商もくるけどねぇ、持ってこん物は買えんのさ」


 つまり屏風覗きの指に食い込むコレ、全部買い出しか。まあ立地的に頻繁には面倒だし大荷物にもなるか。ショッピングモールなんて無いド田舎からたまに都会に来たら、そりゃここぞとばかりに買い捲るだろう。


 かくいう屏風覗きも住んでいるところには出店していないお店の店頭限定の甘味とか、もう見るだけで歯痒かったものだ。あれだけ発展した流通社会でも出てこない物は出てこないのだ。原因は主に鮮度と採算性。ああ、地方民の悲しさよ。


 ちなみに包みのひとつは好物の甘い梅干しの入った壺だそう。鬼女はやはりイメージ通りばーちゃんである。見た目の年齢サギ臭い面々とは一線を画す潔さだ。


 そんな闊達(かったつ)な婆さんがキョロキョロと周囲を見回す。聞いた限りじゃこの辺りかねぇ、そう言って立ち止まったのは裏道を抜けた場所にひっそりと建つ草臥れた女郎屋(娼館)の前。明らかに複数の意味でよろしくない雰囲気がする。


 違法。そんなキナ臭い空気だ。


 店に設けられた客引き用の格子越しに見えるのは完全にやる気のない娼婦。衣装こそ派手だが陰気そうな女がこちらに背を向けて上の空だ。今日は客を取る気が無いのだろうか、それなら別の者が前に座るものじゃないのか?


「旦那さんや。ちいと話つけてきてくれんか? わたしゃ頭が痛くなっちまったよ」


 深いため息をついた老婆に何を? と問おうとしたところで格子の向こうの女が劇的な動きでバッと跳ねた。


「だ、旦那ぁ!!」


 細い格子をがっちりと握り締めて、肩が見えるはだけた衣装のひなわ嬢が半泣きで呼んでいる。


「助けておくんなせぇっ!!」


 いや、何してんのキミ。

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― 新着の感想 ―
[一言] とばり殿に返事を保留されてショックを受けてる感じが良く表現されてる。 これが拒否だったらどうなってたんだろう? 本当に何やってんのさ、ひなわさん……。
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